ハルヒが旦那の部屋を掃除するだけ

猪座布団

□本棚の隙間に□


 ぱちっと目を覚まし、むっくりと布団から上半身を起こす。窓から入ってくる暖かな日差しと、網戸を通過して入ってくるまだ少し冷たい風が髪を撫でた。起きぬけの頭には丁度いいわね。

 さあ、今日も一日が始まるわ! と気合を入れて起き上がる。あたし達の結婚生活もついに二年目に突入したんだから、気合を入れ直さないとね。

 すぐ横に寝ている、あからさまに寝足りないという顔をしたキョンを叩き起こし、朝食をしっかりとらせて送り出し洗濯開始! そのうちに食器を洗って台所や寝室をお掃除する。

 時間を惜しむかのように、というか実際に惜しんでるわけなんだけど、丁寧かつ素早く家事をこなすあたし。

 ふぅ、とお茶を飲んでちょっと一息。このちょっとした間がいいのよね。自分で言うのもなんだけど、結構お茶を入れるのが上手くなってきたのよ。まだまだみくるちゃんにはかなわないけどね。

 さぁっ、洗濯物を干して、買い物に行くわよ!

 

 と行きつけのスーパーで有希とばったり。

「おはよ。有希も買い物? 奇遇ね」

「奇遇」

 相変わらず静かにうなずく有希。と言いつつ、いつも会うのよね。あたしが一人で出かけるときに限ってよく遭遇するような気がする。有希も随分とアウトドア派になってきたもんね。

 今日もいつもの喫茶店でお茶しながら雑談。まあ殆どあたしが喋ってるんだけど。

 このたわいの無いほのぼのした時間がたまらなく好きなのよね。

 また皆で集まってわいわいするわよ! と宣言し、今日のお茶はおしまい。

 結婚したからってあたしが落ち着くと思ったら大間違いなんだからっ。

 ってことで有希と別れて帰路につく。

 

 お昼を軽くこなして、のんびりと休憩タイム。

 街にでも出ようかと思ったけど、なんか今日はいいわ。

 今後の予定でも考えておきましょう。

 

 ふと気が付くと夕方が近づいて来た。洗濯物を取り込む。

 ポカポカの毛布が気持ち良くて、う~と抱きしめながら思わず転がるあたし。

 お日様の匂いにフカフカモフモフなお布団が誘惑するかのように迫ってくるのを振りほどく。

 いけない。眠っちゃうところだった。

 そうだ、キョンの部屋を掃除するのを忘れていた。すぐ終わらすから良いわよね?

 

 ──いくらラブラブで、おまけに正式に夫婦になったとはいえど、あたしはプライバシーは尊重するタイプなのよ。そこんとこ線引きはシッカリとしておかないといけないわ。

 だから普段、あたしは床を掃除機でかけること以外は極力避けている。部屋の中やキョンの机を、漁ったり、触ったり、覗いたりしないようにね。

 ……ホントよ? 気にならないと言えばウソになるけど。あたしもキョンに見られたら困るようなモノ持ってるしね。

 学生のころに作ったキョンぬいぐるみとか、キョンより抜き写真集とか……。

 もう! これ以上は言えないわっ。恥ずかしいんだから。

 と、一人でクネクネしてたのがイケなかった。

 キョンの本棚の角に足の小指がアタック!

 わたたたたっとよろめくあたし。

 ん、もう!

 そのときに気付いた。

 本棚が微妙にズレている……。

 モチロン中身ではなく、本棚自身がよ。片方がちょっと前に出てて、壁との間にスキマが出来ているみたいね。小指をぶつけたのはこのせいよっ。まったく。

 それにしても……メチャメチャ気になるわね。これは……不思議の匂いがするわ。──そういえばここ暫く不思議探索をしてないわね。今度の休みの日にでもどこか連れてってもらいましょう──などと考えながら、そっと本棚の後ろ、スキマを覗きこむ。何か落ちている。雑誌、かな? 影になっててよく見えない。

 なんとなくスクラップ帳やアルバムの類に見えなくもないけれど。

 どうしよう……。

 こっそり本棚を元の位置に戻したほうがいいのかな? それとも、このままにしておこうかしら。でもでもあたしが掃除したのは分かるんだし、このままってのは……。それに、いかにもアヤシイ。

