殺意の象徴と忘却の必要性

「…なぜ?」

 赤くギラついたナイフ。

 男は、知らぬ間に人を刺していた。

 急に襲ってきた相手ともみ合っている間に、刺してしまっていたのだ。


 男は動揺したが、常識的な思考の持ち主。

 スグに警察を呼び、事の状態を説明した。


 現場に来たのは、年配の警察。

 男に対して

「今日の事は、全て忘れてください」

 と、落ち着いた口調で言った。

「意味が、わかりませんが…」

 男は説明を求めた。


 警察は、やれやれという顔をして、ある写真を見せた。

 そこには襲ってきた男、すなわち今は死体となっている男と同じ顔があった。

「この男は、逃亡していた殺人犯なんです。そして、この場所では良くこういう現象が起こる。逃亡していた殺人犯が急に人を襲って…。そして、今回のように逆に殺されるという事件がね」


 そういうと、ある方向を指差した。そこには妙な形をした建物があった。


「警察の内部の関係者が、この一連の事件にまきこまれて以来、ここはこういう場所として、処理するようになった。あの建物が見える範囲でしか、こういう事件は起こらない。不思議な事ですが、それはそういうものとして考えるしかありません」

 そして、拳銃を男に向けた。


「忘れるか、撃たれるかどちらにされますか?」

 男はもちろん忘却を選び、普段の生活に戻っていった。


 ちなみにその建物は、今でも建っている。


 静かに。

 そして。いつまでも、いつまでも。

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