姫(バカ)が騎士(タンク)でやって来る
@con
第1話
ポンポコリーナ国のポンタン姫は率直にいってバカであった。
ポンポコリーナ国の国王であるポンポコ8世には息子と娘がそれぞれ一人ずついた。息子のポンアン王子は敵国にすらうらやまれる容姿端麗、眉目秀麗、頭脳明晰、才気煥発の青年であった。ポンアン王子が将来名君になるであろうことを予感させる逸話は、幼少期から数えて枚挙に暇がない。
ポンタン姫はポンアン王子とやや歳の離れた妹である。ポンアン王子と同じく見目麗しい少女であった。王も王妃も兄もこの妹を溺愛した。従者たちにも国民にも愛された。しかし残念なことにバカであった。ポンタン姫がバカであることを表す逸話もまた、幼少期から今日に至るまで枚挙に暇がない。
例えば彼女は魚のすり身が海で泳いでいると信じている。そういうことを発言するたびに周囲にやんわり訂正されるのだが、しばらくすれば忘れている。ポンアン王子が魚とはどういうものでどのように加工するのかを懇々と説明したところ、彼女は「すり身で泳いでいないところを見たことがない」と反駁した。ポンアン王子は「なるほど」とわかったようなわからないような顔でつぶやいたのだった。
ポンタン姫はバカではあったがそれは知能が劣るというわけではなく――、彼女が常人と比べて軽率で粗忽で向こう見ずであることは確かなのだが――、バカ正直だとかバカ真面目だとか、そういうたぐいのバカであった。よくいえば無邪気で天真爛漫というわけである。彼女は生まれたときから陽の当たる場所だけを歩いてきた。明確な悪意をもった人間の存在だとか、世のしかたのなさ、例えばだれもが良かれと思ってやったことが結果的に最悪の事態をまねくこともある、とかいったことをほとんど知らずにいた。神父や教師が話す「ありがたいお話」を全く信じていたのであった。
「パパ、私ね、騎士(タンク)になりたいの!」
ある日の朝食のとき、一人早めに食べ終わったポンタンは王の袖にやってくると屈託のない笑顔でおねだりをしてきた。つられて顔をほころばしてしまいそうないい笑顔である。親の欲目を差し引いても、娘の笑顔は臣民を幸せにすると王は信じている。だがそれとこれとは話は別である。
「タンク、かね。そりゃあ結構なことだが、タンクがどういう仕事かわかっているのかい?」
あわただしい公務の中、朝食だけは家族水入らずの朝食である。ポンポコ王、チーポンカン妃、ポンアン王子の三人はまたぞろ始まったぐらいに思って、ペットのおいたでも見るかのようなまなざしでポンタンを眺めている。
「昨日読んだ本にジャンヌなんとかって女の人が出てて、この人は戦争で先陣を切って軍を勝利に導いたんだって。かっこいいでしょ。だから私もタンクをやりたい!」
ポンポコ王はすぐには返答せずに、愛想笑いのような表情を浮かべながら首をかしげた。
「ねえパパ、いいでしょ。ねえねえ」
ポンタンは食事の邪魔にならない程度にポンポコ王の袖を軽くちょいちょいと引っ張ったが、王は「まあ、ちょっと考えさせておくれ」とつぶやいただけであった。
「ポンタン、父上が困ってるじゃないか。あんまり無茶をいうもんじゃない」
なんとも態度をはっきりさせないポンポコ王に代わって、ポンアン王子がやんわりと妹をたしなめた。
「私だって王族なんだもん。お兄ちゃんみたいにみんなの役に立ってみんなにちやほやされたい」
「もう少し大きくなれば嫌でも務めを果たすことになるさ。今はそのための勉強に励みなさい」
「ポンアンのいうとおりです。どうしてもというなら女の子なんですからタンクじゃなくて回復職(ヒーラー)になさい」
「うむ、母上のおっしゃるとおりだ。ポンタンがヒーラーをすれば兵士はみんなよろこぶぞ」
駄々をこねるポンタンにチーポンカン妃とポンアン王子がやんわりと注意する。この娘は妙に依怙地なところがあるので、強く止めようとすれば返って反撥することを母も兄も学んでいるのだ。
「ええー。私タンクやりたいのにー。みんなの先頭に立ってみんなをかっこよく引き連れたいー。ねねね、パパもなんとかいってよ」
執拗に袖を引かれながらも食事を終えたポンポコ王は「ふうむ」と軽くうなって顎をさすってから、おもむろにポンポコに視線を向けるとおだやかに、ともすればもったいぶったともいえる口調で答えた。
「まあ、よかろう」
ポンポコ王からポンタンへの定番のような言葉である。ポンタンが自分から意思を曲げるか気変わりしなければ、結局はポンポコ王がいつものように甘やかすであろうことをチーポンカン妃とポンアン王子は薄々は察していた。とはいえ、事が事だけにおいそれと見過ごすというわけにもいかない。
「そう簡単におっしゃいますがね、父上こそタンクの仕事をわかった上で、ポンタンにやらせるつもりですか」
「全くです。うちのヒーラーは優秀ですからね、ポンタンが死ぬってことはないでしょうが、周りに迷惑がかかりますよ」
チーポンカン妃とポンアン王子はポンポコ王に反論してみせたが、それでポンポコ王やポンタンの気が変わるわけでもなし、そもそもポンポコ王は度の外れた親バカでも暗愚なわけでもなく、彼なりによく考えた上での結論なのである。そしてまた、チーポンカン妃もポンアン王子も、我らが君主の判断を信じているのであって、つまるところは王への諫言という形をとったポンタンへの小言というわけなのである。もっとも、ポンタンがそれに気づくかどうかは別問題なのだが。
「ふむ、それもそうだな」
チーポンカン妃とポンアン王子の顔を立てるために、ポンポコ王はさも貴重な意見をもらったといったふうにうなずいた。王様というのは面倒くさいものなのだ。
「というわけでだな、ポンタン。タンク軍の長には話を通しておくから、まずはそこで訓練だと演習だとかやるだけやってみなさい。一通りやってみて、まだやりたいというのならそこで改めて詰めてみようじゃないか」
「ホントに!? やった、パパ大好き!」
ポンポコはポンポコ王の腕にパッと抱きついてパッと離れてせわしなく部屋を出ていった。残った三人は顔を見合わせて思わず苦笑したのだった。
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