改造人間(仮)

SIN

タイキ

 地球では人が作り出した機械と、半分だけ機械にされた改造人間との戦いが10年以上も続いていた。

 改造人間が前線に出るために戦い方を教え込まれる施設、そんな所で俺は5年も過ごしている。

 本来なら1年でASクラスになって前線に出ていた筈で、俺もそれを望んでいた筈だった。

 さっさとこんな戦いを終わらせて、荒れ果てた地球を元に戻して平和に暮らす……これが俺の夢。それは今も変わっていない。

 孤児だった俺はこの施設から程近い場所にあった孤児院で育てられ、15歳の誕生日を迎えたと同時、改造人間にされた。

 そんな現実を受け入れられず、ただ暴れていた俺を支えてくれたのは人間だった時からの友達、ジュタだった。

 ジュタは俺が改造人間にされるよりも少しばかり早めに施設に売られていて、ジュタを売った金を持った母親はそのまま月に移住したんだと教えてもらった。

 母親については淡々と喋っていたジュタだが、ガドルという兄の名前を口にすると機嫌が悪くなった。

 それもその筈、ガドルはジュタを売った金を使って月で施設を建てたんだ……改造人間にするための子供を育てる施設を。

 俺よりも強いジュタは、人間のために戦うって頭がないのか、それとも夢がないのか無気力で、進級テストも見て分かる程手を抜いている。

 俺は、早く前線に出て戦って、こんな戦争を終わらせてジュタに……人間だった頃みたいに笑って欲しいんだ。変わり果てた地球を一緒に復興して、昔みたいに笑って……遊んで。

 「貴方達はいつから改造人間としてここにいるんですか?」

 飯休憩の時、今日改造人間にされたばかりの子供が俺達の所に来るなりそう尋ねてきた。明らかにジュタは係りたくないといった様子で子供から視線を外し、他の連中もこの子供の世話を俺達に押し付けようとしているのかそそくさと食堂からいなくなった。

 この様子じゃあ全員にそんな事を聞いて回ってたんだろうな。

 仕方なく5年前と教えてやると、子供は急に無邪気な笑顔を向けてきて、

 「じゃあ、じゃあ、ジュタって人知ってるよね?」

 と、はしゃぎ始めた。

 ガシャン!

 目の前にいるジュタは相当ビックリしたらしい、珍しく力加減を間違えてテーブルを破壊した。

 「ジュタの知り合い?」

 「な訳あるか」

 まぁ、そうだろうな。地球で育った俺達が月で育っただろうこんな子供と知り合う切欠がない。なのに何故この子供はジュタを知って……あぁ、もしかしたら。

 「ジュタ……ガドルの事……恨んでる?」

 やっぱりソコから来たのか。

 ルルだと名乗った子供に対してジュタは容赦の無い視線を浴びせかけ、それでルルは完全に腰を抜かす程恐怖している。それでもルルは言葉を続けた、ガドルを恨まないで欲しいと。

 「ガドルは今適性テストに落ちて月に戻され、強制施設から逃げ出し路上生活している子供を保護する施設を経営してるんだ」

 それは知ってる。結果としてここに改造人間の材料を送る施設、強制施設から逃げ出して路上生活する子供が行き着くのは、孤児院という名前の強制施設なんだ。

 ルルはまだジュタに向かって色々と言い、それによって心底嫌気の差した表情のジュタによって投げ飛ばされ、食堂の壁に埋まった。それでも尚ガドルの名前を口にしている。

 「タイキ、ちょっと片付け頼む」

 久しぶりに感情をむき出しにしたジュタは、俺に片づけを頼んだ後はいつもの無表情に戻っていて、さっきまで本当に怒っていたにも関わらずヒラヒラと手を振りながら歩いて行ってしまった。

 「あんたなんかっ!ガドルとは大違いだ!!」

 歩いて行くジュタの背中にルルはまた大声を上げた。

 だから立ち止まって振り返って、もう1回睨む位の事はするのかと思ったが、実際ジュタは立ち止まりもせずに行ってしまった。

 やる気なさそうにダラダラと歩く後姿は、今日まで俺が嫌というほど見つめ続けてきたジュタの姿。

 一緒に前線に出ようと言い出せない俺では触れる事さえ出来ないジュタの心の奥に、ルルは少しだけ立ち入った……一瞬だが力加減を誤ってテーブルを破壊し、壁に埋まる程の勢いで投げ飛ばした。

 俺が一緒にいても駄目なのか?

 どうやればお前に夢を見せる事が出来る?

 なにをすればお前は笑う?

 俺は、どうしたら良いんだ?

