ものかげの魔女ルリア
九十
第1話「魔女対策会議」
その村はざわついていた。
「どうやら、この村に魔女が近づいているらしい」
そんな噂がどこからともなくやってきたためだった。
さっそく村の大人たちが集会を開く。
次々に出るのは魔女への不安の声。
「いやぁ、参ったねぇ。魔女なんて全然聞かないから迷信だと思ってたよ。よりにもよってこんなへんぴなところに来なくてもね」
「魔女っていえばあれだろ? 気に入らない人間を何の迷いもなく石にしてしまうとか」
「残忍な噂しか聞かないよねぇ」
「この辺に近づいている魔女はどうやらまだ少女の年齢らしい。もしかしたら大人のよりも厄介かもなぁ」
「弱ったなぁ、これから畑仕事も増えるって時なのに……」
パンパン、とざわめきを抑える手拍子を二回したのは村長のガリダ。細身で白ひげが特徴の老人だ。
室内がしんとしたところで、彼は口を開く。
「さぁさぁ、皆さん。もう魔女はいつ来てもおかしくありません。手短に注意事項をお伝えするので、しっかり聞いてください」
こうして、戸締まりや消灯の徹底、子どもたちの安全確保などの基本的な対策が説明される。
要点を箇条書きされた黒板の内容を村人たちは真剣にメモしていく。
「次に、もし魔女と会ってしまったらどうすればいいかも確認しておきましょう」
その発言に、一同は一段と真面目な視線を向ける。
「もし魔女と会ってしまったら、基本的には穏便に済まそうと努力しましょう。しかし相手は魔女、油断は絶対にしてはなりません。もし身に危険を感じたら……、どうにか隙を見つけて魔女の両手を拘束してください。魔女はそのいかなる能力も両手が必要になります。それを抑えつけて動けなくすれば、普通の人間と同じになるのです。まあこれはイチかバチかのとき以外は危険なのでやめてくださいね」
そして、ノートのページをめくる村長ガリダ。
「最後に魔女の目撃情報にもあった特徴を言っておきます。年齢は十二、三歳あたり。身長百五十センチ前後。黒いローブを身につけていて頭にはフードをかぶっているらしい。もちろん、服装は替わっているかもしれんがね」
日は沈みかけていた。
* * *
集会に参加したバズ家の主人も家へと戻る。
「ただいま。魔女対策の会議出てきたよ。あれ、ナコはどうした?」
五歳になったばかりの娘、ナコの姿がなかった。
料理中の妻が鍋の中身をかき混ぜながら答える。
「さっきぬいぐるみ抱いてソファにいたけど、あれ、どこいったんだろ」
「おい、魔女が来てるんだからな……。しっかりしてくれ。ちょっと探してくる」
バズは再び外へと出た。
「しかし不気味だな……」
周囲の家は早くも戸締まりを入念にしているところもあり、家の中の明かりや人の気配が分からないほどだった。
いつもより薄暗い日没の村を歩く。
* * *
一方、バズ家の一人娘ナコは建物の影、人目に付かないところで小さく縮こまりながらうつむき座っていた。
座りながら抱いているのは、破けて綿がむき出しになってしまったクマのぬいぐるみ。しくしくと小さく、声を殺しながら泣いていた。
そこへザ、ザ、と草を踏み分ける足音。
ゆっくりとナコのもとへと向かっていく。
そしてその足音はすぐ前で止まる。
ナコは涙を袖で軽く拭き、そっと顔を上げた。
「?」
ナコの視線の先、すぐ正面には黒いローブをかぶった少女が立っていた。
フードが目の部分まで掛かっていて表情はうかがえない。
その少女はナコの顔が見えるようにしゃがむ。
そして、穏やかなトーンでナコに話しかけた。
「どうしたの?」
そのローブの少女の声は柔らかだと感じた。
「えっと……」
「その抱いてるの、何?」
「新しく買ってもらったんだけど壊しちゃって、どうしよう……ママに怒られちゃう……」
「ああ、ぬいぐるみ、破けちゃったんだね」
「そう……」
すると、ローブの少女の口元が微笑む。
「……私ね、手品できるの」
「え?」
「手品、分かる?」
「?」
「そのぬいぐるみ、私なら直せるよ」
「ほんと?」
「うん、もし良ければちょっと貸して」
「はい」
ナコは少し不安な表情を残しつつも、小さな両腕をぴんと伸ばして、破れたクマのぬいぐるみをローブの少女に渡した。
ローブの少女は両手の上にぬいぐるみを乗せて、小さく破れた箇所をゆっくりとなぞる。
すると、なぞったあとが何の傷跡もなく綺麗に元通りの姿になっていった。
「終わったよ」
「ほんと!?」
「はい!」
それを渡す。
受け取ったナコは破れていた箇所が直っているのを確認し、目を輝かせて少女の顔を見た。
「お姉ちゃん! あ、ありが……」
その瞬間。
少女は後部から強いタックルを受けて倒れ込んだ。
ナコの父だった。
「パパ! 何するの!?」
「いいから離れてなさい。みんな! 私の娘を家まで頼む! 家から出さないように!」
そう言いながら素早くローブの少女の手を押さえつけ、縄で強引に縛り上げる。
少女は取り押さえられたまま、言葉も出ずに呆然としていた。
* * *
少女は両手、両足をそれぞれ縄で締め付けられ、先ほどの集会所に乱暴に放り込まれた。
あたりを村人が険しい表情で取り囲む。
「いや、まさか本当にこんな近くまで来てるなんてね……」
「驚いたよ、まったく」
「しかしバズさん家の娘さん無事で良かったなぁ」
「危害加えられそうだったらしいよ」
口々に発せられる小声は少女の耳にも届く。
奥から村長が近づき、険しい様子で話しかけた。
「お前さん、ここへは何しに来た」
ローブの少女は身動きの取れない状態のまま、か細い声で答える。
「旅をしていただけです。別に立ち寄ろうとも考えていませんでした」
「魔女なのは、間違いないな」
「……はい。で……でも、人に危害を加えようとかそういうのは全然!」
それに取り巻いている村人が口を挟む。
「手を押さえつけられて魔法が使えなくなってからそんな言い訳されてもね……」
そして数秒の沈黙の後、村長は言う。
「そうだ、魔女よ。最後に名前を教えてくれ」
「ルリア……です」
「警備当番の五人は明日の朝、ルリアをあの岬に連れて行きなさい。……あとは……言わないでも分かるな?」
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