悔恨街道

こまぞう

第1話

悔恨街道は、N盆地からI山地を越えてO市に至る最短距離の道として、奈良時代に設置された由緒ある街道です。古くは「今昔物語」や「日本霊異記」にもその名を見ることができます。昭和45年に現在のON自動車道が開通するまでは、O市に行くための唯一の幹線として使われてきました。しかし道幅が狭い難所が多く、特に山頂付近はつづら折りの少ない急勾配の道が続くために、事故が絶えない危険地帯として知られていました。

悔恨街道という名前の由来は、娘を遊女としてOに売らなければならかったN盆地の貧しい農民たちが、Oの町を振り返って悔恨の涙を流したからだと言われています。江戸時代には、売られた店から逃げ出した若い娘が、追っ手につかまりそうになり、悔恨街道の山頂付近から谷底に身を投げたという悲しい伝説が残っています。

現在はハイキングコースとして親しまれており、春には桜、秋には紅葉を、O平野とN盆地の全域を見渡す絶景とともに楽しむことができます。

--N県観光局ホームページより


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「ひどい渋滞だな」

 さっきから徐行しては止まる車の流れにうんざりして言った。

「この雨だから、事故があったのかも知れないわね」隣の席の妻が言った。

 夕立のように振りだした雨だったが、勢いが衰えずにもう二時間も続いていた。

 ON自動車道は、終点近くで他の高速道路と合流するのでただでさえ混雑するのだが、事故が起きると動かなくなってしまう。便利な道路だが、それが難点だった。

 道路情報にラジオの周波数を合わせると、案の定、ここから九キロ先の地点で事故が起きていることが分かった。車五台が巻き込まれた大きな事故のようだった。

「まずいな。なかなか動かないぞ」

「仕方ないわよ。待ちましょう」

「いやだよ」後ろの席の男の子が言った。「明日の宿題まだやってないんだから」

「そうよ。私だって、友達にFAXを送る約束したのに」もう一人。こちらは女の子が言った。

「無茶言ったらだめよ」妻が後ろに話かけている。「そんなの昨日のうちにやっとかないのが悪いのよ。今日は出かけるって前から決めてたのに」

「だって八時までには帰るって言ってたもん」

「そんなの事故だから仕方ないわよ」

「わかった。もうすぐ出口があるから降りよう」私は言った。「抜け道がある。そちらから行けば、八時半には帰れるはずだ」

「抜け道って、あなた」妻が不安そうな顔を向けた。「悔恨街道のこと?」

「そうだよ」

「こんな雨なのに、あの道は危ないわよ」

「大丈夫だよ。昔は普通に使われてたんだから」

「あそこは幽霊が出るのよ」娘がいくぶん期待混じりに言う。

「ええマジで?」息子が素頓狂な声を上げる。

「マジだよ。結構聞くよ。若い女の幽霊だって」

「げええ。いいね。行こう、行こう」息子が囃し立てた。


 弱々しいヘッドライトが灌木を映しだしていた。小さな虫が光の筋にたかっているのが見えた。

 雨は既に止んでいたが、ワイパーが首を振り続けていて、その乾いた音だけがやけに耳についた。

 身体がシートベルトで固定されていたから助かったのか。

 妻も子供たちも、気を失っているが、シートベルトで座席に括りつけられている。

 ここはどこだ。どうなったんだ。

 身体の自由が利かないことがまどろっこしいのだが、そこで初めて、エアバックが作動していたのに気付いた。

――大丈夫よ。力を抜いて、身体を前にしてごらんなさい。

 突然、耳元で声がしたので、驚いた。若い女性の声だった。

「誰だ?」

――それは後でいいから、まず車の外に出てきたらどう?

 女の声は言った。誰だか分からなかったが、助けに来た人なのだろう。私は、その声の言う通り、身体の力を抜いて、前に進み出た。

 すると、今まで身動きが取れなかったことが嘘のように、身体が軽くなって、自由に動くことができるようになった。

 私は、散歩でもするかのように簡単に車の外に出ることが出来た。不思議なことに、シートベルトを外したり、ドアを開けたりといった煩わしい動作をしないでも動けたような気がした。

――ずいぶん派手にやったわね。

 車は殆ど逆立ちするようにして、崖の斜面に止まっていた。車の前の部分は潰れて半分ほどに縮まっている。こんな大事故は初めてだった。

――ほら。あの上から落ちたのよ。

 女の声に促されて、見上げると、はるか上の方に、破れてひしゃげたガードレールの残骸が見て取れた。

「あの上から落ちたのか?」思わず言った。二十メートルはあるだろう。

 頭の中に、フラッシュバックのように記憶がよみがえった。高速道路から降りて、悔恨街道に入っていった。街灯もまばらな危険な道だった。十分に気を付けたつもりだったが、急勾配の道をおりる時にタイヤが滑ってコントロールを失った。滝のような雨に流されて、車はガードレールを突き破っていったのだ。

