第2話「深夜の訪問者」

「警備当番の五人は明日の朝、ルリアをあの岬に連れて行きなさい。……あとは……言わないでも分かるな?」

 村長はそう村人たちに告げると、先に部屋をあとにした。


 手足を縛られて身動きの取れない魔女ルリアは、その場でただ寝転がるだけ。

 惨めな姿と村人からの冷めた視線。黒板の「魔女対策」の文字。村人たちの完全なまでの敵意がルリアに直接突き刺さる。


 先ほどのことを思い出す。

 ナコを助けたあと、すぐに捕まえられたシーン。

(ものすごく……睨まれてたな……。やっぱり魔女の自分なんて誰にも必要とされていないんだな……)


 そんなことを回想しながらも、意識は次第に遠のいていった。


* * *


 ぴゅうぴゅうと、強い風が吹いていた。


 ルリアがいるのは断崖絶壁。両手と両足はそれぞれきつく縛られたまま直立。男たちが後ろに五人。


 がくがくと震えている足のつま先から断崖までの距離はほんの十センチ。

 ルリアが見下ろす先は暗闇。底すら見えない絶望的な高さ。


(もう……終わりだ……。逃れられない……)

 ぐっと目を閉じた。


 一人の男がルリアの真後ろに立つ。

「お前は誰からも必要とされない存在、むしろ呪いの存在だ。覚悟はできてるな」

「…………」

 沈黙のルリア。

 男は返事を待たずに、ルリアの背中を片手で強く押した。


「きゃっ……」


* * *


 ルリアは部屋で体をびくんと震わせて目を見開いた。

「ゆ……夢……?」


 過呼吸。

 額は汗をかき、前髪が少し湿っていた。


 寝転んだまま辺りをきょろきょろと見回す。薄暗い中でもそこが先ほど捕らわれた部屋だと確認する。


 ルリアは顔をくしゃくしゃにして鼻を小さくすすり、一粒の涙を落とした。


* * *


 深夜。


「村長! 村長!」

 村長ガリダの家の前で、そう大声を上げる若い村人の男がいた。


 玄関の明かりがつき扉が開く。

「なんだ、騒がしいな。魔女が何かしたか?」と村長。

「いえ、魔女は大人しいままなんですが、魔女を譲ってほしいという人が来て……」

「ん? 馬鹿を言うんじゃない。あんな危険なもの、殺処分するほかないわ」

「ええ、私もそう言ったんですが……、あの人です……」


 長身で若い男が奥から歩いてきた。

 頭にシルクハットをかぶり服も正装。このあたりでは不釣り合いな格好。鋭い目を村長に向ける。


「あっ」

 村長ガリダは恐れるように言葉を失う。


「久しぶりだな、村長」

「ムークさん……、お久しぶりです……」


* * *


 ルリアのいる部屋の扉が開く。


 若干意識がぼうっとしていたルリアだったがそれと同時にはっとし、即座に扉のほうに顔を向けた。


 村長ガリダが沈黙していた。

 ルリアはおそるおそる声を掛ける。

「あの、もう岬へ行く時間ですか?」

「……いや、岬にはいかないことになった」

「え?」

「お前に興味を持った人が現れてな」


 すると村長ガリダの後ろに長身でシルクハットのムークの姿。


「私を……必要としてくれる人……?」


 ムークは白い歯を出して笑みをこぼす。

「やっと……見つけた」


 クククと狂気じみた笑い声は次第に大きくなる。

 ここまで案内した村の若者は恐れおののいた。


* * *


 ルリアが目を覚ますと小鳥のさえずりと風に葉がかすれる音。

 落ち着いた日当たりの良い部屋、そのソファーの上にルリアはいた。


「あれ、ここ……」

「おお、目を覚ましたか」

 ムークは正面の椅子に前のめりに座って笑っていた。


「あの、私……」

「俺がお前をもらってきたんだ。覚えてるだろ?」

「それは覚えてるんですが……、そのあと馬車で運ばれている間に眠ってしまったみたいで」

「ああ、じゃあ説明するか。ここは俺の屋敷だ」

「屋敷……、あの……私は殺されないんでしょうか」

「ああ……」


 ルリアは目を輝かせる。

「あなたは命の恩人です! ありがとうございます!!」


 するとムークは大声を上げて爆笑した。


「お……俺が命の恩人だって!?」

「?」

「まぁなんでもいい。足の縄はほどいておいたから俺に付いてこい」

「……? はい……」


 言われたとおりにルリアは後ろを歩く。

 そして、階段を上った先の薄暗い空間を凝視する。


「ここだ、入れ」とムークが指さす。

 それは牢の入り口だった。


「え…………」

 ルリアの足はそこで止まった。


* * *


 村。


「村長! 昨日捕まえた魔女は? もう岬、連れてったの?」と村人。


 村長ガリダは落ち着いた様子で答える。

「ああ、ルリアか。実はあれを欲しいという人間が深夜現れてな……。ある意味、岬よりも恐ろしいところに行ったよ」

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