 これはもう、あきらかにイヤラシイ本だわ。わざわざ本棚の後ろに隠してるなんて、もうそれだけでいやらしいわ。

 あたしの頭に、普段は想像さえもしたくないような卑猥な映像が駆け巡った。

 ……キョンのやつ。

 むぅ~、とあたしはアヒルになる。

 これはもう立派な浮気ね! 他の女の肢体をジロジロ見つめてるなんてっ! 破棄よ破棄! こんなもん捨てちゃうんだからっ。

 そうと決めたらさっそく……ってあれ? 手が届かない。

 むむぅ~、とあたしはペリカンになる。

 キョンの本棚はこれがまた重くてなかなか動かせない。これを毎回動かしてるなんて、キョンったら結構力持ちなのね。

 さすがあたしの旦那さまよ。って、駄目よ。甘やかしてはダメ。断固抗議するわ。これはあたしに対する裏切りなんだからっ。あたしはキョン以外の男には見向きもしないのにっ!

 もう完全に、いやらしい本、と決め付けているあたし。机の上にこれ見よがしにでも置いておこうかしら? キョンの慌てふためく顔が目に浮かぶ。

“捨ててくれないと家出するんだからっ”

 なんてね。

 あの事件以来、コレがあたしのキョンに対する切り札なの。あんまり使うとキョンが泣きそうになるから、ほどほどにね。

 なんだかんだ言ってキョンの笑顔があたしの心の清涼剤だもん。泣き顔は見たくないわ。……泣かすのはいつもあたしなんだけど。

 

 ――ガチャッ。

 

『ただいま~。今日はお土産を……ってあれ? ハルヒ~』

 

 取り敢えず本棚を動かすのは無理だわ。棒かなんか無いかしら。そうだ! 掃除機を使えばいいじゃない。……駄目ね。スキマが狭くて入らないわ。

 

『お~い、ハルヒ?……転寝でもしてんのかな?』

 

 キョンの部屋の押入れになんかないかしら? っとイケナイ。勝手に開けちゃ駄目ね。……でも考えてみれば今は遠慮する必要なんてないわ。

 これはホントにあたしを裏切ってないのか、それを確認するためなんだから! 大事の前の小事よ!

 ススっと押入れを開ける……う~ん、使えそうなのはないわね。金庫みたいなのが気になるけど、今は後回しよ。次は机の周りね。もうここまで来たら遠慮しないわ。さあ次は――

 

「ハルヒ。何をやってんだ?」

「わきゃぁっ!」

 とっさに振り向きながらファイティングポーズをとる。何よ? やる気!? キョンのくせに! ……あれ?

「な、なんであんたがここにいんのよ!」

「ただいまハルヒ。今日はちょっと早く終わったんでな」

 ほら、とビニール袋に入った箱を右手でぶら下げて差し出す。お土産かしら。

 クンクンと鼻をならす。なんか甘いにおいがする。ケーキ、じゃないわね。何かしら。

「たまにはこういうのも良いかと思ってな。ん? 掃除中だったのか?」

 キョンが体を斜めにしながら部屋を覗きこもうとして、不思議そうな顔で言った。

「そ、そうよ! 掃除よ、見たら分かるでしょっ」

 とっさになぜか言い訳めいたコトを言うあたし。事実、掃除しに来たんだから問題はないはずだけど、後ろめたい気持ちがあるのも事実だし。

「そうか、ありがとさん。ワッフル買って来たんだ。食べようぜ」

 うん、と頷きながらキョンと台所に向かう。

 危ないところだったわ。キョンはニブイところがあるし、気付いてないわよね?

 

「うん。おいしい」

 ワッフルを頬張りながらあたしはしあわせになる。

 テーブルの向かい側からキョンがにこやかに微笑んでいる。

「おい落ち着けよ。ワッフルは逃げやしないぞ」

「なによ。まるであたしががっついてるみたいじゃない」

「……ついてるぞ」

 そう言ってキョンはあたしの口の周りについたシロップを指ですくい、そのまま口に運んだ。ふふ、と鼻を鳴らし、

「甘いな、ハルヒの味だ」

 なななななななななに言ってんの!? こいつ!

