3場 (カットなし・1シーン長回し)

決闘・また会う日まで

「打ち上げ、出ないでいいんですか?」

 屋上で、瑞希は亜矢に尋ねた。

 亜矢はフェンスにもたれ、沈んでゆく夕日を背に答えた。

「ああいうところではしゃぐの、嫌いだから……あれ、玉三郎君のアドリブ?」

「私です。さんざん引っ掻き回してくれたんで、玉三郎に責任とってもらいました」

 間髪入れずに答える瑞希に、亜矢は苦笑した。

「まさか三好君を引っ張ってくるとはね」

 これが瑞希の策略であった。

 同じ演劇部で汗と涙を流した若者を手玉に取って退学に追い込んだ葛城亜矢。

 始めて恋を知った少女を演じながら、それと対極にある不実な女の台詞をその部員たちの目の前で吐かされても動じなかった亜矢である。

 冬彦が高等部を卒業するまで、いや、それから後もたぶらかし、命と金が続く限り迦哩衆の手駒として利用することなど造作もないことであろう。

 それならば、もっと強烈な恥をかかせてやるしかない。

 演劇部はおろか、倫堂学園にいられないくらいに。

 方法はひとつしかなかった。

 利用された本人である三好藍と、逃げ道のない舞台上で鉢合わせさせてやることだ。

 三好もまた、芝居の台詞にかこつけて、自分を晒し者にした亜矢に一矢報いることができる。

 騙され、裏切られ、人生を捻じ曲げられた男に逃げ道のない舞台上で迫られて、どこまで芝居を続けることができるものか。

 芝居が破綻すれば傷付くのは冬彦だが、今後を考えればやむを得ないコストである。 

 仮に再び天の岩戸に籠ったとしても、これまで通り一葉と共になんとかすればよい。

 だが、亜矢はあっさりと台詞を受けてしまった。

 劇は見事に大団円へと導かれ、冬彦も大いに面目を施したが、亜矢もまた多くのファンを勝ち得たことであろう。

 瑞希の目論見は大きく外れたわけである。

 それを阻むことがなかったのは、三好の心に亜矢への想いが残っていたせいであろうか。

 いずれにせよ、それは13歳の少女にすぎない瑞希に判断できるようなことではない。

 ただ、その気はなかったとはいえ、亜矢は深く傷つけたかつての「恋人」について人ごとのように話している。

 瑞希が顔をしかめたのは、その点であろう。

 冬彦や玉三郎に対してなら声を荒らげ、さらに玉三郎に対してなら可憐な鉄拳や風を切る流星錘が放たれるところである。

 だが、亜矢に対しては違った。

 目を閉じて、大きく息をつく。

「三好さんのこと、どう思ってたんですか?」

 畏まった口調に対して、亜矢はさらっと答える。

「私は迦哩衆の女よ」

「本当のこと言ってください」

 詰め寄る瑞希だったが、冷静に切り返された。

「あなただったら言う?」

「言いません」

 迦哩衆と同様、吉祥蓮でもそれは基本中の基本である。

 亜矢はさらに畳み掛けた。

「あなたは、冬彦君のこと、どう思ってるの?」

「バカ兄貴です!」

「即答ね」

 亜矢はくすくす笑った。

 瑞希はしばし口を堅く結んでいたが、やがてぼそりと尋ねた。

「あのバカ兄貴のこと、どう思ってるんですか?」

 怒りのこもった声に対して、答えはさらりと返ってきた。

 何だそんなこと、とでも言うかのように。

「好きよ」

「え?」

 目をぱちくりさせる瑞希の頬はややほころんだが、続く言葉で、その表情は再び険しくなった。

「便利だから」

「あのセリフ聞いて誰も疑わないなんて、思ってます?」

 もちろん、これはハッタリである。

 舞台上であれだけ堂々と、当意即妙の受け答えをすれば普通は誰もアドリブだとは思うまい。

 ましてや、葛城亜矢が三好藍を陥れ、菅藤冬彦の人生をも食いつぶそうとしているなどとは。

 ここで強気で出なければ、瑞希の負けである。

 だが、亜矢は軽く流してからかってみせた。

「あ、やっぱりそのつもり?」

