会社乗っ取り!
「I社長!乗っ取り屋の正体が判明しました。H率いる、例のファンドです」
副社長は身を乗り出し、早口で話しだした。
「ああ、あのアクティビストファンドか…」
それを受け、I社長は思う。自身の株式保有比率を11%まで落とし、ようやく株式上場をしたかと思えば、株の買い占めか。もちろん上場した以上、どんな人も株を購入できる。
投資して貰うことで、そのお金をレバレッジにし、事業を推進することができるのだ。だから、本来は「買い占めに遭う」という言葉そのものがナンセンスである。
それはI社長自体が一番わかっていた。
「なんとか話し合いにはできませんかね?ただ、噂では相当、やっかいで問題の多い相手だと聞いています」
副社長はI社長に話し合いを持ちかけつつ、交渉の難しさを口にする。
実はI社長、ファンドを率いるH氏とは、社内の誰にも話してはいないが、面識はあるのだ。といっても、最近のことではない。I社長が非行少年扱いされていた、高校時代の頃に遡る。
I社長は高校時代、いわゆるヤンキー仲間たちとつるんでいた。その頃のH氏はヤンキーたちから、からかられる存在。ただ、I社長はH氏の豊富な知識から紡がれる、興味深い話題に魅力を感じ、知的な会話を楽しむことも多かった。
ただ、H氏が大学に進学し、I社長が就職するにしたがい、徐々に疎遠になっていったのだ。I社長にとって、当時の仲間は今の副社長だけだった。
「恨まれているか…」とI社長は思いつめたように、独り言を吐き出した。しかし、身から出た錆だ。I社長はH氏のファンドに自ら電話をし、アポイントをとったのだ。
------------------------------------------------------------------------------------------------
「久しぶりですね」
眼光が鋭くなったH氏は、I社長を見据えて話しかける。
「覚えていてくれたんですか…。実は、株の保有についてご相談が…」
I氏は丁寧に、しかしはっきりと目を見返しながら答えると、その言葉を遮るようにH氏は話し出す。
「I社長の活躍は耳に入っていました。だから、会社の株式を取得することにしたんです。様々ルートから、既に40%を購入しています」
ニヤリと笑いながら告げるH氏。
“ああ、あのヤンキーたちの仲間の一人か”と思われているのだろう。I社長はうつむきそうになるが、グッと顔を上げて、「会社の理念は…」と語りかけたその時。
「解っていますよ」と、再びH氏は話を遮る。多忙なせいだろうか、冗長な話には興味がないように思えた。そして、口を開く。
「あなたが会社を設立した時からずっと追いかけてきたんだ。理解できているに決まっている。そして、今会社は大変な時だ。会社の株式の買い占めのせいでね」
「その通りです。あなたの狙いは何なんです?」
勢い、I社長の話し方も詰問口調になる。それを見て、H氏は“おやおや?”という顔をする。
──「I社長、いや、I。あなた、何も解ってないんですね?組織が蝕まれていることに。副社長の裏切りですよ。
横領だけではなく、裏社会にあなたの会社のお金がジャブジャブ流出している。しかも、あなたを追い出すために、株式の買い占めを始めていたのですよ。副社長の持ち株と合わせると、40%程度にはなります。だから私が乗り出しのです」
と、事実を告げ、証拠の揃った資料を渡す。すべて、H氏の言う通りだった。
「まさか。副社長が裏切っているなんて。昔から仲間だと思っていたのに。それにしてもなぜHは、こんなことをしてくれるんです?」
「自分のような貧困な環境に生まれた子どもたちに対しても、フェアに教育機会を得られるようにという、あなたの理念に賛同するからですよ。それに」
と、H氏は初めて笑顔を見せたが、“それに”に続く言葉を飲み込んだ。ビジネスに私情は禁物だからだ。しかし、心の中で思う。
──I社長にとっては、何気ないことだったろうし、気にも止めていないことだろうな。高校時代、I社長が仲間たちより、私との会話を選んだことは、一生忘れることのできない喜びだったんだ。あの頃、Iが認めてくれ、僕を勇気づけてくれたことが、今の成功につながってるんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます