古都大図書館のラヴィア司書長

南木

第1章:古都大図書館のラヴィア司書長

序幕:真銀の風竜亭にて

――――何? 『大図書館』はどこにあるかだって? ………ぷっ、あっはっはっはっはっはっはっ!!


 よう小僧(ボウズ)、お前の頭についてるその二つの丸っこい奴はガラス玉かぃ? そこの窓からあの丘の上を見てみろ、でーーーーっけぇ建物たてもんあんだろ? あれこそ、俺たちの町が誇るこの国一番の…いや、世界一番の叡智の結晶だ。

 あそこにゃ、そりゃもう沢山の本が詰まってんだ、それこそ世界中のありとあらゆる本がな。そしてそれ目当てに、世界中から頭のいい奴もわんさか集まってくる。


 聞いた話ではあの図書館の中では、毎日何かしらのすげぇ発明がされてるらしいぜ、すげぇだろ。この店の酒の作り方だってなぁ、元はと言えばあの図書館で発明されたものなんだぜ。

 俺も一度行ったことがあるが、ありゃあもう別世界だわな。もう、すげぇのなんの! 新しい酒の作り方でも書いてある本がねぇかなって思ったんだが……あまりの本の量に、思わず何もできずに帰ってきちまったんだがよ。



 で、小僧。お前はあの図書館に何か用事でもあるのか?

 まぁ、あんだけ本がたっぷりあるんだ、絵本だってあるはずだぜ。…………あ?すまねぇ、俺の聞き違いかも知れねぇから、もういっぺん言ってくれ。

 ……………………なあぁにいぃ、図書館に働きに行くだぁ!? おいおい! 大人をからかっちゃいけねぇぜ小僧! あそこはお前のようなぼさっとしてる小僧が働けるようなところだと思ったら大間違いだ!

 大体お前、どっかの学問所に通ったことあんのか? さっきも言ったろ、あそこで働くのは頭がいい連中ばかりだってよぉ。


 しかも……驚くなよ、あそこの図書館には百年以上生きて歳をとらない奴だっているんだ。噂じゃな、図書館には土着神がいてだな、あの図書館が出来たころからずっと住みついてるらしい。

 そんなところによぉ、お前のような小僧が働くって言ってもなぁ、絶対門前払い喰らうに決まってんだろ。悪いことは言わねぇから、まずはどっか下働きして金を稼いで、それから勉強して学問所入ってからにしろ、な。


 なんならうちで雇ってやってもいいぜ、お前意外とよく働きそうだからよ、給金だってちゃんと出すぜ、どうだ?

 って、おいおい…人の話を聞けよ! どこ行く気だ、何があっても図書館に行くのかよ?


 ……あん、なんだって? 夢で『ビナイマ神』のお告げを聞いたから? どうしても行くってか? あー、ビナイマ神ってアレだろ、西側の『労働と商売の神様』じゃねぇか。ウチの神サマは代々東側の『労働と商売の神様』だから、えー…なんだったかな?

 ……ああ、そうそう! 『リトクール』! リトクール神だ! お前よく知ってんな。ったく、なんでこの国は東と西でそれぞれ別の神様がいんのかねぇ。

 それで、お前さんはそのビナイマ神のお告げとやらを聞いて、ここに来たわけか。ははぁ、なんだかねぇ……お前が嘘をついてるのか、それとも神様が嘘をついてるのかしらねぇが、意外に信心深いんじゃねぇの。

 もし図書館で雇ってもらえなかったとしても、大神殿の方で雇ってもらえるかもな。


 まあなに、どうしても行くってんならもう止めはしねぇよ。だがよ、もし図書館でも神殿でも雇ってもらえなかったらよ、悪いことは言わん、またここに戻ってこい。お前さえよければ俺が面倒見てやるよ。

 おっと、酒場をバカにするなよ、結構儲かるんだからな! んでもってついでに、嘘ついた西側の神サマなんか信じるのやめて、明日から東の神様信じてみろよ、な!


 おーう、気を付けて行けよっ! 道を間違えんじゃねぇぞー! あとな、雇ってもらえたとしてもたまにはウチに顔出せよ! ミルクならいつでも出してやるからよー!

 来なかったらこっちから訪ねていくからなー!

 顔おぼえてるぜええぇぇぇぇぇぇっ!!!!












        ―――あれから6年が経った―――






「おーう、おやじ! 勘定ここにおいとくよ!」

「へっへーぃ、まいどありぃ!! 依頼のほうも頼んだぜえぇっ!」



 昼、町の一角にある酒場『真銀の風竜亭』にて。

 典型的な下町の酒場らしく、よく言えば庶民的であけっぴろげであり、悪く言えば安っぽい店内では、閑古鳥が鳴くか鳴かないか迷いそうな、微妙な人数の客がゆったりと席に座って酒と料理を楽しんでいる。