 「あんたタイキ、とか呼ばれてたよな。ジュタとは友達かなにか?」

 壁に埋まっていたルルがいつの間にか隣にいた。

 人間だった頃から一緒にいて、今も一緒にいるんだから間違いなく友達。ジュタに聞いたら親友とか言ってくれるだろう。

 そうだ、俺はジュタにとっては親友だ。ならこのまま一緒に過ごす事が正しいんだ。俺だけ夢を持っててもしょうがない、ジュタがちゃんとした目標を持つまでは傍にいてやる。それが親友の俺がすべき事……。

 「CFクラスは1番下、上のクラスに対しての言葉使いには気を付けろ。上位クラス優先、それは覚えとけよ?後は……」

 とりあえず、押し付けられる形となったルルの世話係は引き受けよう。

 「先輩方のように腐らない、ですか?」

 一応言葉使いには気を付けたらしいから注意はしない。それに、言われてる事はもっともだ。

 「前線に行って戦争を終わらせる……それが第一……」

 「じゃあ、先輩方は何故腐ってるんですか?」

 真っ直ぐな視線と、真っ直ぐ投げかけられる質問。さっき親友の俺がすべき事についての最終確認を終わらせた筈なのに、答えられない。

 分かっているんだろう、心の奥ではとっくに分かっていたんだ……こんな所でこんな風にしていても、戦争が終わらないって事。けど、同時にジュタが前線に出る気がない事も知っている。

 俺は……。

 「適正テストに合格しないだけ、それだけ」

 夢が、あるんだ。

 ジュタと一緒にいたいと見た夢。

 楽しかった人間時代に少しでも戻れたら良いって……無気力な姿はもう見たくない。そう思うのに置いてなんか行ける訳ないだろ?

 俺が暴れててスクラップにされかけてた時、必死になって助けてくれたのはジュタだけなんだ。そんな恩人が俺を親友だって言ってくれてる……置いてなんか行けるかよ。

 「俺はガドルに会いたいから、先輩方を後輩にしますね」

 はいはい、勝手にしてくれ……ん?ガドルに会いたい?どういう事だ?

 「お前をここに売った奴に会いたいのか?」

 月にある強制施設なんだろ?それで改造人間にされて、なのに何故会いたいという感情が出るんだ?いや、コイツの言動は初めから可笑しい。ジュタに向かってガドルを許せだの恨むなだの。まるで必死になって庇っているようだ。

 「俺は自分の意思でここにジュタを見に来た。だから俺はここにいる間ジュタを見る。それでASになって月に行った時に教えてあげるんだ……」

 真っ直ぐ俺を見るルルの視線には迷いがなく、的確な目標を持った強い視線だった。

 「その後、前線に出てどうする?」

 ガドルに会ってジュタの様子を伝える。それが夢だっていうのなら、その後はどうなる?無気力になるんじゃないのか?

 「戦って勝つ以外になにかあんの?」

 確かにそうだが、そうじゃない。そんな模範解答が聞きたい訳じゃない。こんな強い意志を感じる目をしているルルが、どんな夢を見ているのか、それが知りたいんだ。

 「じゃあ、戦って勝った後。どうする?」

 単純に変な質問だな。改造人間なんだから戦いに勝つっていうのは共通した最終的な夢の筈だろ?

 戦いが終わった後も生かされる保障もないんだ。

 「これなんかのテスト?」

 「いや、腐った先輩が密かに思った疑問だ」

 「フーン……。全部終わったら俺ガドルん所に戻る。そんで施設に残った子供を一緒に育ててやんだ。それが終わったらデートだな」

 「ぷっ」

 デートだぁ?

 なんというか……馬鹿げた夢だな……改造人間だぞ?月になんか戻れる訳ないってのに、ブッ飛び過ぎた夢だ。

 「なっ!なに笑ってんだよ!」

 いや、ゴメンゴメン。久しぶりに心の底から笑えた。それと、デカイ夢を見れた清々しさってのかな、年は俺の方が上だってのに全然ルルの方がこれから先についてを考えている。例えそれがブッ飛んだ夢だったとしても、それを叶えられるようにしてやりたい。

 前線に出て、戦って勝つ事。これが改造人間にとっての最終的な夢じゃなくて、最初の夢にしてやりたい。

 「そろそろ訓練が始まる時間だ、遅刻は厳禁だからな」

 俺はルルの背中をバシバシと軽く叩き、ジュタが待っているだろうトレーニングルームに向かって走った。

 それ以降、ルルは休憩時間毎に俺達の所にやって来た。

 俺が教育係なんだからそれはしょうがない事ではあるんだろう。

 宣言通りルルは俺と喋りながらジュタを見ている。そんなジュタは俺達に話しかけもしないし、だからって機嫌悪そうにしている訳でもなく無表情。まるでここに俺やルルがいないかのような態度。

