第11話 水の対価

セツガさんの妙なスイッチを入れてしまったせいで、大変な目にあった。緊張して座っていたせいで尻が痛くてたまらん。


定期便はもうちょっと先だから、ギルドへ顔を出すのも後回しに出来る。てことで、救助したおっさんの様子を見にいってみよう。




開きっぱなしの待合室の扉をくぐると、休憩時間のせいだろう、がらんとしている。


「こんにちはー、ヴィリュークです」


”はーい、どうぞー”と先生の声が聞こえてくる。


「失礼しまーす」ずんずんと奥へ進んでいくと先生とシスターがご飯の真っ最中だった。


「お食事中すみません」恐縮してしまう。


「あら、すみません。お茶でいいですか」と、席を立つシスター。


「どうぞ、お構いなく。……あのおっさんが気になって立ち寄っただけなんで」


「あぁ、そんなに気にせんと。エルネストさん…あ、あの人の名前ね。朝もちゃんと食べたし、お昼もさっきテオフィラに持っていてもらったからさ。テオフィラ、彼ちゃんと食べてたでしょ?」


「がっつかないようにするの、大変でしたよ。あの様子なら、明日には退院大丈夫でしょ。先生?」シスターがお茶を持ってきてくれた。


「そだね、ご飯終わったら案内したげてよ」といいつつ食事の手は緩まない。


「あ、ゆっくりでどぞ。午前中つかれちゃって…」といってテーブルに突っ伏す。


「おや、回復魔法一発かけようか?」


「いやぁ、研究所で独演会があって…気疲れしただけですので、だいじょぶです」


「「あーなるほど。なるほど…」」


なんか納得されちまったけど、セツガさん、さては常習犯かね?




食事後、エルネストのおっさんの部屋に案内される。


扉を開けると、おっさんが寝台の上で荷物を広げていた。


「エルネストさん、大人しくしてなきゃ駄目じゃないですか!」案内してくれたテオフィラさんの雷がおちる。


「ああ、すまんすまん。午前中に依頼品をギルド職員が取りに来てくれて依頼完了したじゃないか。そしたら本業の方が気になっちまってな」と、おっさんが少しやつれ顔で答える。


「大人しくしてないと明日の退院を伸ばしますよ」


「おっとこりゃいけねぇ。すぐ片付けるからさ」仕分けルールがあるのか、あれはこっちこれはこっちといった具合に三つほどできた山をそれぞれ袋に入れ、更に背負い袋にしまい込んだ。




「で、そちらの方はどなたで?」


消耗していてもげんきんなおっさんに対して、ため息交じりのテオフィラさん。


「あなたの命の恩人よ」と一言。


聞いた瞬間、寝台の上で居住まいを正し深々と頭を下げる。


「この度は助けて頂きましてありがとうございます。おかげ様で依頼も完了、取引先に迷惑をかけずに済みました。香辛料を商っておりますエルネストと申します。お名前を伺ってもよろしいですか?」


「ヴィリュークだ。しがない雇われ配達人だ」


「いやいや、その年で特急便をこなしていると聞きました。ぜひお礼をさせてください」


さっきと口調が違うよ。いや、こういう対応が出来る人なのか。


「そんなに畏まらないでください。運がよかったのですよ」





 エルネストは港町で小さいながらも店を持っている。香辛料とハーブを扱っており、なかなか繁盛しているのだ。店舗は嫁さんが手伝って、彼は専ら仕入れと稀に街から街へ配達も行っている。ここに繁盛の秘密がある。ハーブの中には生の状態で使用するものもあり、その生ハーブの鮮度を保ったまま搬送する方法を考え出したのだ。


 だがそこは生鮮食品……いや生ハーブか。技術を駆使しても鮮度を保てる日にちは限界がある。通常ルートのオアシス経由では鮮度が落ちる。けれどもヒトの食欲≪欲≫はつきまじ。金を積んでも食べたくなるヒトはごまんといる。そして儲けに目がくらむ者が出てきても不思議ではない。