――あの雨の中を、悔恨街道を走ったら危ないわよ。でも、この窪みに偶然着地したのだから、運がよかったわね。二メートルずれてたら谷底に落ちて、車ごとバラバラになっていたわ。

 あの上から落ちて生きていたというのか。私は、自分のことはともかく、家族のことが心配になって、車に戻ろうとした。

――大丈夫よ。みんな気を失っているだけ。あなた以外は。

 暗いので車内の様子までは見えないが、人がいる気配だけはした。女の言う通りなら家族は中で気を失っているのだろう。見えるのは、運転席にすっわって、エアバックに顔を突っ込んだまま動かない男の姿だけだった。それが、私であることにようやく気付いた。

 初めて女を振り返った。思いのほか近くに立っていたその女は、透き通るように色が白く、非現実的なほど美しかった。

 女が立っている場所を見た。切り立った斜面で、不安定な足場なのに、女は何事もなく立っていた。

 私は自分の足元を見て、同じような斜面であることに気付いた。それなのに私は重力を感じることもなく立っている。

「おれは死んだのか?」

――そうよ。

「どういうことだ?」

――どういうことって、そういうことよ。この事故であなただけは死んだのよ。運命だから仕方ないわ。

 私は女の言うことが受け入れられずに、しばらく自分の手をみたり顔を触ったり、落ち着きなく周辺を見回していたが、やがて言った。

「それは困る」

――何、聞き分けのないこと言ってるのよ。一流企業に入って、いい奥さんと賢い二人の子供に恵まれて、幸せな人生だったでしょう。何を思い残すことあるのよ。

「当たり前だろう。まだ子供は中学生と小学生だ。おれがいないと駄目だ」

――大丈夫よ。奥さんは中学校の先生という正職があるし、ご両親もしっかりしている。確か今日は、奥さんの実家へ行った帰りだったわね。実家に資産もあるし、いざとなれば、学資ぐらいは出してくれるわ。それにあなたの企業年金もあるし、母子手当もある。そうそう。半年前に入った損害保険もあるじゃない。よかったわね。グッドタイミングだったわ。

「何がグッドタイミングだよ。子供には、父親が必要に決まっているだろう」

――そうかしら。

 女は意味ありげに美しい顔をかしげた。

――あなた自身は、父親が必要だったの?


 いったい、この女は何者なんだろう。そんな疑問とともに、自分の子供時代が蘇ってきた。

 砂ぼこりの匂いがする茶色い空き地で、いやに長いバットを不器用に振っている子供が私だった。

 父親がいる。

 バットに振り回されているような私のそばにいて、時折声をかけている。

 もっと腰に力を入れろ!脇を閉めろ!最後まで振り切れ!

 手にできたまめがつぶれた感覚がする。それでも、バットを振ることを止めない。父に褒められたかったからだろうか。

 野球は、父親が教えてくれた唯一のものかも知れない。小さい頃の私は、優しくて、面白くて、頼もしい父親が好きだった。


「あんな凄い打球を初めて見た」

 高学年の不良のような連中が心底驚いた様子で話すのを聞いたのは、小学校三年生の時だ。近所の草野球チームに助っ人として呼ばれた父が放った打球は、目にもとまらぬ鋭いライナーで外野の柵を越えていった。逆転ホームランだった。

 自信たっぷりに投げ込んだ速球を、ユニフォームも持っていない素人のような男が、いとも簡単に打ち返したのだから、相手チームは病院の待合室のように静まり返ってしまった。逆に、打ちあぐねていた相手投手を叩きのめした味方チームはお祭りのような騒ぎになった。

「あれ、お前の親父かよ」

 連中に尋ねられて、私はうなづいた。世の中を舐めきったような連中を驚かせたのが自分の父であることが誇らしかった。彼らは、地元リトルリーグのレギュラーメンバーで、練習帰りにたまたま立ち寄ってみていたのだった。

「すげえな。お前も野球やれよ。うちのチームのスラッガー候補だ」


 運動神経抜群で、スポーツならなんでもできた父だったから、草野球チームで活躍するぐらいなんでもなかったのかも知れない。父が野球チームに参加したのは、ほんの数回だったはずだが、その時の活躍が私の心の中にいつまでも残った。私も父のようになりたかった。小学校四年の時に、地元のリトルリーグのチームに入部した。身体の小さい私だったが、それまでの練習の効果があったのか、高学年に交じって試合に出してもらえることがあった。

 小学校五年生の頃からレギュラーとして使われるようになった。ポジションはショートストップ。ゴロをさばく能力はチームで一番だと言われていた。

 ヒットを打つことにも自信があった。地元の大会で優勝を決める試合に逆転二塁打を打ったのは、私だった。二里ベースの上から、観客席に向かってこぶしを突き出したのを今でも覚えている。

