ミステリー風味のただのコメディ風味

トトが暮れ

第1話 壺を割ったのは誰だ?

ガチャン


 大きな音がお屋敷に響いた。それは危険な音。この屋敷において最も鳴らしてはいけない音だ。

 急いで音の発生源に駆けつけるメイドと執事たち。

 やはり、予想通り、そこには屋敷の主人が大切にしていた壺が割れた状態で置かれていた。




***


「―――さて、犯人は誰だ?」

 ヨシノリは言った。


「いや、お前ニャ。お前しかいないニャ」

 猫耳メイド、ニャンコは呆れた顔でヨシノリの顔を見ている。


「すぐに人を疑うのはよくないと思うの……。こういうのはちゃんと理由を聞いた方がいいよ……」

 と、おどおどした口調で陰険メイド、貞子もヨシノリの顔を見る。


「疑われてる!? 完全に疑われてる!? しかも事情聴取の段階で動機まで質問されてる!?」

「この屋敷で壺を割るなんて馬鹿をするのはお前くらいニャ」


 大人しくお縄につけ、と猫耳メイドはヨシノリの肩に手を置いた。

「抵抗すると罪が重くなるニャ」


「本当に俺が犯人だと思うのか?」

 二人のメイドに聞く。


「思う(ニャ)……」

 二人は同時に頷いた。ヨシノリは自分の信頼のなさに絶望を覚えた。二人はヨシノリの退路を断つようににじり寄る。もう逃げ場は窓しかない。しかし、ここは二階で飛び下りれば骨折は間違いない。ヨシノリが困っていると助け船がやってきた。


「はいはい、そこまで」

「お嬢様! この館の主人の娘。赤色ツインテール。ツンデレ属性もち。胸が大きい、アカバ様ではありませんか!」

「……説明ありがとう」


 急にテンションがハイになるヨシノリからアカバは一歩離れる。すると、ヨシノリはさらに一歩近づいた。ニャンコがアカバとヨシノリの間に入り、壁になる。


「お嬢様に近づくなニャ。犯人」


「お父様が不在の内に犯人を特定するのはいいことだと思うけど、決めつけは良くないわ。きちんとヨシノリが犯人だという証拠を掴まなきゃ」


「アカバ様も僕を犯人だと疑ってるんですね……」

  と、落ち込むがすぐにヨシノリは立ち直った。


「犯人が俺だとみんな言いますけど、おれにはアリバイがあります!」


 思わぬ展開に三人は目を見張る。


「僕は壺が割れた瞬間、一階にいました。ですから一階にいた僕に犯行は不可能です」

 どうですか、と自慢げにヨシノリは胸を張る。


 壺が割れた現場は二階の窓側。窓からはアカバ自慢の大きな庭が見える。真下はバラが咲き誇り、誰かに踏まれた形跡はない。二階から誰かが飛び降りた形跡もない。


「アリバイを証明する人は?」

 アカバの質問に手を挙げたのは貞子だった。


「私、ヨシノリ君が庭にいるのを壺が割れる二分ほど前に見ました」

「いや、待つニャ。貞子は壺が割れた瞬間を見たわけではないニャ。壺が割ってすぐに一階に降りて、何食わぬ顔で二階に戻ってくるだけでいいニャ」

「いえ、それは無理です」

「なぜニャ?」


「二階に上がるには西と東、二つの階段しかありません。私は西からニャンコさんは東の階段から来ました。その時、ヨシノリ君とすれ違っていません。そして、現場に一番最後に来たのはヨシノリ君です」


 正確にはアカバが最後に来たのだが、この館の主人に溺愛されているアカバは壺を割っても軽く怒られる程度。わざわざ隠すほどのことではない。

 ちなみにこの館に三階はない。

「貞子とニャンコ。どちらかが二階に上ってきたふりをしたんだな」


「つまり、犯人は貞子とニャンコのどちらか、というわけだ」

 ヨシノリはにやりと笑った。


「そ、そんニャ、ばかニャ……」

 ニャンコは呆然とし、首を振って立て直した。「私はやってないニャ。つまり、犯人は貞子ニャ」


「ひ、ひどい。私もやっていません……」

 これから激しいキャットファイトが始める。ヨシノリはそれを期待したがアカバに止められた。


「ちょっと待って。貞子がヨシノリを見た時、彼は庭で何をしていたの?」


 アカバの質問に貞子はすこし考え込む。


「部屋の掃除の途中でしたから、よく見てないんですよね……。たしか走り回っていた気がします」


「ヨシノリ。あなたには足りない頭を補強するために書斎で勉強を命じていたわよね。庭で何をしていたの?」


「……庭でアカバ様の晩御飯の材料を取ろうとしていました」


 庭にはハーブが植えてあり、それをとって料理をすることはよくあることだ。それに今日の料理登板はヨシノリであり、その回答に不自然はない。


「本当に?」

「天地神明に誓います!」


 アカバはあごに手を当てて、考える。


「廊下に石は落ちていない? 壺の破片に混じったりはしていない?」


 壺の破片を回収しつつ貞子が答える。

「ありません。壺だけです……。いえ、違います。壺に白い何かが付着しています?」


「なにそれ」アカバは壺に付着していた物体を指で掴む。その物体は指にこびりつき、アカバの指の動きに合わせて伸び縮みした。

 その様子を見ていたヨシノリは卑猥な想像をし、前かがみになる。



「謎は全て解けた!」

 アカバはそう言って書斎を目指す。















***





 書斎にはヨシノリが読みっぱなしにして片づけないままの本が散乱している。アカバが睨みつけるとヨシノリは鼻歌を歌ってごまかしていた。


「やっぱり。これを使ってヨシノリは二階の壺を割ったのね」


 アカバが見つけた本のページには昔の狩猟方法が載っていた。

 それを見て二人のメイドは驚いた。


「「トリモチ~~~!!!!」」


 昔、人は竹など長い棒の端にモチのような粘り気のある引っ付くものをつけ、鳥を狩猟していた。それをトリモチという。


「晩御飯の材料を取ろうとしていた。その言葉に嘘偽りはなかった。本を読んで新しく得た知識でヨシノリは晩御飯にハトを取ろうとしていたのよ。ここまで来れば誰でもわかるわ。全てを白状しなさい。ヨシノリ」


 アカバの命令にヨシノリはうなだれた。


「アカバ様のおっしゃる通りです。私が壺を割りました。トリモチを本で読んで自分もハトを取ろうとしたんです。しかし、失敗して壺を割ってしまいました。壺を割るつもりはなかったんです~~。首だけは勘弁してください」


 ヨシノリは土下座する。本当に反省しているようだ。アカバは嘆息して、ヨシノリの肩を叩いた。


「お父様にしっかりと謝りなさい」

「ありがとうございます!」

 感謝の涙を流すヨシノリ。


 終わりよければすべてよし。

 しかし、次のヨシノリの一言で台無しになる。

「今日の鳥料理は一生懸命豪華にしますね」


 ピキッと空気が凍る。

 しかし、ヨシノリはなぜ空気が凍ったのか、理解できなかった。

「失敗したんじゃなかったの?」

「壺を割ってしまいましたが、ハトは捕まえましたよ?」


 アカバはもう一度ヨシノリの肩を叩いた。


「鳥獣保護法に違反するから、逮捕ね」

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