守りたかった存在



「ああぁぁぁぁあぁぁああああああ――――!!!」



リヒトの絶叫が処刑場に響き渡る。

その悲痛な叫びにアレシアは顔を歪めた。


「リヒト……!」


彼のもとに駆け寄ろうとするも、騎士達に遮られる。

焦る気持ちを必死に抑えながら、目の前の敵を次々と斬り倒し道をあけていった。


リヒトの周囲に電気が走っているのが遠目にもわかる。

彼が何をしようとしているのかが表れていた。


(早くしなきゃ……、リヒトが死んじゃう……!)


武器である扇を握る手に力が入る。


アレシアは左手にもつ扇を炎へと変え、それを向かってくる敵に投げながらリヒトの元に駆けた。

人間が悲鳴をあげながら炎で黒く焼けていくのを横目に、彼女は走り抜ける。

そして空いたその手で、首から下げていた鍵を、紐を引きちぎるようにして取った。


その鍵は牢屋の鍵。そして罪人たちを解放する唯一の鍵だ。


(早く……)


リヒトの感情が痛いほどに伝わる。

漠然としたものではなく、感じている本人と同じ痛み。

なぜそこまではっきりと感じるのか、このときのアレシアにはわからなかった。

ただ、流れ込むようにして伝わるそれに、アレシアの目に涙が浮かんだ。


「リヒトっ……!!」


リヒトが今、しようとしていること。

罪人に魔法を使わせないため、一切の魔法を封じ込める――犯罪者を示す腕輪。

例外なく彼の手首にもはめられているそれを、リヒトは壊そうとしていた。


しかしそれは死を招く行為。


それをせずとも、リヒトを解放することができるものをアレシアは持っている。


「お願い……! やめて――!!」


そう叫ぶものの、彼には届かない。


やがてリヒトの元に集まってきた騎士たちに、刑の執行人が告げた。


「今“闇”のやつに逃げられたらたまったもんじゃない! どうせ死ぬ運命のやつだ、殺せ!!」


それは何の慈悲もなかった。

“闇”の者たちへ対する感情は、人に対するそれではない。

まるで虫を殺すかのように、“闇”である彼らを殺すことに何の躊躇もなかった。


「させない――」


アレシアは呟き、右手に持つ扇を振るう。


瞬間、突如現れた炎。

それはリヒトを守るように、彼が繋がれた十字架を囲うようにして燃え上がった。


騎士達が怯んだ丁度その時、アレシアは漸く、リヒトに手が届くほど近くにきていた。


緩んだ緊張、訪れた安心。


そして、――生まれた隙。




彼女の背後に、影が迫った――。




「許さない」


そんな声が聞こえた瞬間。

アレシアの体は優しい温もりに包まれていた。


彼女の良く知る、“彼”の温もり。

そして背後で聞こえた、聞き慣れてしまった鈍い残酷な音。


振り向こうとしたアレシアを彼の手が止め、そのまま彼はアレシアを自身の胸に抱き寄せた。


上を見上げれば、よく知る者の、見知らぬ顔――。


「リヒト――……?」


アレシアの声は、言葉は。


彼にはもう、届かないのかも知れない――……





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