 ボンヤリと遠くを見つめ、時々目を細めてなにかを睨んだ。もちろんジュタが睨む相手なんてのは研究員しかいない。

 分厚い防弾ガラスの向こうにある廊下を歩く数人の研究員達は、自分達を密かに睨んでいる視線には気付く事はないだろう……それ程ジュタの表情の変化は些細なんだ。

 休憩時間は2時間あるんだけど、ジュタは1時間休んだ後はフラっと何処かへ行く。それはルルが来てからの日課と言う訳でもなく、2年位前から。1度一緒に行った事があるが、ジュタは渡り廊下からひたすら2階を見上げていた。

 その場所からは、まだ人間である奴らが改造人間適正テストを受けるための部屋……の入り口が見える。

 「そうだ、先輩。俺昨日のテストでBFクラスになったんですよ」

 ジュタの姿が完全に見えなくなった所で、ルルはキラキラした目を俺に向けてきた。

 しかし、まだ2ヶ月しか経ってないのに、もうB級になったのか。

 飛び級は珍しい事じゃないが、これ程までに進級に前向きな改造人間はかなり珍しい。

 自分の夢に向かって一直線にむかうルルが羨ましく思えてしょうがない。

 「このままじゃ本気で後輩にされるな」

 5年間繰り返してきた事、なのに今更それが恐ろしく情けない事だって感じ始めている。けど、だからってどうしたら良いっていうんだ?

 「先輩の夢ってなんですか?」

 まただ……頼むからそんな目で見ないで欲しい。

 俺はこうするのが1番だと納得してジュタと一緒にいるだけ……俺の夢だってジュタと一緒に……戦争が終わった地球で楽しく……けど、ジュタがそれを望んでないんだからどうしようもないだろ。手を抜いてテストに落ちて、それでスクラップにされても、それが運命だとか平気で言えるような奴なんだ。

 「戦争を……終わらせる。それが改造人間共通の夢だろ」

 「じゃ、戦争が終わった後は?先輩が俺に聞いた事ですよ?」

 確かにそうだったな。

 ルルの夢はガドルとのデートとかいう果てしない夢だっけ。それで大笑いしたのを覚えてる。

 俺の夢……。

 「地球の復興……元通りにして……昔みたいに笑う顔が見たい」

 「アイツって笑うの?」

 今でも微妙に笑ってるだろ!?

 俺が見たいのは作り笑顔でも、不敵でも、卑屈でもなくて純粋な満面の笑顔。喜怒哀楽をちゃんと示して欲しいっていうのが正しいのかも知れない。

 今のジュタは自分のためでさえ心を動かさないから、無気力で無関心。本来そんな奴じゃないんだ……。

 「まだ人間だった頃の話なんだけど、ジュタがお袋さんに頼まれたハンドクリームを買うって言うから店に着いてった事があって……アロエが良いらしいって得意げにさ……で、買って帰ったんだけど、それを使ったお袋さん……ぷっ!」

 徐々に思い出したら笑えて来た。

 「なに?なに?なんだよ~」

 いや、ごめん。話し始めたのは俺なんだけど、思い出し笑いが止まらない……それ買う時にアロエが良いって言った後のジュタのドヤ顔っ!

 腹痛い、腹っ!

 「それ、使ったお袋さんの手が泡立つんだよ。んで、よ~く見たらハンドクリームじゃなくて、ハンドソープって書いててさ……アハハ……あん時のジュタの顔っ!あははははは」

 顔なんか真っ赤にしてさ、間違えやすい配置が悪いんだーとか訳の分からない文句言ってさ。

 「アロエでテンション上がり過ぎて間違えたんだな」

 「ぶわぁっはっははははははは!!無理っ!腹死ぬっ!」

 大笑いして、なんとか気分を落ち着かせるとルルも俺に釣られて笑っていた。

 そんな顔を見て思い出した事は、改造人間にされてからすぐにジュタが無気力になった訳じゃないと言う事。

 始めは俺達も周りの奴らと一緒にテストを普通に受けて、B級までは順調に進んだって事実。

 いつから?いつからジュタはあぁなった?

 BCクラスに進級して間もなく言われたのは、前線には出ないという結果発表。

 そう思うまでの途中経過を俺は知らない。

 その次のテストで俺はBBクラスになり、ジュタはBCに留まった。

 その次のテストでは俺もBBに留まったが、そこでもジュタはBCのままで俺に合せてBBに上がって来る事はなかった。

 その時点で俺はジュタの世界にはいなかったのか?