 多分、いま、あたしの顔は真っ赤だ。

「と、当然よ!」

 ……あたしも何を言ってるんだろう。すごく恥ずかしい。

 わたわたしてるあたしを、キョンはじっと見つめてくる。あたしはなんだか金縛りにあったみたいで……多分、潤んだような目で、キョンを見つめ返す。

「――ハルヒ」

 キョンの目にはあたしが映っている。

「――キョン」

 あたしの目にもキョンが映っている。

 キョンがテーブルに手をついて顔を近づけてくる。

 あたしもキョンの方に唇を突き出す。

 自然、瞳の中のあたしたちの姿もどんどん大きくなって……。

 

 ――ちゅっ。

 

 一瞬だったと思う。

 もうあたし達は夫婦で、これくらい当たり前のことなのに……。それでもこの一瞬がいつまでも続けばいいと――そう思った。

 キョン……大好き。

 

 

 

 

「ところでハルヒ。さっきは何かイイモノでも見つけたのか?」

「……な、なんの話かしら?」

「俺の部屋で何を探してたんだ?」

「掃除よ……別になにも」

 ごにょごにょと歯切れが悪くなるあたし。

「お互いの部屋は漁らないって決めたのハルヒだよな?」

 うぅ、キョンの視線が痛いわ。でもアレは不可抗力みたいなもんよ!

「だってキョンが悪いんだから!」

「え……俺が?」

「本棚の後ろにえっちぃ本を隠してるでしょ!」

 もうね、あれよ。小一時間問い詰めるイキオイよ。

「さあ白状しなさいっ!」

 するとキョンは不思議な顔で、

「そんな本は付き合い始めたときに全部処分したじゃないか。なんのことだ?」

 え……じゃあアレは何なのかしら?

 

 あたし達はキョンの部屋に向かった。

 現場を見せた方が手っ取り早いもの。

「あ~これか……」

 キョンが言うにはもともと本棚の上に置いてあったのだが、何かの拍子で本棚がズレてそのスキマに落ちたのだろう、ということらしい。

 でもそんなことはどうでもいい。問題はそのアルバムの中身よ! そう、よく見えてなかったけど、アレはアルバムだった。写真とかをしまうアレよ。

「さ? キョン。開示してもらうわよ」

「あんまり見せたくないんだが」今度はキョンが歯切れが悪い。

「見せなさい」とあたし。拒否権なんてないわ。

 

「うあ」

 何コレ……。おもわずマヌケな声を出してしまった。信じらんない。こんなものをキョンが持っていたなんて。

 そのアルバムにはあたしの寝顔が所狭しと貼ってあった。

 まだ高校生の頃の写真――団長机に突っ伏してる姿。教室の机で居眠りしてる姿。結婚してからの――パジャマを少しはだけさせたあられもない寝姿やお昼寝中の丸まってる姿……などなど。

「何よコレ……隠し撮りじゃない!」

「ちゃんと聞いたぞ。撮っていいかってさ。寝てるときに」キョンが笑いを堪えるように口元に手を当てている。「『んう……キョン』って返事も貰ったし」

 なななななななああああああ!

「このバカキョン! エロキョン! それは寝言よっ。返事じゃないわ!」

 キョンの襟首を掴んでガクガクと揺らす。

「おおお落ち着けハルヒ。なんていうかお前の寝顔があまりに可愛くてだな」

「コレは没収!」

「……分かったよ」

 あら? えらく聞き分けが良いわね。

「ハルヒが嫌っていうならしょうがないさ」そう言うとキョンは頭を掻きながらあたしに背を向けて呟いた。「……PCにデータは保存してあるしな」

「なんか言った?」

「いんや」

 聞き分けが良すぎるキョンに何か感じないでもなかったけど、今はそれどころじゃなかった。

 寝顔だなんて……恥ずかし過ぎるもん。

 

 あたしが恥ずかしさのあまりどうしてやろうかと考えていると、キョンが静かに話しかけてきた。

「なあハルヒ。部屋を漁ったりしたら罰ゲームだって以前言ってたよな?」

 あ……忘れてた。

 もうしつこいわねキョン。確かに悪いのはあたしだけど……。

 ここは聞こえないフリね。

 

「ハルヒ?」

 

 (∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい

 

「おいこらハルヒ」

 

 (∩ ゚д゚)きーこーえーなーい

 

「ごまかすなぁ~」キョンがあたしを組み伏せてくる。

「きゃあぁぁ~」あたしは組み伏せられる。

 

 

 

 

 わっふるわっふる、なんて、

 (∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい!

 

 

 …………(∩ ゚∀゚)おしまい

 

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ハルヒが旦那の部屋を掃除するだけ 猪座布団 @Ton-inosisi

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