第82話 俺、色々と考える

 どんなに高なる鼓動を沈めようとしても、その気配は全くない。

 それどころか加速しているようにも思える。

 更に言うならば、周りからの視線が痛い。

 よくよく考えれば、人の姿は見えないものの、カーテンの奥にはたくさんのクラスメイトがいた。言わば、公衆の面前である。

 そんな所で告白を受けるとどうなるだろう。

 簡単な話だ。──白い目で見られる。

 視線いてーな。

 俺は自分がスーツ姿で周りから浮いている、という事実すら忘れて困惑していた。

「将大……」

 たくさんのフリルがついた和服のようなものを纏い、かぐや姫を連想させる衣装の夏穂が弱々しく呟く。

「お、俺はッ、べ、別に何とも思ってないからなッ!」

 両手をパタパタとはためかせながら、弁明する。しかし、逆にその動転っぷり怪しいと思われたのだろう。

 夏穂は白い目で俺を見つめ、「ウソじゃない?」と訊いた。俺は刹那に頷く。

 納得した様子はない。しかし、文化祭はこれからだという時に内輪もめしている場合でもない、と判断した夏穂は「ふーん」と呟き、そっぽを向いた。


「ありゃありゃ。破局か?」

 ニタニタ顔で金太郎の衣装に身を包む志々目さんが近づいてくる。

 同時にカタン、とフォークがお皿に当たる音がする。イリーナとみーちゃんが、《金太郎の切り株》を食べ始めたのだろう。

「ちげぇーよ。てか、金太郎のって付くぐらいなんだから、志々目さんが持っていきゃ良かったんじゃん」

 そうすればこんなことにもならなかったのに……。

 最後の一文はぐっと、喉の奥に閉じ込めて言う。

「だってー。身内じゃん、盛岡くんの。だから、気遣ったんだけど、逆効果だったみたいだね。あはは」

 志々目さんは悪びれた様子もなくそう告げる。まぁ、言ったのはイリーナの友だちだから悪びれた様子がなくてもおかしくはない。

 だが……、そうじゃないだろう。

「なっちゃったことは仕方ない! 次だよ、次ー」

 他人事だと思っているのだろう。志々目さんはそう告げると、ホールの方へと出ていく。


「あの……夏穂」

 今もってお客さんの状況は、イリーナとその友だちであるみーちゃんのみ。

 ゆえに、暇なのだ。

 何もすることは無い。その状況で夏穂に話しかけたにも関わらず、夏穂は俺の方を見向きもしないで、

「忙しいから後でね」

 と告げた。

 絶対避けられてるよな……。

 不安が過ぎる。そのときだ。

「あー、そこのホステスさん」

 実行委員でもある九鬼くんが、ふざけた名で俺を呼ぶ。

「んだよ」

 この服着せたのお前だろ。込み上げる苛立ちを露わにし、返事をする。すると、九鬼くんはホールの方を指さし、

「指名入ってるぞ」

 とニヤつきながら告げた。

 何なんだ?

 そう思いながら俺は、カーテンを潜りホールへと出た。すると、そこにはやはりイリーナとみーちゃんがいた。

「な、なんだよ?」

 俺は2人に近づき、なるべく自然に装い告げる。

 だが、先ほどのかっこいいが何度も頭の中でフラッシュバックし、どうも気恥ずかしくなってしまう。

「将兄、声が上ずってる。キモい」

「キモいとか言うなよ!」

 冷静なイリーナの物言いに、俺は一瞬で反応する。

「で、何なんだよ?」

 取り直して俺は訊く。

「用があるのは私じゃない。みーちゃんのほう」

 途端にイリーナがげんなりとし、みーちゃんを指さした。

 刹那に俺の胸の鼓動が高まる。収まりつつあったのが嘘のごとくだ。

「……な、なにかな?」

 口ごもりながら訊くと、みーちゃんは顔をゆでダコのようにし、大きく息を吸い込む。

 緊張しているのだろうか。

 それは伝達し、俺も緊張が高まってくる。

「えっと、さっきの事なんですけど……」

 ドクっ、ドクっ、ドクっ。心臓が痛い。何かの病気じゃないのか、と思うほどに。

 その音はあまりに大きく感じられ、周りに聞こえてないかと不安にもなる。

「お兄さんに、彼女がいるってことはイリーナちゃんから聞きました。

 でも──」

 イリーナはため息をつき、みーちゃんは深く深呼吸をする。真逆の反応をする2人に違和感を感じつつ、俺は続く言葉を待った。

「私はお兄さんのこと好きです。彼女いるからって逃げることは……私にはできません」

 最初の告白の時とは打って変わって、別人のように淡々と告げるみーちゃん。

「ご、ごめん……。それを受けることは出来ない」

 気持ちは本当に嬉しい。高鳴る気持ちがあることは否定出来ない。

 それでも俺は……、俺が好きなのは夏穂なんだ。

「そ、そうですか……」

 みーちゃんの瞳の端に真珠のような涙が浮かんでいるのが分かった。チクッと胸に針が刺さったような感覚を覚える。

「本当にごめん」

 そう告げ、俺は頭を下げてから颯爽とカーテンの奥へと下がった。


「あーらら、振っちゃったねー」

「うっせぇ」

 茶化すように言ってくる志々目さんに、俺はツンケンな態度でかわす。

「悪い。ちょっと外す」

 そして教室の後ろのドアから廊下へと出る。

 廊下には数多の人がいた。学生服を着た者、何やら変な仮想をした者、それから地域の人々や生徒の親たち。

 その中に紛れるスーツ姿の俺。目立っているとは思う。だが、そんなことお構い無しに俺はトイレへと逃げた。


 トイレに入った俺は、一番奥の個室に入り、立ち尽くした。

「……くっそ。何でこんな胸が痛いんだよ」

 スーツの上から胸のあるあたりをぐっと掴む。それで何かが晴れるわけでもないことは分かってる。現に、今も胸の痛みは増すばかりで、悲しみすら生まれつつある。

 あぁー、1年の時はこんなこと無かったのにな……。あの娘、みーちゃんが特別なのかな。

 織葉のこと、折り合いついたと思ったら俺もこれか……。最低だな。

 色々と忘れかけてたことが脳裏をかけ、思わず笑みが零れた。

「戻らなきゃな」

 ポツリと落とし、目尻にうっすらと覗いた涙を手の甲で拭い俺はトイレを出た。


「えっ……」

 そしてその瞬間──。

 俺らのクラス《御伽喫茶》の前に長蛇の列が出来ているのが目に飛び込んできた。

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