 その口調は、つい昨夜に瑞希と夕食やバスルーム、ベッドを共にしたときのものであった。

 瑞希が一瞬、言葉に詰まったのはその時のことを思い出したからかもしれない。

 あたふたした後に、瑞希は拳を握りしめ、くぐもった声で告げた。

「たかが迦哩衆の操り人形にするつもりなら、私、許しません」

 その言葉に、凄みは全くない。

 年上の少女の前に空を切るばかりであった。

 亜矢はムキになる吉祥蓮の少女忍者の前に、愛おしげな微笑みを浮かべて問い返した。

「バカ兄貴なのに?」

「それ言っていいの、私だけです!」

 瑞希は甲高い声で言い放った。

 その頬がほの赤く見えるのは、夕陽のせいか、怒りのせいか。

 二人は無言で立ち尽くした。

 ヒグラシだけが静かに鳴き騒いでいる。

 だが、その沈黙は、突然破られた。

「ならば貴様とはもう闘うまい!」

 屋上の端に立つ影が、ドスの利いた低い声で言い放った。

 きょとんとする瑞希に、亜矢は諭すように注釈を加える。

「シェイクスピア『マクベス』。最後の辺りよ」

 野心に駆られ、悪の限りを尽くして王位を手に入れた、不死身で無敵の猛将マクベス。

 その不死身が運命のいたずらで宿敵に破られたとき、マクベスが吐き捨てる言葉である。

 無論、まだまだ瑞希は海外の古典には疎い。

「ごめんなさい、勉強不足で……」

 本来なら皮肉に聞こえるはずの言葉には、力がなかった。

 それは己の非学浅才を恥じてのことではない。 

 名作の引用ひとつで、瑞希は明らかに圧倒されていた。

 だが、返す亜矢は、嵩にかかって攻めたてたりはしない。

「ここにはもう、私の居場所がないから。そうでしょう?」

 それでも、微かに聞こえる声は、穏やかではあったが震えていた。

「ここまでやってくれるとはね。侮れないわ、吉祥蓮」

 瑞希は夕日を見つめながら、フェンスにもたれかかった。

 屋上の向かい側に立つ亜矢は、黒く小さな影になって見える。

 その影に向かって、瑞希は言い切った。

「だって1000年は闘ってきたんだもの、あなたたちと……迦哩衆と!」

 それじゃあ、とつぶやいたなり、亜矢の言葉が途切れた。

 夕日の中から、まっすぐに飛んでくるものがある。

 ひとつ、ふたつ……チャクラム!

 瑞希の両手から、一条、また一条と鎖が伸びた。

 澄んだ音を立てて鋼の輪がコンクリートの床に転がったとき、瑞希と亜矢は息ひとつ切らせることなく佇んでいた。

 ただし、場所をそっくりそのまま入れ替わって。

 屋上の端と端で、しばしお互いに見つめあった後、亜矢は微笑した。

「じゃあね」

 逆光の影に向かって、瑞希が首を傾げる。

「それで、いいんですか?」

「今回は私の負け。『敗れしものに在処なし』。これが迦哩衆の掟よ」

「だって、あたし」

 そのとき、夕日から、どっと風が吹いた。

 瑞希は身構える。

 音もなく、いくつもの人影がその背後に佇んでいた。

 高等部の制服姿。

 名札を胸につけた、スーツの教員。

 よそ行きの格好をして、高いヒールを履いた保護者。

 そして、瑞希と同じ姿をした中等部の生徒。

 手に手に、禍々しい形の凶器が構えられている。

 高等部の女生徒は、バグ・ナクと呼ばれるメリケンサック状の爪を。

 接近戦になれば、縦横に振り回される長い鉤爪は脅威である。その切先が肌に触れれば、肉までえぐられるだろう。だが、瑞希の流星錘ならその爪が届かない距離で牽制できる。

 女教師は、金剛杵こんごうしょを。

 仏像や仏画で雷帝インドラが手にする、柄の両端に鉤爪のついた重金属の武器。脳天に叩きつけられれば、頭蓋骨を砕くこともできる。鎖のリーチで間合いを取れないこともないが、投げつけられたら厄介である。そのときは、かわせれば瑞希の勝ち。かわせなければ、致命傷を負うだろう。