 しかし観客席に父はいなかった。忙しい仕事の合間を縫って、いつも応援に来てくれたのは、母の方だった。


 今思うと、父は最低の男だった。

 調子がよく、大ぼら吹きで、努力など全くせずに、一攫千金ばかり夢見ていた。暇な時はずっと家にいて、母の稼いだ金を持ち出してはパチンコばかりしている。たまにお菓子の袋を抱えて帰る時もあるが、たいていは酒臭い息をしながら辛気臭い表情で夜中に戻ってきた。

 一家を支えていたのは母だった。母は清掃の仕事をして、生活費と教育費と野球にかける費用を捻出してくれていた。

 小学校三年の時、あの草野球での活躍を見た頃、母は私を連れて、家を出て行こうとした。父が余所で女を作ったのだという。

 父は収入があると家に寄り付かず、どこの誰とも知れない女に派手に金を使っていたようだった。その時は、女に家まで借りて住まわせていた。それを母が知ったのだった。

 珍しく家に帰った父と口論していた母は、夜中のうちに身の回りのものを鞄に詰めてから私を起こした。まだ暗い冬の早朝だった。始発に近い電車に乗って、母の郷里に向かっていった。

 冬休みでもないのにお祖母ちゃんの家に行けると浮かれていた私だったが、母の沈んだ表情に朝の光が射す頃になると、状況を理解するようになってきた。母は腫れた方の頬を窓の方に向けて、じっと黙っていた。

 私たちの隣に座った知らない男が、馴れ馴れしく話しかけてきたので、私はにわかに不機嫌になった。母が、気のない愛想笑いを返していた。

 N県を出て電車を乗り換える駅のホームで私は泣き出した。

 母も緊張が切れたように鞄をホームに置いて、ベンチに座った。

「父ちゃんと会いたい」私は泣いて言った。

 途方に暮れたような母は、それでも「おばあちゃんにもうすぐ会えるよ」と言った。

「いやだ、父ちゃんに会いたい」

「父ちゃんは、家にいないでしょ」

「嘘だ。父ちゃんは昨日家に帰ってきた。会いたい。今から会いたい」

「いい加減にしなさい。お父ちゃんにはもう会えないの!」

 母の激しい剣幕に、泣きわめくふりをしていた私はたじろいだ。後ろから陽を浴びた母の姿は、今まで見たことのない他人のようで、子どもの私に恐怖心さえ感じさせるものだった。

 本当に帰りたい。ここから逃げたい。そう思った。すると、本当に涙があふれてきた。

 私は今度こそ泣き出して、止まらなくなってしまった。

 どれぐらいその場にいたのか分からない。ずいぶん長い時間だったような気もするし、ほんの一瞬だったような気もする。

 その間に、母の人生は決まってしまったのだ。

 泣きわめく私をじっと見ていた母は、やがて私を抱き寄せて力をこめた。

「分かったよ。ごめんね。母ちゃんが悪かった。父ちゃんに会いに帰ろうね」

 それでも私はなかなか泣き止まなかった。帰りの電車でも私たちは何も言わなかった。昼過ぎに家に戻ると、寝転んでテレビを見ていた父が、起き出して嬉しそうに笑いかけた。

「優作、帰ってきたのか。そうか、そうか。後で野球を教えてやるからな」

 父は、こすり付けるように私の頭を何度も撫でた。初めて私は安堵して、母の顔を見た。

 その時の母の顔を忘れない。

 それからも父の素行が治ることはなかったが、母はもう出て行こうとはしなかった。

 母は自分一人で仕事して、家事をして、私の世話をして、野球の応援に駆け付け、働かない父の面倒まで見ていた。

 母はあの時、何かをあきらめたのだと思う。

 あれ以来、母の愚痴を聞いたことがない。不公平な人生を受け入れた人の強さが母にはあった。


 小さい頃は野球を教えてくれた父だったが、私がリトルリーグで活躍する頃には、興味を失って構わなくなってしまった。

 何度か事業に失敗した父は、誰からも相手にされなくなった。後で知ったことだが、草野球のメンバーからも借金をして、踏み倒すようなことをしていたらしい。近所の居酒屋にも出入りできなくなった父は家で酒ばかり飲むようになっていた。

 野球の試合に母が応援に来ない時は、父が家でくだを巻いている時だった。悪酔いした父は、子供の野球と亭主とどっちが大事なんだと言って、母を外に出さなかったのだ。

 その頻度が多くなると、私も父の性根が分かるようになる。人の気持ちに敏感な父は、その態度が気に入らなかったらしい。何かと理由をつけて私を殴るようになった。その時だけは、母は強い剣幕で父に対抗して、私を守ろうとした。

