白い女王のイリオスと、黒い少女のアンロック

おかし

0 天空の庭園

 イリオスの民は大地に生まれ、大地と共に育ってきた。

 彼らの生活は、豊な知恵と世界に飽和した力を用いて、飛躍的に向上した。

 人々の持てる知恵は、あらゆる学問を生み出し、世界に飽和した力は、あらゆる実利を生み出した。

 やがてイリオスの民は、その全てが満たされた。無限に存在する無尽の欲望は、世界に飽和した力を用いる事で、全てが昇華されていったのだ。

 しかし、その根幹にあったのは世界に飽和した力だ。従って、それを取り尽せば、イリオスの民は衰退してしまうのは、必然だった――。




 突然大地は腐敗した。飽和した力の全てが取り尽くされる事で、大地はその力を失ってしまったのだ。

 代わりに大地は、腐敗の根源をまき散らした。妖艶な腐敗は、やがて人々を侵した。

 当然イリオスにも腐敗は広がった。

 豊かな民の間には、徐々に不満の広がりが見え始めた。不満はやがて、無力なイリオスの王に向いた。

 王は、無念の境地を垣間見た。とうとうイリオスの民は、王を殺してしまったのだ。王は賢き人であったが、それを以てしても、人々の不満を取り去る願いは叶わず、そして、暴力から身を護る事も叶わなかった。


 腐敗した大地で、イリオスの民はじっとその時をまった。来る日も来る日も、イリオスの存続を考えたのだ。

 ある時民達は、とうとう天空を制する技術を見出した。持てる技術を注ぎつくして天空に楽園を作ったのだ。結果的に民は、王と大地を棄てたのだ。


 幾らかの時間が通り過ぎた。

 イリオスの民は、空中に浮かぶ新しい土地を指して、それを天空の庭園と名付けた。民はそこで、新しい文化を築いた。イリオスは徐々に、全盛期の大きな力を取り戻しつつあった。


 ある時誰かは、王の必要性を訴えた。実際、イリオスにはまだまだ腐敗の痕跡は残っている。だからそれを払拭する為に、王をたてる必要は確かにあった。皆、それを知っていた。

 そこで民は、イリオス中の優秀な人材を集めた。そして、最も優秀な女性を一人選出した。その女性に、王としてイリオスを統べてもらおうと考えたのだ。




 選ばれた女性。

 彼女の名はバホゥツといった。英知と未知を兼ね備えた、誰もが認める頂点である。だが、バホゥツは王となる事を拒んだ。

 彼女は語った。

『物事には終わりがある。イリオスはもう終わった』、と。

 それでもイリオスの民は諦めなかった。何日も、何か月も、そして何年も、彼女に女王となる事を求め続けた。


 ある時バホゥツは言った。

『終わりを引き延ばす事は、やがて悲劇を生む。それでも恒久を望むならば、あと二年待ってほしい』、と。

 彼女はそう言い残して、天空の庭園を去った。

 民は喜んだ。彼らは、バホゥツが王になる決心を固めるのに、二年待てと言ってきたものだと考えたのだ。

 しかし、それは違った。




 バホゥツは子をもうけた。その子には、民の儚い希望の導となってもらおうと思った。バホゥツは彼女にウトゥピアの名を与えると、天空の庭園に戻って来た。

 イリオスの民は彼女を歓迎した。バホゥツはそんな彼らに告げた。

『この子は王となる子です。大切に育てなさい。しかし、イリオスの瓦解は防げるものではないでしょう』、と。

 そして彼女は民の前から姿を消した。

 それでも民は歓喜に湧いた。優秀な血から生まれたウトゥピアを、彼らは手にする事が出来たのだ。イリオスの民にとってウトゥピアは、腐敗から脱する希望に等しかった。


 やがて赤子は幼子となり、少女となり、女性となった。その過程でウトゥピアは、イリオスに新しい技術を生んだ。


 忌むべき腐敗を、力に還元する技術。

 大地のまき散らした腐敗は、女王の手によって資源となったのだ。

 長い時を経て、天空の庭園には揺るぎなき平和が訪れた。イリオスの女王によって、民は救われたのだ。

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