第8話 配達
腹もふくれたことだし、身支度して配達を完了させねば。
街中でもあるし、旅装ではなく武器・防具なども無しだ。
まぁ、いつもガラビア(砂漠に適したゆったりとした白を基調にした服装)で済ませ、装備の追加で辻褄を合わせちまうのだが。
頭から布をかぶっていても、耳は見えないが耳の先っちょが布をツンと押し上げるので、普人かエルフかはちょっと見れば一目瞭然だ。
ただ腰帯にはちょっとした細工の入った短剣をさしておく。装飾品に見えて、見る人が見れば使い込まれた実戦装備とわかる。
いつもは他にもいろいろと装備するのだが、本拠地ともいえる町だ。物々しい装備はいらない。地元の勝手は分かっている。
部屋のカギをおかみさんに預け、配達に向かう。さっさと済まそう。
町の北側は小高い丘になっていて、そちらは富裕層の住居が多い。
今回の目的地はその手前だ。町の皆からは”研究所”で通っている。
正式名称はあるのだが、俺も覚えていない。確か”王立うんたらかんたら緑化研究所”だったと思う。
不明瞭な所には、ヒトの名前やなんたら記念だとか、不必要に長いので覚えている奴は皆無だ。
そもそもそこの職員だって正式名称をそらんじられるかも怪しいものだ。
大昔の貴族の屋敷を改装した研究所は、周囲を高い塀で囲んである。砂漠において、緑と水は富の象徴である。
ましてや王立の研究所だ。警備の兵士が一日中巡回している。
閉じられた柵の向こう側に、2人組の門番がいたので声をかける。
「配達です。ミリヴィリスさんご依頼の荷物をお届けにあがりました。取次願います」門番の片割れに、ギルドのタグを提示する。
門番の足元には、両手で抱えるくらいの木箱があり、横にはコップが紐で木箱につながっている。
「ミリヴィリスさん宛に配達人が来ています」門番が手に取ったコップに話しかけると、木箱の方から声がした。
魔道具だったわ!前来た時はこんなものなくて、結構待たされたのに便利になったなぁ。
「ヴィリュークって配達人だったらそのまま通して!案内は必要ないわ、身内みたいなものだし私が保証するわ」
女の声に対して、顔をまじまじと見られ……いや、耳を見られているな。布の隙間から尖った耳を確認したのか、柵が開かれた。
「左手の建物です、余計な所に足を踏み入れないように」釘を刺される。
「配達でー…」
「待ってたわよ、ヴィリューク。元気だった?」白衣の女性のエルフが出てくる。
「あ、あぁ、ぼちぼちやってたよ。依頼品は2件ね。受け取りのサインを……」
受け取った荷物を一瞥、横のテーブルにぽいっと置き、サインをしつつも話がとまらない。
「ねぇ聞いてよ、昨日なんだけど上から”結果だせー”とか”進捗を報告せよー”とかうるさいのよ」
「金出して研究させているんだから、それは当然じゃ…」
「あれこれ要求が多いのよ!あの果物を作れとか、一般人でも作れてカネになる作物を何とかしろとか、緑化と言いながら雑草程度とは何事だとか」
「俺にいわれったって……」相当ストレスがたまっているらしい。
「まったく、休みよこせってのよ。給料よくっても使う暇もありゃしない」
「出不精がよく言うよ…」と、ぼそり
「でででデブじゃないもん!!確かにデスクワークで太ももとか二の腕とかむっちりしてきたかもしれないけど、まだ大丈夫…まだ…」
「…空耳もひでぇ。いい年だしな…」
「誰が年増ですってぇぇぇ!!?!」おもむろに胸ぐら掴まれた。
「ミリィおばさん、空耳がひどいってば」がっくんがっくん揺すられると、酔いそうだ。
「……ヴィリューク、あんたなんつった?」やべ、ドラゴンの尾を踏んだ。
「あんた良くも悪くも、普人に染まったようね」
「あ、いや…」雰囲気がやべぇ
「たかだか30か40、年上なだけじゃない!なんで昔みたいにおねーちゃんって呼んでくれないのよぅ」なんかうるうるした瞳で訴えかけてきた。
「いや、それだけ上だっ…」
「それを”染まった”っていってるのよ!」言葉を遮られる。
「普人でそれくらいだったらおばさんとかなるでしょ。けど、エルフならそれくらいの年の差夫婦なんか山ほどいるわよ!私がいい年になった時には、まわりがどんどん結婚とか婚約していくのよ!そんな時あんたが生まれたの。親戚の人たちは”これでミリヴィリスの婿が決まったな”とかからかってきたけど、私は生まれたばっかりで何言ってるのよって一蹴したわ!一蹴したけど…少し期待したのよ…期待したから面倒も見て愛情も注いだわ、はじめは打算もあったけど今は素直な気持ち…そんなあなたにあんなことを言われるだなんて……私だって結婚したいわよぉぉぉ」
胸ぐらをつかんでいた手はほどかれ、俺の胸元にそえられていた。
「ねぇさん”防音”してくれるかな」耳元でささやく。ねぇさんの背後、つまりおれの視線の彼方には机に座って作業をするエルフ男性の背中が見える。すっごく耳がひくひくしているから、さっきの会話は筒抜けなんだろう。そこに周囲の空気が変わる。ねぇさんの精霊魔法だ。
「ねぇ、途中から演技入っていたよね」すこし呆れ気味で囁くと、
「あ、あんたならやっぱわかるわよね?机に座っている彼、見えるでしょ?お付き合いして長いんだけど、プロポーズしようとしてくれてるのは分かるんだけどさ…最後の一歩がこないのよ」軽いため息。
ため息をつきたいのこっちのほうだ。再会していきなり当て馬にされるとは勘弁願いたい。
「少しは、はっぱがかかったかしら」とかいいながら期待していない口調のねぇさん。
「と、いうことは現在婚約状態でなく、親戚としての家族愛って感じでアピールすればいいのかね?」
「それでよろしく。あとはあなたからも少し押しといてよ」周りの空気が元に戻る。
ため息とともに歩き出し「善処します」とつぶやいた。
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