テスト・パイロット〜その2〜

 奏志の目の前にあったのはまさしく鋼鉄のとでも称するのが適切な異形の機体だった。少し奥まったところにあったため、遠くからだと見えなかったのだ。


 黒い真球の物体から等間隔に円筒と円錐、レドームが三つで一セットのように生えている。黒い球体である時点で十分に不可思議なのだが、それだけではなく、円筒がウニを意識させずにはいなかった。果たしてこれはAFと言えるのだろうか、AFの定義はあくまでもであるのに、全くとしてその意に沿おう、という気概が感じられない。奏志はポカンと口を開けたまま静かに震えていた。


 「どうだ、気に入ったか? 」風城の言葉に奏志は僅かに口元をモゴモゴとさせた。どうした、と風城がもう一度聞いた時、奏志は烈火の如くに怒った。


 「気に入るわけないじゃないですかァーッ、こんなものォ! オネストって書いてある方に乗れると思って楽しみにしてたのにィーッ! 」


 「オネストは機体の名前じゃ無くて、システムの名前だ、どちらの機体にも搭載されている。心配する必要は皆無だ。ちゃんとって書いてある方に乗れるゾ、嘘は言ってない」


 「だから、ウニが嫌だって言ってるんですよ! 」


 「俺だってウニなんかには乗りたくない、だから無理してまでお前を乗せることにしたんだよ! 察しの悪い奴め! 」二人は額を突き合わせて睨み合った。


 「どうしたんでしょうか、篠宮くんたちは……」明希は何が起きているかが分からず、目をパチクリとさせている。

 

 「漢の世界っていうのは女には理解出来ないものなのよ、明希ちゃん」珠樹はそう言って睨み合っている二人の元へ歩いて行った。


 「まぁまぁ、ちょっと待って篠宮くん。この機体はこう見えても高火力、重装甲、高機動の三拍子がそろってるのよ」


 「とてもそうは思えませんよ」奏志は苦い顔をして首を振った。


 「そう言うと思っていたよ」やけに気取った男の声を聞いて奏志が振り返ると、そこにはチリチリの髪の毛を鳥の巣のようにそのまま放っておいたような頭をして、牛乳瓶の底のような厚さの丸眼鏡を鼻の辺りに引っ掛けた白衣の男がいた。


 「突然だが、この機体についてを余すところなく全部説明してあげよう。勿論、君のように僕が作った機体の美学についてが理解できないド低脳クンにも分かりやすいようにネ」


 「この人は一体どちら様ですか? 」また胡散臭い男が出てきたものだと、奏志は呆れ顔で聞いた。


 「この機体の開発者の鈴木さんよ」


 「よろしくネ」


 「はぁ……えっと……よろしくお願いします」奏志は困惑しながらも頭を下げた。

 「よろしくお願いします」続けて明希も頭を下げる


 「この機体の名前は……いいか、よく聞いておけ、物凄く格好いいぞ、チビるなよクソガキども」二人が困惑しながらも恭しく頭を下げたことなど、意にも介さずに鈴木は続けた。


 「早くしてくださいよ」


 「チッ、可愛げのないガキだ。いいか、この機体の名前はだな『ゼー・イーゲル』だ」


 「へぇー、コイツには勿体無いくらい格好いいじゃないですか」奏志はさもどうでもいい、という口調で言った。


 「ちなみに、意味は|独語だ」


 「薄々分かってましたよ」


 「そうか、それでコイツの武装面だが……なにから聞きたい? 」


 「なんでもいいですよ」早くしろ! この狂人め!そう思いながら奏志はぶっきらぼうに言い放った。


 「では、荷電粒子砲から行こうか。これはかなりの高威力だ。戦艦の副砲並の威力が出る。試算だが……これを一機だけ持ってきて艦隊の中央に置いたとしよう、トリガーを引くだけで半分は轟沈出来るよ」どうだい? としたり顔で鈴木は言う。奏志は仏頂面で頷いた。

 

 「次に、スラスターだね。至極簡単な話なのだが、現行で一番に推力のあるやつーーーAF‐8のやつだ、を全身に、もとい全球に搭載してある。どんな戦闘機よりもアクロバティックな機動を約束出来るよ。最も、この機体は……球だからアクロバティックなんて関係ないけどネ、それから、狂人という言葉は私には相応しくないと思うんだが、どうだね……篠宮クン」鈴木はニヤリと笑った。


 「そうですね、確かに鈴木さんにはなんて言葉は似合わないと僕も思います」なんでコイツは俺の考えが読めるんだ? 奏志は気味の悪い汗をひた隠しにしながら、おおよそ鈴木が望むであろう言葉を並べたてた。


 フン、天才とは紙一重、とはよく言ったものだ。まさしくこの男がいい例だよ、まったく……この時、風城も奏志と同様にカリカリしていた。


 「天才の思考というのはなかなか理解できないものだからね。さて、どこまで話をしたかな、そうだ! スラスターまでだったね、次はレドームだ。一個一個のレドームに指揮官用のAF‐8と同じセンサー類をまとめてぶち込んである。簡単に言うと、球体からAF‐8の生首が生えているものだと思ってくれ。想像してご覧よ、随分と滑稽なものだ」この言葉を聞いて、一行はその様子を想像してしまった。あまりの間抜け加減に吹き出す。ようやく通じたジョークに気をよくした鈴木は上機嫌のように見えた。


 あのサイコ野郎、なかなか面白いことを言うな、奏志は感心した。


 「それから……僕はどちらかと言うとなんとかよりもの部類に入ると自分を定義していると思うんだが、どうだね? 風城中尉、そして……篠宮クン、サイコ野郎とは聞き捨てならないな、せっかく君たちも僕の、そう天才の世界についてこれると思ったんだが……ジョークで笑ったところまでは上出来だったよ」


 風城と奏志は顔を見合わせた、どうしてこうも思考が筒抜けなのだろうか、二人は顔中にかいた汗を必死で拭っていた。


 「残念ながら、本当に惜しいことだが……僕はテレパスじゃない、天才だ。君達は表情に思考が出過ぎる。ポーカーフェイスを心がけたまえ」


 「ご忠告ありがとうございます」


 「分かれば良いんだ、なにも僕だってそんな鬼じゃないさ。それはさておき、この機体が球なのには理由がある。球は効率が良いんだよ、武装を配置し、レーダーを装備し、スラスターをつける、この全てが実に美しく、行える。まさにAFの黄金比だよ! そして、AFの防御力の低さもカバー出来るんだ。通常のAFなら機体前面に薄く張ってデブリの衝突から身を守るだけのエネルギーフィールドも球なら……と言うか、この機体なら、全体に張ることが出来る、なんと言ってもツインドライヴ仕様だからね、エネルギーの量がちがうんだ、全球にフィールドが張れれば、相手にとっては大きな脅威になるだろう。次に……」


 「博士、本当に名残惜しいのですが、そろそろ開始時刻ですので……」なおもペラペラと長く話をしようとする鈴木を珠樹が遮った。


 「おや、もうそんな時間だったか」わざとらしく大袈裟に驚いた素振りを見せてから、その場を去っていく鈴木。君はポーカーフェイスが得意だね、と珠樹に耳打ちをしてモニタリングルームに入っていった。


 『残り五分で試験開始です。パイロットはそれぞれの機体に搭乗して下さい』格納庫にアナウンスが響いた。もうじきカタパルト、及び格納庫周辺の重力制御がカットされ、気密も少しずつ開放されるーーー



 

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