第6話 四季
ナツさんとの暮らしが3ヶ月半ばをすぎた。ナツさんが飛び降りるまで、残り半月だ。ここ最近のナツさんは、ほとんどの時間アンドロイド製作に没頭している。ハルさんのパーツはすべて使いきり、足りなかったパーツもほとんど集まった。残りは組み立てるだけだ。
ここ最近の僕は、ナツの身の回りの世話をしている。ナツの家で、ご飯を作り、掃除をし、必要なパーツを物置部屋から持ってくる。さながら専業主夫だ。
アキとフユもたまにナツの家に来る。ナツとナツの作るアンドロイドを僕と三人で眺めている。そこに会話はほとんど無いのだけれど、居心地の悪さもまるで無く、日溜まりの中のような暖かい空気が漂っている。
僕は、ナツさんを殺す決意をした。ナツが懸命にハルさんのパーツを使ってアンドロイドを作る姿を見て、僕は早くナツさんをこの苦行から解放してあげたくなった。目に見えている部分ですらこんなにも苦しげなのに、目に見えないこころの奥底にはどんなに暗い感情を抱えているのか。ナツさんのために殺すというよりも、これは僕のエゴだ。僕が耐えられないからナツさんを殺すのだ。
ある日の晩、夕食を食べながら僕とナツさんは久しぶりに会話をした。
「アンドロイドはもうすぐできそうですか?」
「そうね。予定よりも早く完成するかも」
「名前はどうするんですか?」
「まだ決めてないの」
「"ハル"にはしない?」
「そうね、この子はハルの体を使っているけれどハルではないから」
「そうですか」
「あなたがつける?」
「僕が?いいんですか?」
「あなたにはこの子の世話をしてもらおうと思っているから」
「え?」
なんだそれは。寝耳に水だ。
「あなたには、私が死んだあと、この家をあげる。本もベッドもあげる。だからこの子の世話をして」
「たしかに僕にとって、この町の居場所はここしかないですけど」
「あなたがアンドロイドの町で暮らしていくのなら、家は必要だわ」
「はい」
「だからあげる」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
ナツにしてはとても強引だ。もう時間があまりないから、ナツも少し焦っているのかもしれない。
「名前と言えば、私、あなたの名前をまだ知らないわね。あなた、っていつも呼んでいたから」
「実は、アキさんとフユさんも僕の名前を知りません。アンドロイドは名前とかあまり興味ないんですか?」
「そういうわけではないと思うけれど。でも確かに私はそうかも。現にあなたにあの子の名前を決めてもらおうとしているし」
「そうですね」
「それで?あなたの名前は?」
「……今さら言うのはなんだか恥ずかしいです」
「そうかもね。じゃあ私が死ぬときに聞くわ。それで、墓まで持っていく」
「……わかりました」
あまり言いたくない。恥ずかしいと言うのは本当だけれど、やはりナツさんには、僕の名前を聞かれたくない。
「それで、あの子の名前は思い付いた?」
「そうですね……。少し安易ですがシキとかどうですか?」
「シキ?私の死期ってこと?」
そういってナツさんは顔をしかめる。僕は焦って言った。
「ち、違いますよ!季節の四季です。ナツさんとハルさんに作られて、アキさんとフユさんに助けてもらってこの町に生まれる子なので!」
「あぁ、なるほど。とてもいいと思うわ」
僕は顔から火が出そうになる。命名というのはセンスが問われているようで、誰かに伝えるのはとても恥ずかしいものだということを学んだ。
その日の晩、いつものベッドで微睡んでいた僕は、窓から差し込む強烈な光によって、覚醒した。窓から光の元を探すととても高い建物の天辺が青く光っているのを見つけた。この町で高い建物はひとつだけだ。
なにかあったのでは、もしかしてナツさんがなにかしているのでは。そう思い階段を駆け降りナツの姿を探すと、簡単に見つけることができた。彼女はアンドロイドをつくっていた。
「なにかあった?」
「棟が光っています」
「あぁ、あなたは見るの初めてだっけ?」
「よくあるんですか?」
「たまにあるわよ」
「なんで光っているんですか?」
「さぁ?なんでかしら。でも、棟が光っている日は決まってヒトがこの町に来た日よ」
「ココロ分離機は監視塔の役目もになっているのでしょうか?」
「それはないと思う。あなたが来た日は光らなかったから」
「そうなんですか」
「そうよ。もう寝なさい。夜遅いわ」
「はい、おやすみなさい。ナツさんもそろそろ手を休めてください。体調こわしてしまいます」
そう言った僕に、ナツさんはいつものように微笑んで僕に言う。
「アンドロイドは体調を壊さないわ」
いつものように笑うナツさんと、その手もとのほとんど完成したアンドロイドを見て、不意に目頭が熱くなる。僕は慌てて、階段に向かう。鼻声にならないように気を付けながら僕は言う。
「おやすみなさい、ナツさん」
そして、それから10日後、ナツさんのアンドロイド、シキは完成した。
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