第7話 朝食

気を張っている砂漠の旅と違い、街中ではどうしてもだらけてくる。


だらけつつも周囲へ気を配るのは忘れない。索敵の手を緩めていない……なぁんていうと格好つけてると思われるが、実際やってることは朝のご近所の様子を楽しんでいるだけである。


一番近いところでは、おかみさんがお茶を持って近づいてくるのが分かる。


「水汲みありがとね。ご飯はもうちょっとだから、お茶飲みながら待ってて頂戴」パタパタなんて足音はしない。食いもの屋で埃をたててどうする。もっとも清潔な店なので、たつ埃もないのだが。


「ゆっくりでいいよ」もらったお茶をすする。


さらに外側、つまり店の奥の厨房では朝飯の仕込みがつづいている。これはおやじさんだな。

”じゅわー”と音がする。この匂いはベーコンだ。ベーコンは厚めもいいが、薄めを沢山口いっぱいに頬張るのも好きだ。

次に、ざくざくと何か切る音がする。珍しい、なにやら葉物野菜が手に入ったか。鮮度の問題があるので、中々市場には出回らない。

厨房の様子を伺っているだけでも退屈しない、むしろわくわくする。



さらに外側へ範囲を広げる。そこはもう店の外どころが、往来の様子までうかがえる。

八百屋や肉屋の配達のやり取り、見習い小僧に言っているのか叱責する声や、違う方向に意識を向けると御用聞きの声もする。ん?どこからかパンの匂いが……


「毎度お世話になってまーす」扉を開ける音とともに声が聞こえる。これは裏口か。

「おう、ごくろうさん」出入りの業者とやり取りを交わすおやじさん。するとパンの匂いが強くなる。……なるほど、これか。



「おまたせー」おかみさんが朝食セットをお盆に乗せてお出ましだ。

様々な香りでばっちりと覚醒済みだ。残っていたお茶をぐいっと飲み干す。

「待ってました!」俺は即座に返事をした。




まずは根野菜のスープを味わう。見た目以上にいろいろ入っているのだろう。当たり前のように味わっているが、よその町の食堂のスープを飲むと何か物足りないのだ。なんの変哲もない普通うまいのスープ、黙って味わう。

次に目がとまったのは、トマトと子供のころにいつも食卓に上がっていた菜っ葉が一盛り。名前はよく知らん。

手のひらにおさまるトマトを、がぶりと丸かじりすると実が詰まっており全く水っぽくなく濃厚だ。へたの所が僅かに青いだけで、食べ応えがある。一個目を完食。

即、菜っ葉に手を伸ばすが…咀嚼しながら思う…青臭い。


気分を変えてパンを手に取る。

香ばしい匂いがたまらない。スープの汁と具と交互に食べ、ベーコンが目に入りひょいと薄切りを一枚頬張る。

旨味もたまらんのだが…しょっぱい。汗かいた後ならいいのだろうが、朝の起き抜けにはしょっぱい。


……じーっとお盆の朝飯を見つめる。

パン・トマト・菜っ葉・ベーコン……

トストストス。もう一個のトマトを輪切りにする。


厨房の向こうからおやじさんが見つめている。


……

おもむろにパンを真横からスライスすると、順番に重ねてみる。

パン…菜っ葉…トマト・薄切りベーコンを数枚…そしてパンで挟む。


大きく口を開け……向こうで誰かが一緒に口を開いてるのが視界に入る。


”がぶり”


パンには俺の歯形がくっきりと刻まれた。

一心不乱に咀嚼する。

一番濃いベーコンの塩っけと旨味が初めに来た。それからトマトの濃い味、菜っ葉の青臭さも清涼感に変化した。

最後にそれらの味全てをパンが吸い付き、噛めば噛むほど旨味が増していく。


ごくりと飲み込むと、ぱあぁぁと笑顔がこぼれ、耳が垂れていくのがわかった……

が、近くにぽかーんと口を開けて俺の顔を見つめる顔が二つ。

思わず耳を真っ赤にしながら声を張り上げる。


「ななな、2人して何見てるんだ!」だらしない顔を見られた、絶対見られた!


「「うまそうな顔で食べるよな…」」

「「はっ」」夫婦で我に返ると、

「具材を切るわっ」おかみさん。

「ベーコンを焼いてくる」おやじさん。




その朝、宿泊客が全員こいつを頬張り咀嚼するのをみた通りすがりが、ふらふらと店の中に招き寄せられたとかどうとか。


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