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羽月泰陽
プロローグ
「ふひひ、ざまぁみろバカ共め」
ワンルーム程の広さの薄暗い一室に奇壁な少女の笑い声が響いている。
身体のあちこちに傷跡があり地面につくほど長く伸びた黒髪はボサボサに跳ねたり切り揃えてなかったり、焼けたような痕跡すらある。
服も至る所ほつれたりズタズタに引き裂かれ、常識で考えればこんな少女は普通じゃないと誰もが思うだろう。
そんなことお構いなしの少女は独り言を呟きながらとてもいい笑顔をしている。
「まさか私がこんなところにいるとは思うまい。今頃検討違いな場所でも血眼で探し回ってるかな」
イヒヒ、と失笑。
デコボコで岩がむき出しになっていたり木材が刺さったりしてる、いかにもコンクリートを流し込んだだけという風なコンクリ製の地面と、それに負けず劣らずのボロ布や木くずで造られた陳腐な壁。電灯は天井から吊るされている発光体のみ。生活必需品と呼べるような物も存在してなく、食糧すら見当たらない。
代わりに石でできたボードのような物と黒インクが出るペン、そして何かわからない、鼻に刺すような臭いがする細長い、壁に使っている布とは別素材の小奇麗な布に包まれた明らかに異質な何かが置いてある。
「これがこういうことを担うから、でもこれだと……」
ボードには文字と呼べるかも怪しい文字が上に下に不規則に並んでおり、今もボードに意識を集中して何かを綴っている。
「うん、コイツは……ダメだな。候補から外そっと」
文字列の一節がインクで塗りつぶされ飽和した量が石を伝わって滴り落ちてく。
よく見ると他にもボードに塗りつぶされた跡があり、もっと言えばボードによく似た石も多数、壁際に寄せられてあった。
それらの類似点として、ボードは文字なしの真っ黒、あるいは一語だけが残っていた。
「おっ、コイツよさげじゃん。これでいこっかな。あぁ、でもなぁ……」
頭を抱えながら走り書きしていきすぐに消してはまた走り書く。意図は誰にもわからないだろうが、相当吟味していることは誰にでも伝わるだろう。
「うーん。ねぇどうだと思う? ……て誰も聞いてないか。前は話聞いてもらえたのになー」
「聞いてるぞ」
「おっ! そっかそっか聞いてる、か――っ!?」
少女の後方から全く予想だにしていなかった返答が返ってきた。返答の言葉に反応したわけではなく、反応があったことに驚いた。
勢いよく振り向いた先には高身の全身黒鎧に身を包んだ三十代後半ぐらいの渋面の男が立っていた。鎧の上からでもわかる鍛え上げられた筋肉に身の丈程はある大剣がかなりの威圧感を醸し出している。
「ここにいたのか、捜したぞ。全く、手間をかけさせおって」
「可愛い子は世話焼いてこそじゃん。でもできればもう少し見つけて欲しくはなかったかなー」
場の雰囲気に耐えられずひきつった笑いで緊張感を少しでも和らげようとするが和らぐ気配はない。
「つまらん口八丁には乗らん。黙って従え」
男が冷淡な声で少女を睨みつけた。身震いを起こす。背中に寒気を帯びる。
「投降しろ。命の保証はせんが」
「殺されろって?」
「そうは言っておらん。同等の苦しみは味わってもらうがな」
言い終えると同時に少女が動いた。
「やなこった!!」
瞬時に握っていたペンを男の眼球めがけて投げつける。
「くだらんことをするな」
不意を突かれたにも関わらず男は冷静に飛んできたペンを掴み少女に投げ返そうとする、が、手元を離れた刹那、男の視界を何かが遮った。
「うっ!?」
インクだ。投げつける際、少女はあらかじめインク蓋に軽い細工を施していた。男がペンを取ったときは何も起こらないが、ペン先を下にして投げないとインクが飛び散るようこじゃれた仕掛けになっている、言ってしまえばしょうもないものだった。
「こしゃくな、逃げる気か! 皆の衆!」
男の合図と共にどこからともなく男の部下と思わしき槍を持った甲冑姿の者たちが男の後ろから、壁を破って前から左右からゾロゾロと現れる。男ほどじゃないにしても、充分強そうだ。
「(逃げる時間も力もない。まだ不十分だけど、もう一か八かやるしかない――っ!)」
少女は異質な何かがおいてあるコンクリートの床付近に突き刺さっている木の破片に手を伸ばし、地面から引っこ抜いた。
「おとなしくしろ! 貴様を捕縛する!」
私が甲冑集団によって地面に組み伏せられた直後、大きな揺れと共に、コンクリートに亀裂が入る。地割れが起こった。一時的に振動で甲冑達も体感が揺れるが、拘束が解けるまでではなかった。
「手間かけさせるな。今一体何をしようとしていた」
「さぁ? 自分で考えなよ」
「貴様……」
(あとは頼んだよ)
そうして少女は捕縛された。現場にあった文字は結局解読されず、少女の乱心から生まれたものと判断された為、現場検証は早急に打ち切られた。
が、このとき異質な何かが発見されなかったことは、今のところ知る由はない。
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