無計画に異世界トリップ物とか書いてみようとしたがまったく先が見えない。

ねこのきぶんこ

第1章 天の使いの通る道

第1話 気がつけば猫耳だ



 夢を見ているのだと思った。


 夢を見ているとき、じぶんで、ああ、これはいま夢を見ているな、と感づくことがある。


 窓を閉め切った室内にいるというのに、ずっと風に吹きつけられているような感覚の混乱があったり、あるいは、もっとわずかな違和感、たとえば目の前にある書き物机の、ほこりひとつもみあたらない妙な清潔感だとか、窓から入ってくる光のつめたい透明感などに、どうしようもない非現実さを察知してしまったりして、戸惑う。


 まるで時が止まっているようだ。と。


 そう思うと同時に、ふとこれは夢の中に私はいるのだ。と気づくのだ。

 ただし、室内がどうのこうのというのはあくまで私が説明しようと取り上げた、たとえ話のことであって、ある意味それは夢でさえない、架空の話にすぎないのだ。


 私がそのとき感じたのは、立っていた地面が崩れるような、足元のなにやらあやしげな不確かさと、強烈に下から吹き付けてくる風の質感がいやに強すぎて、まるで水の中に落ち込んでしまったように、空気にしてはやけに重く、冷たく、圧倒的な勢いの感覚が襲ってきたそのすぐ後、私の体が何か、ひどく固く、冷たく、そしてどうしようもなく巨大で無慈悲なものに叩きつけられるような予感を、私の五感以外の何かがひっきりなしに告げ続けているということだつた。


 あ、落ちる。


 そう思ったのは一瞬のことで、気付けば全ての不確かな感覚は嘘のように消えさっていた。


 まるで時が止まっているようだった。


 だからそれは夢でさえなかった。立眩たちくらみみのような、ひとときの感覚の混乱でしかないと言えなくもない。ただし、そのとき感じた風の、肌を泡立たせた恐怖と、刃物のようなつめたさの感触は、たしかに私の中に残っていた。

 そのせいなのかもしれない。


 わたしは、そのとき見回した自分のまわりの景色に、奇妙な違和感を覚えたのだ。


 ほこりっぽい匂いの満ちた空気には、視界の中には見えていない、花の香りがかすかに混じっているようだったし、その香りを運んでくる風は、肌をかすめていくそよ風には似つかわしくなく、いやに大きな風音をたてているようにきこえた。


 思わず耳に手を当てようとして、またもや妙な感覚にとらわれた。


 ーーなんで、頭の横に手を当てるのか。


 無意識に手が動いていたのだ。わたしは不思議に思いながらも頭の上に、そう、正しく耳のある場所に手を移動させ、風に対して警戒するようにぴんと立たせている耳のもふもふした毛並みを確かめた。


 ーーいや、耳はもふもふしてるよな、普通。ーーそう思う間もなく、


 「にゃっ」


 視界を一瞬かすめたものがあって、体が緊張にちじまった。がすぐにそのなぞは解けた。それは不安そうにゆらゆら揺らしていた自分の尻尾にすぎなかったのだ。なぜそんな当たり前のものに、わたしは驚いてしまうのだろう。

 まるでそんなもの初めて見たとでも言うように。


 亜人なら、尻尾くらい生えているのは、いくらでもいる。

 まあ、このあたりでは、あまり見かけないかもしれないけどね。


 「にゃんだかニャア」


 わたしの名は、オルタ。自分の名前くらい、ちゃんと言えるさ。でも何でだろう。何か、これとは違う名前で呼ばれていたことがあるような気がしてならないのだ。でも何と呼ばれていたかはまったくわからない。


 まるで前世ではたしかにそう呼ばれていた事があったような、記憶、というよりも、オルタという自分の名前を思い浮かべたときに感じる感触のようなものに、なにかそう感じさせるものが含まれているようで、わたしは、もういちど、ため息をついた。


 どこにあるかはわからない。だけど、時が止まった所に、とどまったことが、その場所をおとずれたことが、自分には確かにある。

 そんな確信が、心の中から拭えなく残ってしまっていた。


 いつのことなのか、わからない。そもそも時が止まっているなら、長さなんて測れるはずもない。自分でもなんともあやふやな話なのだったけれど。


 だからわたしは、夢を見ているのだ、などと考えてしまったのだ。

 自分自身、まるっきり信じてはいなかったけれど。


 「よろしい、今お前は間違いなく現実にいるよ、オルタ君」


 わたしは、誰にでもなくそう口に出して、ひとり照れ笑いした。

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