 「先輩の夢は、ここで腐ってて叶うんですか?」

 5年間俺はここにいた。

 もう……良いか?

 俺は俺に出来る最大の事をしてジュタの世界に入れてもらう。

 「テストに合格しなかっただけだって。ほら、そろそろ訓練の時間だぞ」

 食堂にルルを残したまま俺は渡り廊下まで走った。

 思った通りそこでジュタは2階にある適性テスト部屋の入り口前にずらりと並ぶ改造人間候補の人間を見ていた。

 声をかけるよりも先に俺を見るジュタの顔は無表情だ。

 「俺、ルルがA級に上がって来たら手加減せずにテスト受けようと思うんだ」

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけビックリした風に目を開いたジュタは、軽く目を閉じると2回微妙に頷いてから目を開け、ルルにも負けないって位の真っ直ぐな目をして俺を見た。

 「あぁ、頑張れよ。俺が前線に出るって事になるまでには戦争終わらせてくれよ?」

 親友だって思ってくれてたんだよな?それで俺が決断した事を応援してくれてるんだろう、俺を見ているジュタの顔は人間だった頃と変わらない綺麗で優しげな笑顔だったんだ。

 それから僅か2ヶ月、ルルは俺達と同じAFに上がってきた。

 同級生になったんだからとルルは俺達に対する敬語を止めている。

 同じ訓練内容と同じ時間帯の休憩時間、睡眠時以外は常に一緒に行動している訳だが、ジュタの態度は無関心のまま変わる事が無い。

 「A級になった途端訓練キツ過ぎ」

 訓練をただこなしていると隣にいたルルからそんな文句が聞こえてきた。

 ルルの戦闘センスはかなり良いし、銃器を扱う授業でもちゃんと敵の的に2発ずつは入れている。それでクラス次席のポイントを叩き出しているんだから優秀。主席は手加減する事を止めた俺、研究員の的を撃つ事を止めただけだから大した努力はしていない。で、俺よりもズット強いジュタの点数は限りなく0に近い。

 理由なんか至って単純、敵の的には3発入れ、研究員の的には5発入れている事が原因。ジュタはかなり本気でこの授業には取り組んでいて顔が本気なんだ。ただ、的を間違っているというだけでクラス最下位。

 他の授業はポイント制ではないから俺もジュタもかなり評価は高い。

 5年もここにいてスクラップにならなかった最大の理由は、普段の訓練においての成績が優秀だからだろう。

 進級テスト前の、俺にとってはAF最後になるだろう休憩時間、食堂に移動した途端ルルがジュタを壁に押しやりながら「10分だけでも話を聞け」と睨みを利かせた。

 ジュタは無表情だったが、ルルではなく俺を見ている。多分だけど“お前の教え子がなにか言ってるけど”とか思ってるに違いない。だから俺は“10分位は我慢しろ”の意を込めてただただ笑顔を見せた。

 「……ガドルはジュタに謝ろうと改造人間になろうとまでしたんだ。ガドルは今でも悔やんでんだ、アンタはそれでもガドルを恨むのかよ!!アンタを売ったのは母親だろ?ガドルのせいにすんなよ!!」

 出会った時に言ってた事をもう1回怒鳴るように言うルルに対するジュタの反応は……恐ろしい程の皆無。あの時は怒りに任せて睨んだり投げ飛ばしたりした事を改めて言われているというのに、興味なさそうにルルの顔を眺めているだけ。

 壁に押しやられているって状況にすら感情を動かされないのか?

 「話しは終わりか?」

 チラッと視線が泳いだ先にあるのは時計、10分付き合うってだけでここに留まっているジュタにとっては話しの内容すらどうでも良いってのか?どこまで無関心なんだよ、どんだけ無気力なんだよ。

 「……俺に言いたい事ねーのかよ……前線に出る時俺はガドルに会いに行くんだ。言って欲しい事があったら伝えるけど?」

 無言なまま時間だけが過ぎ、丁度10分。ジュタは一瞬目を伏せた後ルルを吹っ飛ばして引き離すと、

 「……10分だ。じゃーな」

 と、行ってしまった。

 今度は壁に埋まらず綺麗に着地したルルは「言いたい事もないのかよ!」とジュタの背中に叫んだが、一旦歩き出したジュタが立ち止らない事を俺は良く知っている。

 もぅ、ガドルという名前でさえ心を動かさなくなったんだからジュタの心にはもう、なにもないんだろう……なのに俺はここに1人残して行こうとしている。

 気が向いたらで良いし、戦わなくても良い。だから前線に出て来いよ?