 こんなのどかな日常風景は、天変地異でも起きない限りそうそう変わらないものであるが、この日ばかりは事情が違った。



「失礼する」

「おう、らっしゃ………い?」


 出ていった客と入れ違いに一人入ってきたのは、とんでもない美人だった。


 曇り一つなく輝く銀髪を腰まで伸ばし、雪のように白い肌と全体的にスリムな体型、アーモンド形の鋭いまなざしの中に深い海を思わせるような蒼の瞳が特徴的な顔。そして男性の平均身長すら超えると思われる長身に、官僚が纏うような藍色を基調とした威厳のある服が合わさり、大物のオーラを発している。

 見た目はまだ二十代前半だろうか、だがその風貌からはどことなく知性がにじみ出ているかのようにも感じられる。


「一人だがよろしいかな」

「あ……あぁ、よろしいでございます……。どーぞどーぞ、好きな席にどーぞ」


(おいおいおいおい…………やべぇ、なんかスゲーのが来やがった。俺、こーゆーヤツ苦手なんだよな……)


 そう思いつつも、失礼が無いようにしなければと引き攣るような笑顔で女性を席に案内する店主。しかも極度の緊張のあまり、言葉遣いまで怪しくなってきていた。

 困惑しているのは店主だけではない。今までのんきに飲み食いしていた客たちもまた、女性が発する存在感に圧倒され、急にみんな黙ってしまった。

 それはまるで、自宅で寛いでいるところに突如大貴族の使用人が現れたかのようなものであり、フォークを落とすことすら憚はばかられる様なプレッシャーに、思わず背筋まで伸びてしまいそうだった。


「ふむ、ここがいい。葡萄酒を一杯とお勧めの魚介料理を一品作ってくれ」

「へ……へい、かしこまりました」


 店にいる客たちの視線を一身に集めつつ、女性は上品な仕草でカウンター席に腰掛ける。

 女性から注文を受けた店主は、緊張しながらオーダーに取り掛かった。ちょっとでも気に障ったら何をされるかわからない。出来ればお金だけ落してさっさと帰ってほしいというのが本音だろう。



「いい味だ、安い葡萄酒じゃないな。おそらくヴィエノワ産だろう。こうやって葡萄酒を傾けながら、微かに漂ってくる潮風の匂いを満喫するのもいいものだ。…………ところで店主、調理しながらでいい。一つ聞きたいことがある」

「へい……っ! なんなりと、へへっ……」

「今からもう何年も前の話だが、丁度このくらいの時間に、この店に一人の男の子が来たのを覚えているか?」

「一人の男の子が? さぁ……ワタクシメにはさっぱり……いや待てよ。そーいやぁ……そんなこともあったような。たしか背がちっこくって、大きな鞄だけ背負って、何かしらねぇけどこの店に入ってきたヤツが………そーいや、そんなのがいたな」

「ふーん、どんな男の子だった?」

「どんな男の子だったと言われてもなぁ……あぁ、なんか思い出してきた。髪の毛がちょうどあんた……じゃねぇや、あなた様のような銀髪で、なんでもビナイマ神のお告げで大図書館に働きに行くんだとかなんとか言ってたな。いや~、懐かしいなぁ……そーいやあいつ今頃どーしてるのかねぇ、図書館でも神殿でも雇ってもらえなかったらウチにこいなんて言ったんだが、結局あいつは二度と見ちゃいないなぁ。あの後どーなったか知りゃしないが、今からもう何年も前の話だからよ、生きてたら今頃はもう大人になっててもおかしくはないかもな。あっはっはっはっは……っと、いけね! これは失礼失礼……」

「ふふふ………いいんだ。そうかそうか……ちょっと怪しかったけど、ちゃんと覚えてくれていたんだね」

「ええっと……それで、あなた様がその男の子と何の関係が――――おぃ、ひょっとしてまさか…………」



 ふと店主はあることに思い当たった。

 女性が着ている制服は、あの大図書館に勤務する者が身にまとう由緒ある服であり、さらには月の形をモチーフにした飾りがついているところを見ると、その役職は『管理局』――つまり図書館を運営する人物であることが分かる。

 そして、どこかで見たような輝く銀の髪。覚えていてくれたんだねという意味深な言葉。これらが導く結論は……



「あんたまさか、あん時の……!!」

「ふふっ、大当たりです。お久しぶりですね♪」


 銀髪の女性は、店主の驚いた顔を見るなり満面の笑顔で微笑んだ。

 どうやら、今までの口調は演技だったらしく、貴族のような堅苦しい喋り方から、柔らかい物腰に変化する。


「なーんだ、それならそうと早く言ってくれよ! おかげで、ムダに緊張しちまったじゃねぇか、え?」

「失礼しました、店主さんの驚く顔がどうしても見たかったものですから」

「おいおい勘弁してくれよ、人をからかうなんて悪趣味だぜまったく! ほらよ、ウニの魚醤ガルム漬けだ、今朝港に上がったばかりだから新鮮だぜ」

「これは美味しそうですね。早速頂きます」


 女性に店主が出したのは、この店の名物であるウニ料理。

 付け合せの野菜と魚の卵が申し訳程度わきに添えられて、皿の真ん中にはいい匂いを漂わせるウニが、イガごと豪快に盛り付けられていた。

 もし女性が見知らぬ偉い方であったならば、店主は殻をわざわざ剥いて、中身だけ載せただろうが、このウニは何と言っても殻に入っている状態が一番美味いのだとか。

 女性もそれを分かっているのか、器用に素手で鋭い棘が付いた殻を難なく剥き、中身にちょびっとレモンの汁をかけて一口に頬張る。

 その味はまさに格別……! 海の幸が醸し出すうまみが濃厚に凝縮され、口の中に熔けてゆく。口の中から食道へとなくなった後も名残惜しく何回か咀嚼したのち、先ほどの葡萄酒を………先ほどまでの上品な飲み方から一変して、グラスを一気に傾けて勢いよくグイッと流し込む。