 奥様は、どこに隠していたのか、カタール(ジャマダハル)と呼ばれる、握り拳の先に垂直に刃の突き出た武器を。

 流星錘がかわされれば、拳の一撃がそのまま剣となって襲い掛かる。しかも握りの上下は腕に沿って長く伸びた棒になっており、鎖の先の分銅を弾き飛ばすこともできる。だから鎖を自在に操り、分銅を流星雨のように絶え間なく叩きつけて戦うことになるだろう。

 その流星錘は、相手の手にもあった。

 古代インドでパーシャと呼ばれた、鎖の先端に剣状の刃が突いた武器である。

 これだけは形がシンプルで、禍々しい形というわけでもない。

 だが、同じ武器を持った者同士の戦いは、ある意味恐ろしい。

 瑞希が振り向きざまに流星錘を放てば、相手も同時にパーシャを振るうだろう。

 途中で鎖を引いて迎え撃つこともできるが、そのときは鎖同士が絡み合い、互いに武器が使えなくなる。

 そうなれば、力任せの根競べだ。

 瑞希の腕は細くて華奢だが、忍者としてそれなりに鍛え上げられている。

 相手はというと。

 鎖の取っ手となる金輪を握りしめ、腰を落として身構えているのは、セーラー服の女子中学生である。

 背格好は瑞希に似ているが、顔は全く似ていない。

 薄暗い体育館の中では瓜二つに見えたが、光の加減でこういうことはよくあるものだ。

 迦哩衆も、それを知ってこの忍者を使ったのであろう。

 瑞希を挑発し、なおかつ身動きがとれないようにするために。

 実際、またしても瑞希は動けなくなっていた。

 さっきは観客を巻き添えにするおそれがあったからだが、今度は違う。

 武器を使うにせよ素手で闘うにせよ、優勢劣勢の差は熟練度で決まる。

 だが、それも同じなら、さっきと同様の膠着状態が待っているのだ。 

 しかも、手に手に武器を持った相手と1対5。

 多勢に無勢だ。

 絶体絶命である。

 だが、そんな状況にあっても最後まであきらめないのが忍者である。

 忍の一字は、「刃」の下に「心」と書くのだ。

 力で勝てないなら、心を強く持つしかない。

「これも迦哩衆の掟ですか?」

 瑞希は冷ややかに、鼻で笑った。

 そうよ、とだけ答えた亜矢は、迦哩衆の女たちを睨み据えた。

「とっとと消えて。目障りよ」

 返事はなかった。

 ただ、瑞希の背後から一人が問うた。

「その娘は」? 

