シーン2 美少女忍者と中二病忍者による屋上のエチュード

 というわけで、この舞台は次の配役で進行する。


 ジュリエット…菅藤瑞希

 ジョン修道士と乳母…白堂獣志郎(本名 玉三郎)

 

 ヴェローナの一軒家。

 修道士ジョンと共に、マンチュアの町にいるロミオにロレンス神父の手紙を届けに行く予定だった兄弟子は、テーブルの上で息を引き取った。

 ジョンは悲嘆に暮れるが、泣いてばかりもいられないと心を決める。

「わが兄弟が安らかに天へと召されますよう、私も心を尽くします」

 まずは燭台、と葬儀の準備を始めるジョンの背後にある舞台装置は、キャピュレット家の屋敷である。

 ロミオのもとへ使いにやった乳母の帰りを待つジュリエットが現れる。

「ばあや、まだ帰ってこないの?」

 ロミオへの想いを切々と訴えるジュリエットの存在など知る由もないジョンが燭台を探している間に、死んだはずの兄弟子がよみがえって、空家をそそくさと出ていく。

 それに気づくこともなく、ジョンがぶつくさと弔いの文句を考え始めたところで、乳母が戻ってくる。

「あなたがマンチュアへ最初の伝道に向かった後、私は一人で歩いてゆけるか不安でした……」

 間髪入れず、ふらつきながらぼやく乳母。ジュリエットはそれをねぎらう。

「こんな足腰のふらつく年寄りに二度とこのような仕打ちをなさいませぬよう……」

「二度とそれはないわ、ロミオ様のお返事次第では」

 それに応えるかのように、ジョンは遠い目をして叫ぶ。

「そう! そんなことは二度とございません」

 そこで乳母はロミオの返事を思い出して手を叩く。

「そのお返事でございますが」

 待って、とジュリエットはそれを遮る。

「良い返事でしょうね」

 そこでジョンは、まるでロミオ本人であるかのように弔いの文句を続ける。

「居る場所は違っても、私たちの目指すところはひとつ」

すると、同じヴェローナの町にいても、全く違う場所にいるジュリエットが言葉を返し、まるで恋人同士であるかのような会話になる。

「そうでないと、私は恋に傷ついたまま、パリス伯爵と望まぬ結婚をすることに」

「今は死が二人を隔ててしまいましたが……」

「ええ、そんなことになったら私は初夜の番に清いまま命を絶ちます。」

 そこへ父のキャピュレットが、夫人を伴ってやってくる。


――と、ここまでが本来のページであるが――。


 玉三郎が手を叩いて芝居を止める。

「というわけさ」

 瑞希がぶつくさ言う。

「何が面白いんだか、さっぱり分からない」

 そこで、と玉三郎は得意満面で答えた。

「ここからが俺の頭脳労働、名付けて『ルネッサンスコード』だからさ」

 そのネーミングが中二なのよ、と悪態吐く瑞希は放っておいて、玉三郎の自慢は続く。

「ジョン修道士にモリエール『ミザントロオプ』にある台詞をしゃべらせただけなんだけどね」

「余計にわかんない」

 ふくれっ面する瑞希は、台本に目を落とす。


――ここからが、玉三郎ご自慢の差し替え分である――。


 ジョンは懐から、ロレンス神父の手紙を取り出す。

「この手紙を見ても何ともお思いになりませんか?」

 キャピュレット家の令嬢ジュリエットは、突然突き出された身に覚えのない手紙の存在をきっぱりと否定する。

「ええ、何とも思いません」

 ところが、乳母にとってはさいぜんの自殺宣言のほうが大問題である。

「お嬢様、お命を大事になさってください」

 父親も母親も、可愛い一人娘の命がかかっているとなればあわてふためく。二人して乳母を追及するが、そこははぐらかされる。

「乳母よ、一体どうしたのだ」

「いいえ、旦那様、何でもございません」

「あなた、確か、ジュリエットの命がどうとか」

 そのやりとりを尻目に、手紙を手にしたジョンと、ジュリエットによる身分違いのやりとりは続く。

「まるで恋文のようだが、私を中傷していらっしゃる」

 ロレンス神父の手紙なら、あり得ない事である。

 すなわち、これはジュリエットの手紙なのだ。

あなたのことだとは限りませんわ、とトボけるジュリエットに、母親がツッコミを入れる。

「だからジュリエットはあなたでしょう?」

 いいえ罪深い私のことです、と答えるのは、そこにいないはずのジョン修道士。もちろん、兄弟子の恩に報いられなかった己を悔いている。

 それをフォローするジュリエット。

「そんなにご自分を傷つけることはございませんわ」

 そのひと言は、父親にとって聞き捨てならない口答えである。

「いや、どっちかっていうとお前が母親をバカにしてるだろう?」

 そんなことは気にも留めず、ジョンは兄弟子への想いを訴える。

「あなたに置いていかれるのが当然の、修行の足りぬ私でございます」

 どうか私を置いていかないでくださいませ、と答えるジュリエットについていけず、乳母は困惑する。

「いや、私どもが置いていかれております」

 ジュリエットは、自分を置いて去って行った恋人の名を叫ぶ。

「ああ、ロミオ様!」

 その名は、キャピュレット家にとっては不倶戴天のモンタギュー家のものである。

 逆上する両親。うろたえる乳母。

 ジョンは淡々と手紙の内容を告げる。

 だが、そのやりとりはなぜか娘とジョン修道士の色恋に周りが大騒ぎしているかのように見える。

「なぜロミオ様へのお手紙で私を非難なさっているのかは分かりません」

「ジュリエット! お前がそんなにふしだらな娘だったとは……」

「旦那様、お嬢様は決してそのような……」

「ですが手紙の遅れも、不甲斐ない私をロミオ様にご承知いただければ……」

 もちろん、その場にいないジョンの言葉が、逆上した(していなくても同じだが)父親に届くはずもない。

「許さん!」

 父が許すも許さないもなく、ジョンはジュリエットをたしなめる。

「ですから、ジュリエット様もせめて誠意のある女性としてお振る舞いください」


 ――つまり、玉三郎が意図したのはこういうことである。

ジョンがそこにいないはずのジュリエットにいきなり語りかけることで、意味不明のやりとりが展開するという仕掛け。

 ところが、稽古ではそうはいかなかった――。

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