 危険手当や人件費を加算して見積りしたにも拘わらず、契約が成立してしまったのだ。数か月はちゃんとガイドを雇って砂漠を渡った。そうしていくうちに段々よくない考えが頭をもたげてくる。”……俺一人でも大丈夫なんじゃね?”やってみたら、一往復出来てしまった。

二往復目は納期ギリギリだったが間に合った。鮮度も許容範囲内だ。となると二度あることは三度ある、とポジティブに考えた自分がいた。自分に都合の良い解釈をしてしまった。…ところが危険はいつも待ち構えている。気付いたときは目印のない砂漠の真ん中を歩いていた。リディに乗り、歩けども歩けども、うろ覚えの目印は見えてこない。夜空を見上げて街の方向の当りを付けた。水も食料も納期も限界で、寝ている余裕はない。リディの体力は問題なくとも、自分の身の限界を感じている。


 夜通し歩いた。夜が明けたが歩みを止めない。休憩してられない、歩みを止めたら死ぬ。水は一気に飲めないので、時折ちびちびと舐める。

意識が朦朧とする中、見覚えがある景色に気付いた。


もう少し…もう少しだ…と手綱を握った所は覚えている。



「んで、気付いたらこの寝台の上だった訳です」


「これに懲りて、次からは元通りにガイドを雇ってくださいね」患者の無茶にため息をつくテオフィラさん。


頭を掻きつつエルネストさんが答える。


「はい、欲をかいては駄目だと教わってきたのですが、身をもって体験してしまいました。帰りにガイドを雇えなかったらオアシス経由にしますよ」


「それがいい」


「それでですね、お礼に是非一席設けさせて下さい。取引先に良い店があるのです」


「いや、そんなつもりはなかったし。どうしてもというなら、酒の一杯で十分だ」



いやいや、命の恩人にそんな程度では!とか


お礼目的で助けたわけでは!とか


お互い譲らなかった結果……



「もし、またやったら私の一番大切なものを差し上げます!」ということになった。


別にいらないんだけど、エルネストさんの決意の表れを酌んでそれで手打ちになった。 







二か月後……



俺は定期便の速達便を受け取って、港町を出発した。


三日目の午前中、彼方に二騎のリディが見えてきた。方向は一緒だから向かう町は同じだろう。


30分も進むと追いついてしまい、無視するわけにもいかず挨拶を交わすとエルネストさんだった。




「こんにちはー、暑いですね」じゅうたんの速度を落とし、並走する。


「やはりヴィリュークさんでしたか。先日はお世話になりました」エルネストさんが挨拶を交わしてくる。


「ああ、やっぱりわかりますか」


「エルフのじゅうたんに乗って砂漠を渡る奴はあんた位なものだ、水使い」隣のガイドさんも俺のことを知っているようだ。


「水使い?」


「同族エルフのくせして知らないのか?結構その筋では有名人だぞ。このルートで遭遇したヒトは、ほぼ水の補給を受けている。しかも無償でな。なんでも”りゅうつう”の確保だそうだ。荷物の流れを途絶えさせたくないんだと」


「ええー、それ頼りにするやつとか出ないんですか」


「狙って遭遇しようとしても無理だ。通るルートは正確だし、そのルートを通る奴は水をちゃんと計算してるから、水の補給があって楽になったって程度で、九死に一生を得るって奴はあんた位なものだ」と、ガイドさん。


「だから運が良かったといったでしょ。道迷っても正規ルートに戻り、そこに俺が通りかかって助かったってことです。……もうちょっと進んだら昼休憩ですよね?宜しければ水の補給しますよ」


「助かる」嬉しそうなガイドさん。


「助かります、でも急ぐのでは?」苦笑いのエルネストさん。


「その程度誤差ですよ。慣れているとはいえ、砂漠の一人旅は退屈なんです。水代に面白い話あったら聞かせてください」


「はっはっは、取って置きの面白いやつを聞かせてやるよ」


ガイドさんは先頭を切って進み始め、エルネストさんはぶつぶつとネタを考え始めた。





”りゅうつう”などと尤もらしい言い訳が定着して、ちょっと背中がこそばゆい。当人としては退屈しのぎだったのだ。

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