人工少女
さとよだ
第1話 軋む体
ある夏の日。木々の新緑が蒼天に映え、うだるような暑さを孕む頃。教室の隅でいつものように、聞き取りづらい教諭の声を彼女は上の空で聞いていた。もうすぐ夏休み。一部の者は浮き足立ったように旅行の予定などを計画しているようだ。しかし、多くの者はこれから始まる受験に向けて、さらなる学習に取り組んでいこうと意気込んでいるだろう。高校3年の夏。思い返せばあっという間の3年間だった。あれだけ苦労して入ったこの高校も、もうすぐで卒業なのだから。あまり実感が湧かないと、彼女は窓の外を見やった。空は心地よいくらい蒼く、白い入道雲がゆっくりと進んでいく。時が今、止まればいいのに。ふと、いつの間にか思っていた。そして、今この瞬間のとても心地よいひとときに、彼女は身を委ねていた。
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「めーぐちゃん! 今日あそこ、寄ってかない?」
めぐちゃんと呼ばれた彼女は声のした方を見る。おどけた笑顔で話しかけてきたのは、肩までかかり程よくカールした茶色の髪を持つ、いかにも今時の女子高生らしい女の子だった。
「…ごめん、今日はちょっと用事あるから、行けないや」
申し訳なさそうに、めぐは軽く目をそらして言った。その言葉を聞いた後、女の子は酷くつまらなさそうに口をすぼめる。
「えー、私めぐちゃんと行きたかったのにー」
本当にごめん、とめぐは顔の前で手を合わせる。その瞬間、かすかに感じた痛みに眉をひそめた。
「…まだ、痛むの…?」
めぐの一瞬の表情を読み取ったのか、拗ねた表情をすぐさま変え心配そうにめぐの顔を覗き込んだ。めぐは大丈夫というと、胸のあたりを抑える。ここ数日、心臓を握られるような痛みを微かに感じていた。それが日に日に大きくなり、始めはほとんど気にならない程度だったのが、今では何かすることが阻まれるくらいに悪化していた。これは何か体に異常が起きているのではと、夏休みに入ってから病院に行こうと考えていたところだった。
「夏休みまで我慢しようと思ったけど…、耐えられなくて、今日、病院に行ってみようって思ったの」
この体の症状のことは、彼女には前から伝えている。女の子は少し自己中心的な面を持っているが、こういうところではちゃんと心配してくれる。だから、今日は見逃してくれると考えていた。
「その方がいいよ!ちゃんと病院の先生に見てもらって!」
案の定女の子は自分の予定より病院へ行くことを優先してくれた。そういうところが憎めないのだと、めぐは安堵した表情で女の子を見る。めぐは小さく笑って、ありがとうとつぶやくと教室を後にした。
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