 しかし毎日野球で鍛えている私は、中学生になる頃には、父の暴力を脅威だとは思わなくなっていた。避けることもできたし、殴られたままでいても一向にかまわなかった。やがて暴力も振るえなくなった父は、急速に老け込んでいった。


「母ちゃん、おれ、N高の推薦が受けられるかも知れない」

「本当?よかったじゃない」

「でも、私立だよ」

「それぐらい大丈夫だよ。何とかなるから」

 N高は、野球の強豪校だった。甲子園に行くなら、N高レベルには行っておかなければならない。その日、中学の練習試合にN高野球部の監督がやってきて、私の名前を挙げて言ったそうなのだ。

 ただ問題は授業料だった。ただでさえ貧しいうちなのに、私立高校の授業料を払っていけるのだろうか。

テレビのついた居間では、貧弱な肴をあてに紙パックの酒を飲んでいる父の丸い背中が見えた。きっと朝からそのままでいるのだろうと思うと情けない気持ちになった。

「父ちゃんもさ、酒ばっかり飲むのを控えてよな。うちも苦しいんだからさ」

 父にそんな口を聞くのは初めてだった。つい口走ってしまったのだ。

 父は驚いたような情けないような顔をして私を振り向いた。まるで覇気や威厳の感じられないそんな顔を見ていると、自分がみじめになるようで思わず顔を背けた。

 その瞬間、横っ面を張られた。驚いて見ると、母が鬼のような形相で見ていた。

「あんた。いつの間に、そんな偉そうな口を聞くようになったんだい。ただの穀潰しのくせに。野球なんかやめて、今すぐ働きにいきな」

 あっけにとられて母を見ていたが、すぐに我に返った。

「母ちゃん、ごめん。いい気になってしまった。悪かった」

「謝るなら父ちゃんにだろ」

 私は父に向かって頭を下げた。

「父ちゃん。偉そうに言ってごめんな。許してくれ」

 父は、横を向いて背中を丸めたまま寂しそうに小さくうなづいた。


 私は中学校の先生に、N高の推薦を辞退したいと告げた。先生は口をへの字に結んで難しい顔をしていたが、家庭の事情を知っているものだから、仕方ないな、と言って分かってくれた。

 それから一月ほどして、呼び出されて校長室に行くと、N高野球部の監督がいた。私は驚いて直立不動のまま挨拶をした。

「まあまあ。そんなに固くならなくていいよ」監督は、テレビで観るのとは違った柔和な表情で、座るように促した。私が座ると、監督はじっと顔を見ながら、言った。

「家庭の事情は聞いたよ。それは置いといて、うちで野球をやりたいかどうかを聞きたい」

 私は言いたくても黙っていた。

 監督は私の目を覗き込んでいたが、何度か小さくうなづいてから言った。

「N高には特別推薦奨学金制度というのがある。これを受ければ、授業料は全てまかなえる。ただし、大人になってからローンで返していかなければならないがね。君さえよければ、この制度を推薦したい」

「本当ですか」

「本当だとも」

 私の表情を見て、監督も満面の笑みを返してくれた。

「来年、すごいピッチャーが入るんだ。きっと甲子園に行ける。バックで盛り立ててくれ。うちで一緒に野球をやろうじゃないか」

 私は、そのことをすぐに母に伝えて、N高の入学を決めた。


 監督の笑顔を見たのは、それが最後だった。N高のグラウンドで見る監督は、笑い方を忘れた鬼軍曹のようだった。

 ショートの守備には自信のあった私だったが、監督のノックを受けて、まともに動けるのは、最初の十分ほどだった。後はボテボテのゴロにも身体が反応できなくなった。

 先輩たちを見た時に、ゴロをさばくセンスは私の方が上だと思いあがっていた自分を恥じなければならなかった。彼らは、監督のノックに一時間でも二時間でも食らいつく体力と執念を持っていた。そんな先輩たちにも監督の容赦ない怒号が飛んだ。私など最初の一年間は完全に無視されていた。 

 しかし監督の言う「すごいピッチャー」は、私の想像を超えていた。一年生の時から一九〇センチを超える大柄で、全身バネのような筋肉と、頑強な耐久力を備えていた。そしてそのしなるような右腕から投げる球は、見たことのないような回転でホップするので、キャッチボールでも捕球するのに苦労するほどだった。

 その男、伊坂優一は、地元では誰もが知っている有力国会議員の御曹司だということだったが、彼が一年生の時から試合で重用されたのが、親の力を背景にしたものではないことは、誰の目にも疑いがなかった。

 本来ならば一年の時からエース格として扱われてもよかったはずだ。だが、良家の子息らしいむら気のある伊坂は、練習に気持ちが入ってなかったり、あるいは練習そのものをさぼったりすることがあるので、控え投手の一人としてしか扱われなかった。

