第47話
「あー、うー、やっぱ、オレのデータベースと検索エンジンじゃ、穴、ありまくりだなー。ねー、マスター、ここにはフリーのデータベース――って言ったんじゃわかんないか。えーっと……あ、そうだ、図書館! ねえマスター、ここには図書館はあるッスか?」
「図書館? それは、あるにはあるが――」
「が?」
「あるにはあるが、我々平民風情が利用の許可をとるためにはえらく手間がかかるぞ。しかも、私は謹慎中の身だし」
「へ? ……あ!? ま、まさか、この世界じゃあ、本って貴重品なんスか!? 図書館って無料で誰でも使える施設じゃないんスか!?」
「当たり前だ。図書館を無料で使えるなんて、そんなことが出来るのはまさしく王族や高位の貴族の特権――ん? エリック、おまえがそんなにも驚いているということは、もしかしたら、おまえの世界では図書館というのは、無料で誰でも使える施設だったりするのか?」
「あー、んー、オレらの世界じゃ、マスターが言ってるような『図書館』、つまり、紙の本を集めた場所っていうのは、とっくの昔にもう時代遅れっつーかなんつーか――でも、マスターの世界はその時代遅れにすら達してないんスよね、まだ。はぁ、やれやれッスよ、ったく」
「勝手に期待されて、勝手に失望されても困るし、だいたい私にはどうしてやることも出来ないぞ、そんなこと」
「あああー、そりゃ正論ッスよね、ハイ」
「というか、おまえのいる世界では、本というのはもしかして、ひどくありふれたものなのか?」
「ああ、えーっと、紙の本の中には一周どころか二周三周しちゃってチョー貴重品になっちゃってるやつもあるんスけど、電子ブックとかは、データがあればそれこそ理論的には無限に複製可能ッスから――」
「おいおいちょっと待てエリック。そんな悪魔の世界の事情をベラベラまくしたてられたって、私にわかるもんか」
「あー、確かにそーッスね。ごめんちゃい」
「まあ、謝らなくてもいいんだが」
パーシヴァルは小さく苦笑した。
「しかし、悪魔の世界というのは、私などにはさっぱり訳がわからないが、どうもなかなかものすごいところのようだな」
「そーッスか? 俺そんなすごい話したッスかねえ?」
「『無限に複製可能』という言葉が既にとんでもないぞ、かなり」
「ああー、オタクの世界ではそういうことになるッスか。にゃるほどにゃるほど」
エリックは、彼としては比較的真面目な顔で、うんうんとうなずいた。
「しかし、『無限に複製が可能』って、そういう場合、売値とかはいったいどういうことになるんだ?」
と、真顔で首をひねるパーシヴァル。
「あー、あれッスよ、えーっと、チョイ待ち検索――あー、わかったわかった。薄利多売ッスよ、薄利多売。安値でガンガン数売って儲けを出すんス」
「しかし、無限にある物だったら別に買う必要はないんじゃないか? ん? というか、何かが『無限』にあったりしたら、その世界はえらいことになってしまうんじゃ……?」
「いや、あの、マスター、無限に複製が可能っていうのは理論上の話ッス。理論と現実は違うッス」
「悪魔の世界でもそうなのか?」
「ほへ?」
「悪魔の世界でも、理論と現実というのは違うものなのか?」
「あー、そういう意味ッスか。はいはいそーッスよ。オレらの世界でも、理論と現実っていうのは別物ッス。ま、もっとも、オレらの世界じゃその二つ、理論と現実の境界線が、どんどんガンガン曖昧になってきてるッスけどね。にゃはははは」
「なんだか物騒なことを聞いてしまったような気がするが、悪魔の世界のことでは私には本当にどうすることも出来ないしなあ」
「そーッスそーッス。オタクにゃ無理ッス」
「はっきり言うんだな」
「こんなところで曖昧なこと言ったって意味ねーっしょ」
「正論だ」
パーシヴァルはクスリと笑った。
「っていうか、マスターってほんと、好奇心が旺盛ッスねえ」
「いきなりあんなとんでもない話を聞かされたら、誰だって問いただしたくなると思うが?」