 尋ねたのは、カタールを手にした奥様である。

 中等部の制服を、白く小さな瑞希の手が一瞬かすめた。

 まだ暑い夕日の中、空気が凍りつく。

 奥様が屋上の床を一蹴りすれば、カタールの刃は一瞬で瑞希の背中を貫くことができるのだ。

 だが、迦哩衆の刃を瑞希の鎖が迎え撃つことはなかった。

 亜矢が厳しく制したのである。

「手を出さないで」

 それは迦哩衆に向けられたものか、瑞希に向けられたものか。

 亜矢の影は、どちらを見ているのかは分からない。

 パーシャの鎖を両手に横たえたセーラー服の少女が、小柄な体に似合わないドスの利いた声で静かに言った。

「お前は、手ぬるい」

「大きなお世話よ。見張り役は黙ってて」

 亜矢は冷ややかにたしなめた。

 1人で動くのが迦哩衆だが、常に監視がつきまとうようであった。

 相互の信頼の下に集団で行動する吉祥蓮とは、ここが対照的だといえる。

 裏切りや失敗があれば、この見張り役が制裁を加えるのであろう。

 人を傷つけることなど何とも思わない迦哩衆のやり方からして、そこには死の選択肢もあるとしてもおかしくはない。

 バグ・ナクを装着した両拳を構えた高等部女子が厳しい口調で問いただした。

「本当は、恋を楽しんでいたのではないか?」

「あら、妬いてるの?」

「馬鹿を言うな!」

 低く屈んで今にも跳びかかろうとする女生徒を手で制した女教師は、まるで雷帝そのものと化したかのように金剛杵を高々と掲げた。

 居丈高に宣告する。

「我々迦哩衆に伝わる秘技の数々をもってすれば、あの程度の男共など虜にするのはたやすいこと。それを怠った者を、許すわけにはいかない」

 瑞希は両拳を交差させた。

 彼女自身のためではない。

 敵とはいえ、互いを傷つけることなく身も心もさらけ出して一夜を共にした亜矢を守るためである。

 その拳が一閃すれば、いつでも流星錘が宙を舞い、また鍼が光条を描く。

 亜矢に近付く者があれば、手の中の鍼が相手の身体の自由を奪うべく縦横に振るわれるだろう。

 だが、瑞希と迦哩衆の間に1対4の戦端が開かれることはなかった。

 にらみ合う双方が今にも武器を振るおうとする手を、亜矢の一言が止めたのである。

「己の仇は己で取る、これも掟」

 瑞希が、夕日を背にした影をはっとして見つめた。

 亜矢の声は、4人の迦哩衆が見据えるまなざしを押し返すかのようであった。

「いずれ私が始末をつける。邪魔したら……」

 突然低くなった声が、辺りを圧する。

「全員殺す」

 迦哩衆の1人が、そして続く1人が爪先でチャクラムの輪を引っ掛け、足蹴にした。

 それらが一つ、二つと瑞希の耳元をかすめる。

 亜矢は左右の手を一閃させて、自らの武器を受け取った。

 迦哩衆の声が揃って告げる。

「では、見届けよう」

 人影は、音もなく、突然に消えた。

 瑞希はへなへなとその場に崩れ落ちる。

 その震える背中を撫でながら、亜矢が助け起こした。

 強く抱きしめる。

「うらやましいわ、ひとりじゃないって」

 亜矢は自分の胸元のタイに刺さった鍼をつまんで引き抜き、夕日にかざした。

「これ、もらっとくね。それはあなたにあげるわ。とりかえっこ」

 長い黒髪を掻き上げて、亜矢は夏服の細い背中を瑞希に向けた。

「めぐる因果の中で、また会いましょう……なんてね」

 あはは、と笑い声一つ残して、亜矢の姿は折しも屋上に吹き付けてきた一陣の風に溶けて消えた。

 ひとり立ち尽くす瑞希のセーラー服の襟には、亜矢の鍼が光っている。

 瑞希はその鍼を手に取って、バツが悪そうに見つめていたが、やがて服の胸ポケットにしまった。

 不意に、その目に光るものがあふれた。

 ついと頬を伝って流れ落ちる。

 そこに、どこからともなく姿を現したのは玉三郎である。

 慌てて目元をぬぐったところで、しゅた、と手を挙げて「よっ」と白々しく挨拶する。

 その態度に、瑞希のカンシャク玉が破裂した。

「余計なことしないでよ!」

 わざとらしく肩をすくめ、助けてやったのに、とぼやく玉三郎。

 瑞希は「間殺」も使わずにずかずかと歩み寄った。

「あれ、あんたの鍼よね!」

 瑞希は自分の鍼をちらつかせる。どこから出したかよく分からないが、そこは忍びの者であるからして、深く追及してはいけない。

「あ、分かっちゃった?」

 玉三郎が視線をそらす先に、瑞希は回り込んだ。

「あんたが鍼投げたから、あたしつい……」


 ――もちろん強がりである。

 瑞希は、チャクラムのフェイントに引っかかった。