 伊坂以外の一年生はよく練習した。全体練習で動けない程へばってからが、私たちの時間だった。先輩たちが帰った後の照明の消えたグラウンドに居残って、バッティングや捕球の練習を繰り返すことで、体力の限界時にどう身体を動かせばいいのかを覚えることができた。これが先輩たちの辿ってきたN高野球部の伝統なのだった。

 そんな私たちの汗にまみれた泥臭い努力の場にも伊坂の姿はなかった。私は、伊坂の才能は認めたが、野球に取り組む姿勢は軽蔑した。ありあまる才能をなぜ腐らせてしまうのだろうとしばしば憤った。

「ばか言うなよ。伊坂がダメになれば、おれたち全員がダメになるんだぞ」

 そう言ったのは、キャッチャーの村島健三だった。村島は、面倒見がよく人望があり自然に私たちのリーダーとなった男だった。彼は、いつも私たちの不満から伊坂を庇おうとした。そうでなければ、伊坂は居場所を失って、一年生のうちに野球部を辞めていたかも知れない。もしそうなっていたら、私たちの甲子園出場も叶わなかっただろう。

 二年生になって私はショートのレギュラーに抜擢された。同級生の中で、私だけだった。

 だが、そのことが私に思わぬ試練を与えることになる。

 ポジションを奪われた先輩の怒りは凄まじく、私は三年生からの露骨な嫌がらせやいじめを受けることになってしまった。

 もちろん競争に先輩も後輩もない。私は対抗心を燃やしこそすれ、先輩たちのプレッシャーに屈することはなかったのだが、それでも野球以外のことで気に病まなければならないのは辛かった。

 そしてそのことが、私に伊坂の気持ちを理解させた。伊坂は練習をさぼっているのではなく、先輩の手前、わざと控えていたのだった。伊坂はその体躯に似合わず気の優しい男だった。彼は、自分が三年生になるまでエースナンバーをつけることを遠慮していたのだ。彼が家に帰ってから私たちと同じような練習に取り組んでいることを知ったのは、ずっと後だった。


 私がN高で野球に明け暮れている頃、父は最後のひと山を当てようと、俄かに元気を取り戻していた。昔の仲間が持ち込んだ廃棄物処理事業の計画にのめり込んでいったのだ。

 父は方々から資金を集めて、その事業につぎ込んでいた。母が細々とため込んだ貯金はもとより、母の実家や親類からも借り入れていた。

 親戚の中には怪しげな話だと疑う者もいたが、父は意に介さなかった。以前の肩で風を切る父が戻ってきていた。

 私は、野球のことで頭がいっぱいで、家の様子を省みる余裕がなかった。単純に、自信に満ち溢れた父の姿を頼もしく思っていたぐらいだった。

 今、思えば、結末は最初から知れていたようなものだった。

 父は、仲間に騙されて、大きな借金を背負った。その処置に困り、突如、失踪した。すべての借金を踏み倒して、消えてしまったのだった。


 母が倒れたのは、父がいなくなってから半年ほど経ってからのことだった。

 清掃の仕事から戻ると、不義理をした親戚や借金を踏み倒されて怒り狂うやくざまがいの男たちの対応を夜中までしなければならない母だったから、その心労がたたったのだろう。病院でゆっくりすればいいと思っていた。

 母の病状は思ったよりも深刻だったのか、退院の許可がなかなか下りなかった。

「病気なんて気の持ち様なんだから、早いとこ帰してほしいよね」

 体調が悪いぐらいでは仕事を休んだことのない母は、自分の身体よりも、家計のことを気にしていた。借金のことで追い詰められているように見えた母の気分がかなり前向きになったことに、私は喜んでいた。

「まあそう言わないで、ゆっくりしなよ。おれ一人ぐらいなら何とかなるから」

「そうはいかないよ。借金も返さなくちゃならないしね」

「親父の借金なんて返す義理はないだろ。ほっとけよ」

「なんてこと言うんだい。借りたものは返さなきゃダメなんだよ」

「あのバカ親父…」

 母には言っていなかったが、私の窮状を見かねて、野球部の監督が間に入って、話をまとめてくれたのだ。当面の利子は停止して、元金は、将来私が働いて返すという条件を債権者たちが飲んだのは、明らかに、地元の名士である監督の顔を立ててのことだった。それだけに迷惑ばかりかける情けない父の存在が疎ましかった。

