『歯車水晶』Gears/Quartz

冬春夏秋(とはるなつき)

導入。『いざ、倫敦へ!』


「やあやあ! これがあの鉄馬車か! なんという威容だろう!

 おっと、失敬失敬。生まれも育ちも田舎なもので、つい興奮してしまった。

 どうぞ、乗車券だ。自分が“D=オータムバイン”。略称で構わないとのことだったので、長ったらしいファーストネームは省かせてもらった。

 それで、この大男が“ザザ”。連れ合いなんだ、彼の分の券はこちらに。

――ああ! ザザは生来の恥かしがり屋でね。襤褸ぼろとはいえその愛着のある外套をいたく気に入ってるんだ、どうか大目に見てやって欲しい。間違っても素肌を晒せないような、吸血鬼の類では無いからご安心を。……そのマフラー、良いセンスだろう?

 え、なに? 一等客室にザザの座れるようなスペースが無いだって? 困ったな、ああでも仕方がない。君らも仕事だ。そして自分たちはこの便に乗りたい。なら取れる手はひとつしかないじゃあないか! いいよ、貨物車両に、一等客室料金このチケットで入ろう。

 いやいや礼には及ばないよ。え? そう? なら葡萄水ジュースの一杯でも差し入れてくれたまえ。それと、叶うのならば機関エンジン用のオイルも一杯。なに、この鉄馬車の車輪をスムーズに動かす純度の高いオイルってのを見てみたいという知的好奇心さ。

 うん、ありがとう。暫くの間よろしくどうぞ。今の自分は舞い上がってるだけで、ザザもこの通り寡黙な男だ。静かにしてるさ。

 では行こう、ザザ。初めての長旅だ、胸が高鳴るね?



 あぁ、最後に君。うん。――列車強盗が出たら教えておくれ。旅の醍醐味っていうのは、多ければ多いほど楽しいものだろう? では後ほど!」




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