テスト・パイロット〜その7〜

 「信じらんない! どうなってんの!? 減給なんて聞いてないわよ! 」環樹は吠えた。


 「俺だって減給は御免被りたいよ、こないだ四ヶ月の減給をくらった時は塩で生活することになったんだからさッ! 」語気を荒げてトリガーを引く風城、二つのドローンがビームに貫かれて焔を吹きあげた。


 


 「これになんの意味があるのか、さっぱり分かりませんな」鈴木は首を傾げた。


 「君が奏志くん達を煽った時と一緒だ、これが一番身に染みた実感としての恐怖に繋がる、君が思っている以上に社会人にとっての減給は厳しいのだよ」菊池は澄ました顔をしていた。


 


 「これならマジに撃墜出来そうだなぁ〜、もうフラフラだもんあの機体ってば」川俣はウニから放たれてくる無数のビームを余裕綽々で躱していた。手にしたサーベルを振り回して再ひ突撃する。


 「何言ってんだよ川俣……突っ込みすぎるんじゃないぞ! 」スナイパー用のセンサー・バイザーを勢い良く跳ね上げると、武石はスナイパーライフルを肩部に接続し、腰部に備え付けてあるアサルトライフルに手を伸ばした、数秒のうちに接続完了の文字がモニターに踊る。武石がライフルを構え終わった頃には、彼の目の前で再び川俣の機体とウニとが肉薄していた。サーベルの当たった部分のアンチ・ビーム・コーティングが溶けていくのが見て取れる。酷い煙だが、川俣の言うとおりパイロットが強制排出されるのは時間の問題だろう、武石は楽観視していた。


 その間、他の小隊はゼー・イーゲルを取り囲んだまま待機していた、誰もが今月のボーナスを確信し、溌剌とした顔をしながら。




 「畜生、この間無様に落とされてた奴の癖にィ!」奏志は歯噛みした。コックピットの中にアラートが絶え間なく鳴り響いている。連続した甲高い音に張り裂けそうな鼓膜と鼓動が重なった。血のような紅に染まるモニターの中でファランクスが近づいてくる。


 「もうもちません! 」明希は金切り声をあげた。ただコックピットが排出されるだけだが、その事が分かっていたとしても、この恐怖は想像を遥かに凌駕していた。


 その声を聞いて奏志の鼓動が更に高まりを見せる、彼は脳内を巡る確かな脈動を感じていた。


 瞬間──再び激突する二つの機体、川俣が振り下ろしたサーベルがウニを切り裂く、裂けたのかと思われた機体は川俣の予想に反して流線型の薄片を並べたように展開したのだった。


 「オネスト・システム起動、フェアリング・シェル展開、十秒後には本体露出します」


 「おっ、やっとシェルが開く、はじめてだな! 」鈴木は近くの研究員やオペレーター、整備員と力強く握手を交わしている。その目には涙が浮かべていた。


 「これまでのパイロットはダメすぎてシェルを展開するに……もといシステムの作動に至らなかった! 流石は司令の紹介だ! 」おいおいと声をあげて泣きながら整備員と抱き合ったまま、鈴木は歓喜の悲鳴をあげた。


 「よかったね、随分と嬉しそうじゃないか」普段は薄気味の悪い笑みを浮かべる以外にこれと言った表情を見せないチリチリ頭が喜んでいるのを見て、菊池はどこかもぞもぞとする気持ちを押さえながら笑った。


 


 「なんだあれ、真ん中に……何かいる……」川俣は開きつつあるウニを凝視しながら距離をとった。アンチ・ビーム・コーティングの溶解によってかかった靄が少しずつ晴れ始めた──


 「離れろ! 川俣! 」武石が叫んだのも虚しく、次の瞬間、川俣の機体の四肢は消し炭になっていた。


 「うわァァァァ! なんなんだよ! 」川俣はうわごとのようにあり得ねぇよ、を繰り返した。


 「クソっ! 全機退避しろ! 何が起こったか分かるまでは下がってろ! 」武石の声が鋭く響く。そのまま武石は狙撃用のバイザーを再び下ろしてセンサーの感度を最大にまで引き上げた。


 僅かに残った靄の中から、トゲの生えた三角形がさっきまでのウニを中心として三つ、四つと放射状に伸びてくるのが最大望遠の状態で見て取れた。少しずつその数は増加し、モニターに映った数はピッタリ20であった。その一つ一つがあたかも生物であるかのように、ケーブルに繋がれたままウネウネとしている。


 「ヤバイ、来るぞ! 全機回避しろ! 」武石の叫びとともに、ケーブルに繋がれた三角の全てから一斉にビームが放たれる。突然の子機の挙動に対応しきれなかった機体の一つが真っ二つにされた。


 「やっぱり子機だったか……コイツは七にも八にも面倒くさいぞ……」武石はライフルを持ち替えて狙撃の姿勢をとった。子機たちの中心には隊長である風城が乗っているのと同じAX-38が見える。急いでロックオンカーソルを合わせ、トリガーを引くも、荷電粒子が発射されない、どうやら射線上に他の機体が一瞬入ってきたようだ。武石は友軍への誤射を防ぐこの機能に腹を立てながら再びトリガーを引いた伸びていった光は目標に届く寸前、子機の一つに当たって弾けた。子機はピンピンしたまま別の機体をビームで薙ぎ払っていた。


 「このライフルの出力だったら一方的に焼けるはずだってのに! なんて固いエネルギー・フィールドなんだ! 」武石は更に距離をとった。


 


 「すごいよ、このゼー・イーゲル! 変な機体だと思ってたけど、実際は人型だったなんて! 子機も沢山ついてるし」奏志は嬉々として言った。


 「しかも、脳波コントロールできる! っていうのが良いですよね! 」明希も同じように喜んでいた。


 「うん、これなら俺だってどっかのエースパイロットと同じくらい流暢に機体を扱えるからね! 」奏志の思考に合わせて機体は危なげなく宇宙を駆け、明希のデータ処理に合わせて子機からビームを撃ち込む。彼ら二人は14機のAFを相手にして互角以上に戦闘を進めていた──

 



 

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