 俺、待ってるからな。

 「やっぱりジュタは手を抜いたんだな」

 進級テストが終わり、結果発表されてすぐ、たった1人テストに落ちたジュタに話しかける。

 ルルはもうACクラスに移動したようだ。

 「いや、本気でやったさ」

 「嘘バレバレだっての」

 決して笑い事ではない状況だというのに、ジュタは笑顔で俺の前に立っている。そして、

 「じゃーな、俺今から休憩だから」

 と、大きく手を振りながら食堂の方に歩き出した。

 ダラダラと歩く後姿は1回も振り返らずに角を曲がって見えなくなった。

 ACクラスからは休憩が1時間になって、時間も変わるんだ。だから会う機会なんてそうそうないんだ。それは知ってんだろ?なのになんでそんな呆気無く離れて行けるんだよ。ジュタにとっては俺も、ルルも同等な扱いなのか?親友だったんじゃねーのかよ……なのに、なんでこんなアッサリ行けたんだよ!

 「くそっ!」

 本当は追いかけてって薄情者、とか言いながら本気でテスト受けろって説得とかしたいのに、俺は怒るとすぐに涙腺に出る性質だからなにも出来そうにない。

 いや、追いかけて説得した所で動くような奴じゃないのは分かっているから、どっちにしたって俺が出来る事なんか前線に出て戦争を終わらせる事しかないんだ。

 前線に出る事を目指してから3ヶ月が経ち、俺は今シャトルに乗せられている。隣にはルルがいて、やっと月に戻れるとソワソワしている。

 ASクラスの訓練を終えた俺達は数時間家族との面会時間が与えられる。俺には家族なんていないし、路上生活していたルルにもいない。けど月に向かうシャトルに乗り込んだのはガドルに会うためだ。

 面会したい者の名前を言え。そう研究員に言われてジュタの名前を答えたが却下され、なら兄貴の方に会ってやろうという事でルルについて来た。

 初めて降り立つ月は巨大な地下街のような雰囲気で、何個かのエリアに分かれているようだった。

 シャトル打ち上げ場の付近に来ない限り外の景色さえ見えない閉鎖間は、地球で育った俺にとっては狭苦しく感じた。

 「ルル!」

 打ち上げ場から自由に動き回れるという訳でもなく、面会したいと願った奴が政府によって呼び出されているらしく、そこには多くの人が集まっていた。

 そんな中ガドルはバイクを飛ばしてやってきて、ヘルメットを取るなり嬉しそうに声をあげた。

 「ガドル!久しぶり。思ったより早く会いに来れた」

 そんなルルも嬉しそうにガドルに抱き付いて、甘えたように顔を摺り寄せている。

 どうやら自分の紹介は自分でしないと放って置かれるみたいだ。

 「あんたがジュタの兄貴か」

 1回リセットするように咳払いをしたガドルは、まだ抱き付いてくるルルを隣に降ろしてから俺を確認して首を傾げて一言。

 「君は?」

 初めましてと先に言った方が良かったか……今更だな。

 「ジュタの親友……あんたの事は知ってる」

 「……ジュタの……友達……?」

 いや……親友ですけど?

 ガドルは俺の顔を見つめ、不意に右手で口を押さえて静かに、本当に静かに泣き出した。それからゴメンと左手で待ったをかけて必死になって涙を拭って顔を2回パンと叩いた。

 「強制施設をあんたが作った事、アイツは怒ってた」

 ガドル、その名前を口に出すだけで本当に機嫌を悪くしていた。

 無関心で、無表情が板についてからでもガドルの話をしたルルを投げ飛ばす位に嫌っていた。

 「そう……だろうな……俺がもっと早く母さんに金の出所を問い正していれば……」

 「違う。あいつは売られた事を怒ってるんじゃない。あんたが強制施設を作った事に怒ってんだ」

 ジュタの母親は金が欲しいからジュタを売ったが、それまでに改造人間になる事を説明していたんだろう、ジュタは俺のように暴れもせずに改造人間として暮らし始めていた。

 その時点で金の為に売られた身の上を悲観している訳じゃないと分かる。

 そこへ俺が改造人間にされた……なにも分からずに改造されてパニックに陥って暴れて。

 強制施設に対してジュタが嫌悪感を持った瞬間だっただろう。

 そんな強制施設を実の兄貴が自分を売った金で作った。だから怒ってるんだ。

 「俺のやってる事の本質を見抜いてるんだな……けど親友君!俺は改造人間育成機関を運営してるつもりは無い。今はまだそうかも知れないが、いつか子供が夢を語ってくれるような……そんな場所にしたいんだ」

 こいつはこいつでブッ飛んだ夢を持ってんだな。

 強制施設っていったら政府が管理している施設で間違いない。そんな場所で子供に夢を?改造人間になるという現実があるのにそんなモノを見せてどうする?