「でもマスター、オタクぶっちゃけ、オレらの世界に興味持ったり、心配したりしてる場合じゃないっしょ、いやマジで」
「ああ――それはもちろん、そうなのだが」
パーシヴァルは、フッとため息をついた。
「しかしなあ、どうも私は昔から、そういうことが気になってしまう性質でな」
「まあ、わかる気もするッスけど」
エリックはニヤリと笑った。
「オタクがそういう人だからこそ、オタクはオレを召喚したんでやんしょうし、オタクがそういう人だからこそ、あのお姫様のことをどうにかしてやりたいとか、そういうことを思っちゃったりもするんでやんしょうね、きっと」
「そういうものか?」
「そーいうもんなんじゃないスか?」
「さて、私にはよくわからん」
パーシヴァルは再び苦笑した。
「ところでエリック」
「なんスかマスター?」
「図書館が使えないとなると、おまえはいったいどうするつもりなんだ? おまえ、図書館で何か調べ物をしたかったんだろう?」
「へ? ……あー! そうだそうだ、オレら確かにそういう話してたんスっけね、もともとは」
「おいおい、しっかりしてくれ。図書館が使えないと、おまえはかなり困ったことになったりするのか?」
「あー、うー、えーっと、まあ、手がないわけじゃないんスけど――」
「けど?」
「あうう……出来れば課金はあんまりしたくなかったんスけど……」
「課金? 金がもっと必要なのか? それなら――」
「いや、あの、マスター、必要なのはオタクの世界の金じゃなくって、オレらの世界の金、つまりえーっと、悪魔の世界の金なんス」
「ああ……それじゃあ私は、なんの役にも立ってやれんな。私の魂だったらおまえの世界の金の代わりになったりするのかもしれんが、さすがに私にも魂は一つしかないからなあ……」
「あー、わかってるッスわかってるッス。自分でなんとかするッスよ」
「ありがとう。力になってやれなくてすまんな、エリック」
「マスター、オタクねえ」
エリックはクスンと苦笑した。
「オレみたいな悪魔に、そんなに優しくするもんじゃないッスよ、いやマジで」
「別にそれほど優しくもないだろう。だいたい、実質的になんの力にもなってはやれんのだし」
と、小さくため息をつくパーシヴァル。
「でも、それにしたってオタクみたいな人は珍しいし面白いッスよ」
「そうか? 自分ではさっぱりわからんが」
「そーなんスよ、マスター」
エリックは楽しげにケラケラと笑った。
「あー、こーなったらもうしょうがないッスね。課金課金、課金するッスよ。正直ちょっとピンチはピンチなんスけど、ま、なんとかなるっしょ、課金の一回や二回」
「おまえ、もしかして、悪魔の世界では金に困っていたりするのか?」
「あーもう、そういうこと聞かないで欲しいッス」
エリックは口をとがらせてプクーとむくれた。
「あ、すまん。おまえだって他人に自分の台所事情を云々されたくはないよな」
「へ? 台所事情?」
「いや、だからつまり、金の出入りだの金持ちだの貧乏だの、そういうことをあまりとやかく言われたくはないだろう、ということだ」
「あー、まあ、そりゃ、ねー」
「すまなかった。もう聞かないよ」
「――ったく」
エリックはクシャクシャと苦笑した。
「うちのマスターは、ほんとーに、真面目で律儀で優しくて、オレら悪魔なんかに憑りつかれちゃったら、早死にしてその後魂をメッチャクチャにされちゃいそうな人なんスから。あーもう、オタクがそういう人だから、オレ、マジ超心配ッスよ」
「おまえだって十二分に優しいじゃないか、エリック」
パーシヴァルはクスリと笑った。
「おまえは悪魔なのに、私のような人間のことを、そんなふうに親身に心配してくれるだなんて、これを優しいと言わずになんと言えばいいというのだ?」
「あー、だからオレ、悪魔の中では下っ端なのかもしれねーッスねえ、ったく」
口をとがらせて憎まれ口を叩きながらも、エリックの声には、どこかにひどく、弾んだ響きがあった。
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