「優作は、お父さん子だったのにね」母は昔を懐かしむような弱い調子で言った。

「今はいい迷惑だよ」私は吐き捨てるように言ったが、今になってあの冬の日のことを思い出さずにはいられなかった。

 母は、父と別れる決心をして家を出た。我慢強い母が、そう決意するのは余程のことだっただろう。

 それを泣いて止めたのは私だった。母の決意を私が翻意させたのだ。

 あの時、私が泣かずに黙って祖母の家に着いていったとしたらどうなっていただろうか。幼い私は、案外、祖母の家での新しい生活に馴染んでいたかも知れない。私はその家から学校へ行き、野球をして、今頃同じように甲子園を目指して練習に明け暮れていただろう。だとすれば、母にも全く違う生活があったはずだ。祖母の畑を手伝いながら、近くの工場かなにかに務めに出て、夜はその日収穫した野菜を食べていたかも知れない。自然豊かで彩にあふれた祖母の家の生活が、夢のように想起されて、いたたまれなくなった。

 母はそんな私の気持ちには気づかずに、しみじみと言った。

「甲子園に出られるといいね。優作、頑張ったんだからね」

「そうだな。甲子園に出たら、応援に来てくれよ」

「仕事が休めたら行くよ」

「何言ってるんだよ。休ませてもらえよ」

「でも借金もあるしね」


 三年生が秋に引退し、私たちの時代がやってきていた。私は昨年から引き続き背番号6をつけた。村島は背番号2でキャプテン。そして伊坂はエースナンバー1をつけた。

 誰に遠慮することもなくなった伊坂が、本来の力を発揮するようになると、まともに打てる者はそういなかった。まさかこれほどの実力があるとは、私たちも監督でさえも予想していなかったに違いない。N高は、秋の地区大会で優勝し、そのすべての試合で伊坂が完投勝利をあげた。

 それにしても伊坂のタフネスぶりは相当なものだった。公式戦だけでなく、強豪校から申し込まれる練習試合の全てに伊坂が駆り出されたが、難なく投げ切って、相手を驚愕させた。全国に名の知れた強豪校が、伊坂のストレートにきりきり舞いさせられるのを見ることは胸のすくような快感だった。ただあの時の登板過多が伊坂の選手生命を縮めてしまったと監督は後々まで後悔することになるとは、その頃は知る由もなかった。


 年が明けて、N高に選抜甲子園大会出場決定の連絡が来た頃、母が末期癌であることを知らされた。医者の見立ては、よくもって三か月というものだった。

 家に戻った母は、汚れた家の大掃除をすると、働きに行くと言い出した。借金を返さなければならないという一心だったので、監督に取りまとめてもらった約束のことを話さなければならなかった。事情を聞いた母は、気が抜けたようになってしばらく寝込んでしまった。

 髪が抜け落ちて、皮膚がかさかさに乾いた母の姿は、病院で見るよりも深刻に思えた。だが私には、母に起こりつつある事態に実感が持てなかった。いや、実際は、向き合うのが怖くて、考えないようにしていた。甲子園出場を控えた私たちは、練習に明け暮れていた。くたくたに疲れると、どんな深刻なことも忘れることができた。

 だが、母の容態は、やり過ごすことができない程になっていった。二月の終わり、再び入院しなければならない事態になると、私は抱えたものの重さに打ちのめされて、何も出来なくなってしまった。その日、初めて野球部の練習をサボった。

 病院前の公園のベンチに座っている私の前に影をさす人がいた。それは監督だった。私は二日連続で、練習を休んでいたのだ。

「どうした。疲れたか」

「いえ。すみません。サボってしまって」

「隣いいか」監督は、ベンチの隣に腰を下ろした。

「気にするな。たかが野球だ。お袋さんに着いていてやれ」

「もう長くないんです。どんな顔をして会えばいいのか」

「そのままでいいじゃないか。変に繕っても仕方ないだろう。でもお袋さんは全部ご存じだぞ」

 私は思わず監督を見た。監督はうなづいた。

「今、お見舞いさせていただいた。全部ご存じだ。自分の病状も、お前の今の気持ちも、抱えた悩みも」

 私は言葉を失って、監督の顔を見たまま動けなかった。

「子供の頃からの夢を叶えさせてあげてください。そう何度も頼まれたよ」

 監督はそう言って薄く笑った。私の知る限り、二度目に見る笑顔だった。

「お前の二年間の練習は、一週間や二週間休んだところで錆びるものじゃない。できるだけご一緒してあげなさい」

 監督はそう言うと立ち上がって、歩き去った。

 私はその瞬間、自分が何をすべきかを悟った。

「今から戻ります」

「何だって」監督が振り返った。

「今から練習に戻ります。すみませんでした」

 私は、すぐに病室に行き、母にことわると、練習に戻るために走っていった。母は、黙ってうなづいていた。


――それであなたは念願の甲子園出場を果たしたわけね。

 女が私の思念を読むように口を挟んだ。私は、夜の山の中に引き戻された。

――一回戦は、伊坂投手の完封勝利。あなたも貴重なタイムリーヒットを打った。でも二回戦は、逆に完封負け。伊坂投手も打たれなかったのに、キャッチャーの悪送球で失点して負けたのね。