 改造人間にならなくても良いという新しい未来でも提供できんのか?

 いや、提供するつもりなんだろう。

 けど、これで分かった、ルルが語った夢が恐ろしく歓楽的だった事。

 こんな脳内お花畑に保護されたんなら嫌でもそうなる。

 なんでなんだろうな、兄弟だってのに弟は無気力で、兄は漠然とした夢に向かってる。もし、もし月にいたのがジュタで改造人間にされたのがガドルだったら、それでもコイツは夢を抱く事が出来たのだろうか?

 「俺らが戦争終わらせんだからスグそーなるって」

 ガドルを見上げていたルルが得意げにガッツポーズを作って笑うと、ガドルも少し屈んで同じように拳を作ってルルの拳にコツンと当てて笑った。

 今から戦いに出るルルを心配してんだろうな、少しだけその笑顔は寂しそうで、限りなく優しげで……ジュタと似てるなって思った。

 確かに兄弟なんだけど、ジュタとガドルはあまり似てない兄弟だ。

 ジュタはキリッとした目元とスッと高い鼻筋、その上で無表情なんだから黙ってるだけで機嫌がかなり悪そうに見えても良いんだろうけど、そうでもない。口元が少し緩んでるってのかな?薄笑いを浮かべてるとまではいかないし、どっちかっていうとへの字口なんだけど……軽いアヒル口?顔の上部分がキリッとしてんのに口元だけ緩いからトータルで見ると格好良いのか可愛いのか微妙。日に焼けた肌と5年間着続けているボロボロになった上着、やる気なさそうに歩く後姿はさながらアウトローだ。なのに笑顔は綺麗で、優しげなんだ。

 ガドルは見るからに優しそうな感じ。軽いアヒル口は共通してんだけど、目元が大きく違ってて、たれ目。眉は上がってるから甘過ぎる顔面にはなってない。太陽光が制限されてるんだろうな、月に住む人間の肌は基本的に白いし重力の関係で身長も高い。それで綺麗で優しげな笑顔。

 「そんでさ、親友君の名前はなんて言うのかな?」

 ルルからジュタに関する報告を聞いた後、ガドルはまた寂しげな笑顔を浮かべ、その表情のまま俺の名前を聞いてきた。

 あ、名乗るの忘れてたっけ。

 「タイキ」

 「うん。あのさ、タイキ君。良かったらジュタの事教えてくれないか?なんでも良いんだ」

 次は俺から話を聞くつもりか。

 でも、最近のジュタの様子ならさっきルルが報告した通り、無気力の無表情、訓練は真剣に取り組んでいるが進級テストで手を抜いて前線に出る気はない。ガドルに対しての嫌悪感はあるがそれを文句として口にする事も無い……そのままだ。

 これに付け加えられるような新情報なんか、かなり昔まで遡らなきゃならない。

 「アロエのハンドソープの話しは?」

 黙ったままいる俺にルルが何気なく言った。

 「ぷっ!」

 それ、人間だった頃の話だからな?

 「え?なに?」

 そんな興味をもたれても……。

 「ジュタが人間だった時の話しだよ。ね、タイキ」

 あ~、兄が興味津々って顔で俺を見てるよ。本人不在の状況にも関わらずとんでもなく恥ずかしい過去を喋る俺を許してくれ。

 「ジュタがお袋さんにハンドクリーム買って来いって頼まれて、それで一緒に行って……アロエのがっ……良いって言うから……それ買って帰って、それ使ったお袋さんの手……手、が……すっげ勢いで泡立つんだよ。で、よく見たら……ハンドソープ……あはははははは」

 やっぱ駄目だ、話の途中から思い出されるジュタのドヤ顔!

 「ジュタはアロエでテンションあがるんだぜ、凄いよな!」

 「ぶわっはっはっはははははははは腹っ、腹痛ぇ!」

 シャトル打ち上げ場にいるのは、今から前線に出る改造人間と、そいつらが希望した面会者のみ。

 本来なら重苦しい雰囲気が漂って普通のところ、俺達は3人で大笑いを披露している。だからって誰も注意なんかしに来ない。

 きっと個々は個々の時間に集中しているからだろうな。

 「ガドルさ~ん、忘れ物ですよー」

 笑いが収まってなんとなく場が和んだ俺達は、それぞれが抱く未来について少しだけ話した。そこへガドルの名前を呼びながら1人の男が走ってきた。カメラを持っているから、ガドルが忘れたというのはあのカメラだろう。