「ふふっ……最高の味わいです♪ 下町の味、侮りがたいですね……」

「へっへっ、いい飲みっぷりだなオイ。最初はどこぞのお貴族様かと思ったが、案外わかってんじゃねぇか。ったく人は見かけによらねぇな。しっかし、まさかお前さん本当に図書館で働くことになるなんてな。正直俺は、初めてお前さんを見た時、あんな天才どもの集まりよりも酒場で働いた方がよっぽど似合うと思ってたんだが、神様は間違ってなかったんだなぁ。ちゃんとご利益あるんだな、今度うちも西側の神様に乗り換えようか、なんてな!」

「ええまあ、あの時はほんと……右も左もわからないくらいで、結局道に迷ってたまたまここに入ったんでしたっけ。今思うとこの通りは港から大図書館までの道のりから大分逸れたところですし、なんでこんなところまで来たのかさっぱり。でも……あの時迷子になったからこそこうして店主さんとも出会えたのですから…悪い事ばかりでもないですね」

「ま、なんにしろ、夢が叶ったのはいいことだ。それに、まさか男の子だと思っていた奴が、まさかこんな美女になるだなんてな! ちくしょう、あの時無理にでも引き留めてこの店で働かせておけばよかったぜ。そうすりゃよ、今頃この店は町一番の美人がいる酒場なんて評判が立って、毎日大賑わいだっただろうにな!」

「んー。でもちょっとそれは無理かもしれませんね」

「あん?なんでだ?」


 首を傾げる店主に、彼女は驚きの発言をぶちまけた。



「なぜって、私は『男』ですし」


『な、なんだってええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』



 店主だけではなく、その場にいた客たちまでもが一斉に仰天しましたとさ。







 ※地の文からのお知らせです。

 先ほど、銀髪のお客様を『女性』と表現していましたが、正しくは『男性』でした。この場を借りて訂正させていただきます。





……





 銀髪の『男性』は、ウニ料理を平らげると、店主に勘定を頼んだ。


「お酒も肴も最高でした、また暇があったら来てもいいですか」

「おうよ! 俺はいつでも大歓迎だ、また来いよ! え~……っと、そういやお前さん名前はなんつぅんだ?」

「ああそうだ、まだ名乗ってませんでしたね。私は、アルカナ大図書館司書長―ラヴィエヌス。ラヴィアって呼んでくれてかまいません。気が向いたら店主さんもいつか図書館に来てくださいね」

「あー……まぁ、ほんとに気が向いたらな。」

「約束ですよ。ご馳走様でした~♪」


 こうして彼は、軽食を堪能すると、懐かしい店を離れて通りに出た。


「はぁ~……本当に信じられんなぜ。あの小僧が立派な大人になりやがって。人間てのはわからねぇもんだな、俺もここに酒場を開いて120年にもなるってのに、あんな姿かたちが変わった奴は初めてだぜ」


 店主は、ラヴィアの後姿を見ながらしみじみと呟いた。



 彼――ラヴィアは、今から6年ほど前に船でこの地までやってきた。

 実家は国の首都にあり、両親と大勢の兄妹と共に育ったが、あるとき神殿でビナイマ神の信託を受け、神殿から援助を頼りにはるばるこの地にある大図書館に入門することとなったのだ。


 ラヴィアはまさに天才であった。

 大図書館で何人もの師に教えを受け、あっという間にさまざまな学問を吸収し、それに目を付けた、大図書館の主から直々に弟子にされた。その結果今では、数学から天文学、魔術理論、果ては戦術まで学んでおり、20歳という若さにして、図書館の本を管理する『司書長』に任命される。


 性格は温和で優しく、また人に教えるのが抜群にうまいと言われている。そのため、彼の手を借りたいという人は後を絶たず、多忙な毎日を送っている。

 ただし欠点として、優しい性格や見た目とは裏腹に、時に容赦ないもの言いをするため、特に仕事関係で話がこじれてしまうと、優しさに騙されたと感じてしまうことがあるだろう。

 繊細に見えて、意外と心臓に毛が生えているらしいが、自分の師匠だけには頭が上がらない模様。




「さて……お腹も膨れたましたし、気分も上々と……。さぁ、仕事に向かいましょうか……」



 ラヴィアは、その場で一度うんと背伸びをした後、図書館とは反対の……港の方へ向かっていった。さあ、今日も彼には重要な仕事が待っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る