「そうだ。村島は散々泣いたが、責めるやつなんて誰もいなかった。やつがどれだけ練習してきたか知らないはずがなかったからな。また夏も出ようってみんな前向きだった」

――でも甲子園出場はその一回だけだった。

「そうだった。伊坂の肩はあの頃からよくなかったんだ。ずいぶん無理をしていたからな。でも、あいつのおかげで甲子園に出られたのだから、感謝しているよ。むしろプロ野球で活躍する機会を奪ってしまって、伊坂に申し訳ないと思う」

――あなたは、お母さんの臨終に立ち会うことができなかったわ。

 そう。母は、一回戦をテレビで観ている途中に容態が悪化して、そのまま亡くなってしまった。試合を終えた私が駆け付けた時はもう顔に白い布が置かれていたのだ。

――それが心残り?

「いいや。それは母も望んだことだった。間違ったとは思っていない」

――じゃあ、あなたの人生に悔いはないわね。

「なんだよ。ここは、悔いを告白する場なのか?悔いがあったとしてどうなるんだ」

――ここは悔恨街道よ。死ぬ前に心残りがあれば、それを解消させてあげるわ。

「おい、本当かよ」

 私は、美しい女の顔をまじまじと見たが、その表情は揺るがなかった。

「悔いは、あるよ」

 私は女の顔を見ながら言った。

 それは…


 私は、病院前の公園にいた。桜の咲き始めた春のうららかな昼間だった。

 どうしたのだろう?なぜ私がここにいるのだ?

 突然の光に目をしばたたかせていたが、周りが見えるようになると、その意味を悟った。

 私は、急いで病院に入っていった。もう二十年以上前のことなのに、病室までの道順を忘れていなかった。

 病院の階段を駆け上がる体力は残っていなかったので、病室に入る前に息を整えなければならなかった。

 深呼吸を何度もしてから、病室に入っていった。六人部屋の一番奥。テレビの音がする。

 私は、カーテンの仕切りを開けて中を覗いた。

 母がいた。

 母は、寝床からテレビで高校野球を観ていた。

 突然、入ってきた私の方にゆっくりと目を向けると小さな目を瞬かせた。

「どちら様?」

 母が掠れた声で言った。

 私は二十数年ぶりに母を見た。もともと小さな顔に黒ずんだ皮膚が縮んだように張り付いている。元気だった頃の凛とした気配はないが、目や鼻のあたりに記憶の中の母の面影があった。その小さな体に派手なピンクのパジャマを着ているのが可愛らしく、痛々しかった。

「母さん、優作です」

「優作は、この後の試合に出るはずですよ」

「そうでしたね。でも、何て言えばいいんだろう。ぼくは優作です。今から二十五年経って、四十二歳になりました」

 言ってしまってから、後悔した。四十歳を過ぎた私の姿を見て分かるはずがない。これでは不審者ではないか。しかし母は驚きもせずに、目を細めて私の顔を見た。

「本当に、優作かい」

「本当です」

「そうかい。不思議なこともあるもんだね」母は、眩しそうに私を見ていた。

「でも本当だったら、嬉しいよ。優作がこんな立派な大人になってくれたんだね」

「信じてくれますか」

 母は嬉しそうにうなづいた。

「信じるよ。あんたは、優作だ。母ちゃんは分かるよ」

「母ちゃん」という言葉を聞くと、涙が溢れてきて、止めることが出来なかった。

「なんだよ、いい大人が泣いたりしたら恥ずかしいじゃないか」

 私は母の手をとった。枯れ枝のような脆い手だった。

「母ちゃん、おれ、母ちゃんに謝りに来たんだ」

「どうしてだい」

「母ちゃん、おれたちのために苦労ばかり掛けて悪かったな。親父とおれが迷惑ばかりかけて、母ちゃんは好きなこと何もできなかったな。悪かったな。ありがとうな」

「ばかだね、この子は、そんなことを言いにわざわざ来たのかい」母はもう一方の手で私の頬を撫でた。「せっかく来たんだからもっといろいろ話すことがあるだろう。今のお前のことを聞かせておくれよ」

「今のおれ?」私は顔を上げた。「そうだったな。今は何も心配ないよ。おれ勉強はできなかったけど、高校を出ると小さな工務店に就職したんだ。その工務店が大きな会社に買収されて、今、おれその大きな会社の部長をやってるんだよ」

「大きな会社の部長さんかい?頑張ったんだね」

「うん。頑張った。結婚して今は子供もいる。奥さんはおれにはもったいない美人で賢い人だ。子供は女の子と男の子で、学校の成績もいいんだ。O市で一軒家に住んでる。車もある。幸せな家庭だよ」