 「あ、ゴメン。迷惑掛けた序に、撮ってくれると嬉しいんだけどなー」

 大きく手を振りながら笑顔で頼みごとをする姿は、やっぱりジュタとはかけ離れ過ぎている。

 誰とでも訳隔てなく友達になれるタイプなんだろうな、人望とか無駄に高そうだ。

 「はいはい、分かってますよ。並んでください」

 やってきた男は、態々シャトルが映り込まない場所に向けてカメラを構え、その場所にガドルとルルは移動した。

 「タイキも一緒に写るんだ、ほら、こっち」

 ボンヤリとそんな光景を眺めていると不意に名前を呼ばれ、慌てて焦点を合せると綺麗で、優しげな笑顔が俺に手招きしていた。

 改造人間にする目的で育てられた俺は、実は写真に1回も写った事が無い。特別写りたいと思った事も無いんだけど、今呼ばれて不意に思ったのは……俺が生きた証が1つ残る事になるんだなって……前線に出て戦争を終わらせる。そう思っていても付き纏う死への恐怖……薄情な親友の心には俺と言う存在は残るのだろうか?

 俺が確かに生きていたと言う証拠、それを残せるんだから写ろう。

 「表情硬いですよー笑って笑って~」

 ルルの隣に立ってレンズを見つめて数秒、男はそんな文句を付けてきた。

 初めて写るモノに緊張するなと?どんな顔すりゃ良いのかも分からないし、第一笑えるだけの余裕なんかどこにあると……

 「ハンドソープ」

 「ぷっ!」

 おいルル!さっき大笑いしてまだ腹痛いんだって!

 「アロエ。キリッ!」

 ガドルまで……も、駄目だ……。

 「あはははは」

 こうして地球に戻された俺達はその日のうちに前線に送られた。

 ボロボロのテントが組まれた周辺には、軽く負傷した改造人間が回復を待つように直射日光著しい野外に寝転がされたままで、そんなテントの中には物資が置かれ、その盗難を防ぐ為なのかテント内の立ち入りは禁止となっていた。

 前線とはいっても四六時中戦闘が繰り広げられている訳ではないのか?

 いや、違うな……機械は寝たり休憩したりする時間なんかいらない。だが俺達は休憩が必要だ。だからこの場所は明確には前線じゃないのだろう。

 この場にいるのはザッと200人ほどか、無傷なのは今到着した俺達しかいない。なのに見る限り修理工がいないのはどういう……それにこの寝転んでいる奴らの手当てだってされていない……もしかして使い捨て……なのか?

 いや、動けなくなれば施設に戻って修理される筈だ、そうでなきゃ救いが無さ過ぎる。

 1人の改造人間の先導で前線に出ると、瓦礫の影から機械達が布陣している場所に向かって遠距離攻撃をしている改造人間達がいた。

 機械側も遠距離攻撃しかしてこないのか、近距離戦をしている奴は1人もいない。

 どれだけの時間をこの戦闘体制で続けていたのかは分からないが、機械側は完全な遠距離を得意とする奴らで構成されている。

 俺の夢は、戦争を終わらせる事だ。こんな距離だけとって様子見の消耗戦なんかしてる場合じゃない。

 「責任者はどこにいる?」

 瓦礫に近付いて行くと、1人の改造人間が教えてくれた。ここの責任者はテントの中で物資を守る事しかしておらず、前線での戦い方は個々のセンスに任せているらしい。

 なるほど、誰がどう出るか分からないからこんな消耗戦になった、という訳か。

 「怪我の少ない奴はこっちに。他は攻撃を続けてくれ」

 こうして2分にした改造人間を更に2分し、瓦礫の陰に隠れながら機械達の布陣する場所に向かって前進していく。

 目的はもちろん機械の破壊、それと最低限動ける程度まで壊した機械を泳がせるのが目的だ。

 機械は何処で作られ、どこから前進してきているのか。

 故障すれば本陣に戻って修理するというのは至って普通の行動、その場所さえ分かれば少なくとも今のような消耗戦を続けなくても良くなる。

 敵が盾にしている瓦礫を通り過ぎ、俺達は敵陣の横、凡そ1キロ地点にいる。そこから一気に遠距離攻撃を仕掛けて敵の陣形を乱し、慌てて攻撃をこっちに向けてきた所で反対側に回り込んでいる奴らが遠距離攻撃。敵は3方向から来る攻撃に対処する必要があるために攻撃を分散させる、そこを狙って前進して近距離攻撃を仕掛けて敵陣をブッ壊す。

