第7話 ありがとうとごめんね
私はこの日を待ちに待っていた。完成したシキを見つめる。最後のパーツを組み上げたときは手が震えた。私の根底にある悲しみは、少しも消えなかったけれど、それでも少し報われた気がした。この子は、シキは私とハルの子供だ。
シキと名付けてくれた彼が塀を越えてきてくれたことに、私はとても感謝をしている。彼がいなければ、私はこの子が完成しても、満たされることは無かっただろう。
シキの起動はまだしない。起動するのは私が死んだ後でいい。シキには、幾らこころが移植されていなくとも、大切なものを失う辛さを背負わせたくない。それにこの子は"保険"だ。名前を知らない彼の背中を押すための最後の切り札だ。
アキが私の家に来た。別れを言いに来たのだ。
「アキ。塔の管理を頼んだわ。それとシキの世話を。できれば"彼"の世話も」
「はい!」
「僕の世話は僕が見れますよ」
アキはいつもの笑顔で、彼は少しむくれてそう答える。私は彼に言う。
「ヒトがこの町で生きるにはきっとアンドロイドの助けが必要よ。アキとフユが適任だわ」
「そうかもしれません。でもナツさんにお母さんみたいなことを言われるのは恥ずかしいです」
「それはごめんなさい」
「いえ。僕はすこし2階にいます。時間になったら呼んでください」
彼は別れを言う私たちに気を使ったのか、恥ずかしくなったのか、2階の彼が使っている部屋に行く。その後ろ姿を見ながらアキは口を開く。
「ナツ、アタシね、少し悲しいの」
「なぜ?」
「ナツが死ぬから」
アキは困ったような笑顔を浮かべる。
「でもね、ナツ。アタシね、それと同時に少しうれしい」
そう言っていつもの笑顔を浮かべるアキの目は、とても純粋で悪意がない、無垢な目だ。私は頷く。
「知っているわ」
「やっぱり?ナツはアタシのことなんでも知ってるもんね!」
「ええ」
そんなの昔から気がついていた。フユが私を見ているのだ。フユを好きなアキが私を疎まないわけがない。それでも笑顔を浮かべ、私に好きといってくれていたのだ。死んで悲しいと言ってくれていたのだ。
だから、私がアキに抱く感情は申し訳なさと感謝。これを言葉にしなくては、いま伝えなくては。アキと会うのは最後なのだから。
「アキ」
精一杯、声に感情を込めてアキの名を呼ぶ。アキは輝く笑顔を私に向ける。
「ありがとう、アキ」
「どういたしまして。バイバイ、ナツ」
アキと入れ替わるように、今度はフユが来た。
「こんにちは」
「こんにちは、フユ」
彼はいつもの無表情ではない。どう見てもその表情は悲しげだ。私はフユに向けて微笑みを浮かべる。そんな私を見て、フユはさらにその顔を歪ませると絞り出すように声を出す。
「死ぬな、ナツ」
「無理よ。私は死ぬ」
私は間髪入れず返答する。フユの顔を見て少し揺らぎそうになった私のこころを否定するように、強く。
フユは続ける。
「好きなんだ」
「知ってるわ」
「死んでほしくない」
「わかってるわ」
「俺はナツが死んだらとても悲しい」
「それもわかってる」
その悲しみを私は痛いほど知っている。私が60年抱えてきた悲しみを、今度はフユに抱えさせることになる。それでも私はハルのところにいかなければならない。
「ナツが死んだら、俺もその気持ちがわかるのか?」
「たぶんね」
「そうか」
「ねぇ、最後にわがままを言っていいかしら」
「最後だからな」
私はフユの両肩に手をおき、目をまっすぐ合わせる。フユも私を見返す。その目にいつもの強さはない。
私は言う。
「それでも、あなたは生きて。とても理不尽なことをいっているのはわかっているわ。でも、私はあなたに生きていてほしい。アキには、私とフユが抱える悲しみを知らないでほしい。あなたがこの悲しみの連鎖を断ちきってほしい。
それに、ハルがいなくなった私には、これ以上の悲しみ、耐えられない。あなたが死んだら、私はとても悲しいわ」
「ナツは最期の最期でとても我儘だ。ズルい」
「幻滅した?」
「アンドロイドは好きになった相手に幻滅したりしない」
「そうね」
「俺は生きていく。ナツには、いま以上の悲しみを絶対に背負わせない」
こんな我儘な私を、フユは好きだといってくれる。私には私のどこがいいのか、まるでわからないのだけれど、それでも好きといってくれる。生きるといってくれる。フユはとてもいいアンドロイドだ。
だから、私がフユに抱く感情は言葉にできない。それでも言葉にしなくては。いま伝えなくては。フユと会うのは最後なのだから。
「フユ」
この感情がフユを苦しめないように、精一杯感情を隠して、私は言う。
「ごめんね、フユ」
「いいんだ、ナツ。またな」
アキとフユとの別れが済むと、私は2階へ向かった。彼は椅子に座り、窓の外を見ていた。夕日に照らされたその頬には、涙のあとがある。
「終わったわ」
「そうですか」
「ええ」
「行きますか?」
「ええ」
私と彼は、シキを間に挟んで二人で抱え、死に向かって歩き出す。
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