「そうかい。子供もいるのかい。幸せにしてるんだね」

「そうだよ。全部、母ちゃんのおかげだ。母ちゃんがおれのために犠牲になってくれたから、おれが幸せになれたんだ」

「ばかだね」母はもう一度言った。「母ちゃんは犠牲になんかなっていないさ。十分幸せな人生だったよ」

「だって、あの時だって」私は言った。「おれが泣き出さなかったら、母ちゃん、親父と別れていただろ。そうしたらもう少しましな人生だったかも知れないじゃないか。おれのせいで母ちゃんの人生を狂わせてしまったんだ。おれ、そのことがずっと心残りだったんだ」

「あの時って、おまえがまだ小学生の頃の冬のことを言ってるのかい」母は微笑んだ。「本当にばかだね。お前が泣かなくても、母ちゃんは帰っていたさ。ちょっと焼き餅を焼いただけなんだから。お前はきっかけをくれたんだよ」

「だって、お祖母ちゃんの家に帰った方が幸せになれただろう?」

「そんなこと考えたこともないよ」

「だって、親父はでたらめばかりしていたじゃないか」

「あんな父ちゃんでも、母ちゃんを必要としてくれたからね。父ちゃんとお前で、苦労もさせられたけど、母ちゃんは毎日に張り合いがあって楽しかったよ」

「母ちゃん、本当かい」私は、泣きながらも母の顔を見上げた。

「本当に決まってるじゃないか」母は言った。「父ちゃんはどうしてる?まだ元気にしてるかい?それとももうあの世にいったのかい?」

 私は考えを巡らせた。「うん。まだ元気にしてる」嘘をついた。

「そうかい。それは良かった。父ちゃんを大事にしてやってよ。気が小さいけど、かわいいところもいっぱいある人なんだから」

 私は涙が溢れて母の顔を見ていられなかった。

「分かったよ」と言うのがやっとだった。





――どうかしら。気が済んだ?

 耳元に聞こえる女の声で、夜の山中に引き戻された。

「今のは、何だったんだ?現実なのか?」

――信じても、信じなくても結構よ。

 私は首を振った。

「いや。信じるよ。あれは本当に母ちゃんだった。死ぬ間際に会えたんだな」

――じゃあ、もう心残りはないわね。

 私は、車の方を振り返り、中で眠っている妻と子供たちの姿を想像した。

「ああ。心残りはないよ。幸せな人生だった。十分にね」

――そう。なら、これ以上、私もすることはないわ。

 女の顔をもう一度見た。心なしか、微笑んでいるように見えた。

「ありがとう」私が言うと、女の姿が光に包まれながら、ゆっくりと消えていこうとした。

「あ、待ってくれ」慌てて言った。「親父は、父は、まだ生きているのか?」

――お父さん?

 女は光に包まれながら。目に見えない書類のようなものを手元で繰る仕草をした。

――ああ。生きてるわよ。O市の高齢者の養護施設にいるわ。

 O市の養護施設なのか。案外、近いところにいながら、気付いてなかったのだと今になって知った。私も探す気がなかったのだが、父も名乗り出ることはなかったのだろう。

 だけどもう後の祭りだった。私の生が尽きようとしていることをはっきりと悟った。女を包み込むように見えた光が、実は私を包み込んでいることをその時に知った。

 私の存在が消えようとするその最後の時に、私は感謝した。母に、父に、家族に、仲間たちに。私がこれまで生きてきた人生に。目の前の女に。

――あら、やだ。

 女が幽霊らしからぬ甲高い声で叫ぶのを最後に聞いた。

――間違ったわ。寿命が尽きたのは、あなたじゃなかった。たいへん…


 網膜を突き刺すような強烈な光に私は顔をしかめた。それは長い間、忘れていた痛みの感覚だった。

「あなた」

「お父さん」

 妻と子供たちが、私を覗き込んでいた。私はベッドに寝ているようだった。

「なんだ。おまえたち、無事だったのか」

「何が『なんだ』よ」娘が涙をあふれさせながら、必要以上に私を咎めた。「お父さん、一週間も意識がなかったのよ。それはこっちの台詞なんだから」

 一週間だと?私は一瞬のように思えた時間の感覚に戸惑った。やはり、女の言うように死んでもおかしくはない大事故だったのだ。後から聞くと、あの日、私たちの他にも悔恨街道で自動車事故を起こして亡くなった人がいるのだという。

「おれが死ぬわけないだろう。お前たちが噛り付くすねがなくなったら困るだろうからな」

 そうだ。必要とされているうちは死なない。それが幸せな人生なのだ。

 いつもの私の冗談に家族もひとまず安心したようだった。妻も笑いながら涙を拭いていた。

 子供たちが病室を出てから、私は妻を呼んだ。

「寝ている間に夢を見たんだ」

「夢ですか」

「うん。親父がO市にいる夢だ」

「お義父さんが?」

「夢の話で悪いが、親父を探したい。構わないか?」

「もちろんですよ」

 妻は、新婚の頃から変わらない笑顔で私に応えた。 

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