 「行くぞ!」

 武器を構えたまま前進し、反撃に出てきた機械との戦闘に入る。その間にも遠距離型の奴の銃口の中に手榴弾を投げ入れて武器を潰していく。

 よし、コイツで最後だ。

 急襲が成功し、退却を始めた機械の後を追いかけていくと、不意に機械の動きが止まった。

 俺達の尾行に気付いたんじゃないかとも思えたが、そんな感じではなく……電源が急に落ちたような……移動する片足が上がったままなんだ。

 良くバランスが取れているな、と感心しながら動かなくなった機械を眺める事数分、もしかしたらコイツは囮で、前線に大量の機械が向かっている最中かも知れないとか嫌な考えが浮かび、3分の2の人数には前線に戻ってもらった。

 これで俺達は10人、本陣の場所に至ったとしても行き成り攻め入れない戦力だな。もしかしたら本陣の戦力が整うまでの時間稼ぎか?

 「どうする?」

 隣にいるルルが身を低くして機械を監視しながら聞いてくる。けど、それは俺が今1番誰かに聞きたい事だ。

 どうしたら良いんだろうか?

 このままここでジッとして機械が動き出すのを待ってるのは正解か?

 それとも前線に戻って状況確認をするのが先?

 しかし敵の本陣への手がかりを捨てて良いのか?

 単独行動は命取り、それは分かっている。10人という小規模はなにをどう見たって単独行動にはなるだろう。けど、目の前には今にも本陣へ帰りそうな機械が1体。

 ジュタだったらこういう時どうするだろうか?なんか、すぐ帰りそうだな……深追いなんかするなって、言われそうだ。

 そうだな、この機械が再び動き出すって保障もないんだから状況確認に戻ろう。それに今回の急襲でどれ程の被害が出たのかも知りたいし、もし戦いが一段落着いているなら責任者に会って今後の戦闘スタイルについての確認もしなきゃならない。

 「駆け足で戻るぞ」

 もし、あの機械が囮だったんなら小規模な俺達が狙われやすい。だったら早く前線に戻って合流した方が安全。

 「待ってくれ、俺の脚じゃ早く走れない」

 手を上げて発言した男は左足を指差しながら言った。

 歩けない程ではないが走るとなると多少の難があるようだ。

 「怪我したのか?」

 見る限りそんな感じはないんだけど……。

 「足の螺子かなにかが取れそうなんだ」

 なるほど、責任者に聞きたい事が増えた。

 修理工がいないのは何故なのか……いや、そんな事を考えてる暇があるなら移動だ。

 足に不安があるという男を担ぎ上げて全速力で前線に戻ったが、機械は1体も動いておらず、戦闘は止んでいた。

 新しい戦力が用意されていた訳ではないのか、それともまだ移動中か……どちらにしろ貴重な休憩時間、今のうちに状況を聞いてまとめよう。

 残りの弾数と怪我人の状況を見て回り、最後に責任者に会いにテントの場所までまた全力で走る。

 テントが遠くに見えて来ると、同時に信じられない光景まで見えてきた。

 改造人間が、改造人間を攻撃していた……。

 助けてくれと懇願する改造人間達は皆重度の故障者で、攻撃をする改造人間達は辛そうに顔を歪めていた。

 「な、にしてんだよ……」

 ようやく声に出せた時、その虐殺は終わった後だった。

 「今日来た子だね……改造人間のデータが機械に渡らないため……動けなくなった子を解析不能レベルにまで壊すんだ。修理する人間はこんな所にまで来ないし、施設に戻った所でスクラップだよ」

 テントの中から1人の男が出てきて説明をした。

 きっとコイツが責任者なんだろう。

 「今後の予定は?どうやって戦争に勝つつもりだ?」

 「動けなくなった時点で壊されて終わる……それが分かっているのに前進しろなんて言える訳がないよ……僕に出来るのは物資の管理だけだ」

 駄目だコイツ、完全に心が折れてる。

 敵のいないテント周辺にしかいないから知らないのだろうが、前線では命令がない事で激しい消耗戦を強いられてたんだ。現にその方法でここで寝てる奴は負傷して回復を待ってんだろ?現実から目を背けやがって……なにが物資の管理しかできねぇだ!だったらもう良い、戦いの指揮は俺がとる。

 夢が、あるから。

 戦争が終った地球で、人間だった頃と同じように暮らしたいって。だから1歩も引けないんだ、こんな所で立ち止まってる時間も惜しい位やる事なんか山積してんだ。

 戦争を終らせる、それが第一目標。それが叶えられた時、俺がまだちゃんと生きてたら、もう1回笑いかけてくれるか?

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