 間合いを詰めて跳んできた亜矢を空中で迎え撃とうとしたときには、瑞希の喉元には鍼が迫っていた。

 そのとき、亜矢の首筋を玉三郎の鍼が襲った。

 それをかわしたために、亜矢も手元が狂ったのだ。

 これが、亜矢の言った「ひとりじゃない」の意味である――。


 瑞希は目を伏せてつぶやく。

「ありがと」

 いいってことよ、玉三郎はとキザったらしく指を振ってみせたりする。

 だが、瑞希はそれを見てはいなかった。

「方程式なんだね」

 きょとんとして首をかしげる玉三郎に、涙声の講釈が始まる。

「あたしたち、おんなじ場所にいるのに」

 再び涙をぬぐう。

「吉祥蓮とか鳩摩羅衆とか迦哩衆とか、居場所が全然違うから」

 泣きながらすがりつかれてうろたえる玉三郎。

 だが、そんなことお構いなしに、難しい話は続く。

「全然違うことしなくちゃなんないのに」

 そこで瑞希は息を詰まらせた。

 少年は、その背中をさすろうとしてはその手を除けるという動作をおろおろと繰りかえす。

 少女はその少年の胸元で、ゆっくりと息を鎮めて尋ねた。

「……何で助けてくれるの?」

 いいってことよ、と同じことを言う玉三郎は、からみつく細い腕からするりと逃れる。

「お前でも手に負えないヤツは、俺が追っ払ってやるからさ」

 瑞希は小さな拳でごしごし目をこすった。

やっとのことで作り笑いをしてみせる。

「あら、そう、嬉しいわ。誓って?」

 誓って、と玉三郎は胸を叩く。 

「弱い奴を助けて余るのが、本当の力なんだぜ」

 あ、とつぶやいた瑞希は玉三郎を見つめた。

 それは、かつて瑞希が父から聞いた言葉だった。

「ん?」

 小首をかしげる少年忍者から、美少女忍者は目をそらす。

「よろしい。それじゃあ……」

 瑞希は、満足げに薄い胸を張って見せるなり、玉三郎の背後に回って囁いた。

「あのバカ兄貴、手におえないんだけど」

 答えはさらりと返ってくる。

「じゃあ、俺がもらってやるよ」

「え?」

 6間(12m弱)ばかり跳び退った瑞希が青ざめてつぶやく。

「あんたやっぱり」

「冗談です~!」

 高らかに笑ってみせる玉三郎に、瑞希は「間殺」も使わずに詰め寄った。

「あんたねえ!」

「大丈夫、取ったりしないよ!」

 肩をすくめてからかう相手に、真っ赤になって食ってかかる。

「そういう意味じゃない!」

 その瑞希の怒声は、かるくたしなめられて流された。

「まだ兄さんが付いてなくちゃ」

 アニキがどうしたのよ、と怪訝そうに問う声に、玉三郎は皮肉たっぷりで答える。

「危なっかしくて見てられないしさ」

 ん? と瑞希は眉根にタテジワを寄せる。

「……どういうこと?」

 玉三郎は呆れたようにため息をつく。

「怖い夢でも見せられたんだろ? あの女に」

 その胸ぐらを、瑞希の白い手が一瞬で掴む。

 その顔の高さまで、玉三郎の首が引きずり降ろされた。

「なんでアンタがあたしの見た夢知ってんのよ!」

 ぐるじい、と呻きながらも、謎が明快に解かれる。

越三昧耶えつさんまや術さ」

「えつ……さんま……や……え??」

 そこで瑞希の気がそれたのをいいことに苦境を逃れた玉三郎は、荒い息をひとつ吐いた。

「迦哩衆の術の一つさ」

 まだ、きょとんとしている吉祥蓮の少女に、鳩摩羅衆の少年は講釈を垂れる。

「寝てる相手の耳元に聞こえるか聞こえないかの声で囁いて、思い通りの夢を見せるんだ」

 あ、と瑞希はつぶやく。

「騙されんなよな、迦哩衆なんかに」

 とどめの一言に、瑞希は絶叫する。

「あの女~!」

 その声をかき消すかのような秋風が、天から吹き付けてくる。

 まるで、遠い空の下で亜矢が高笑いしているかのように。

 だが、怒りに震えていた瑞希は、そこで我に返る。

「なんでアンタがそれ知ってんのよ、玉三郎」

 あ、と今度は玉三郎がつぶやいた。

 しばしの沈黙の後、瑞希の上段回し蹴りが空を切った。

 目を閉じて飛びすさった玉三郎が、横を向いて忠告する。

「だから女の子がスカート履いてハイキックするのは」

「うるさい! ヘンタイ! 女の内緒話こっそり聞いてるなんてサイテー!」

 確かに、吉祥蓮の忍者に聞こえる壁の向こうの声を、鳩摩羅衆の忍者が聞いて聞こえないはずはない。

「いやこれにはワケが」

 弁解を遮って瑞希の手から何度となく放たれる鎖が玉三郎の顔面をかすめる。

「だから顔はやめろって」

「逃げるなコラ!」

 階段を駆け下りる音と共に、二人の声が遠ざかっていく。

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