紅蓮月華の妖狐
「俺の名はカルヴィン・アディンセル。騎士団の団長だ」
アレシアが連れられた先は、カルヴィンと名乗った男の屋敷。
屋敷の大きさは権力の象徴とでも言いたいのか、この国で一番大きなものだった。
王のいないこの国において、騎士団長は一番の権力者。
それと同時に、一番の能力者だ。
ならば――――
――最大限、利用すればいい。
「そうだな……。お前は何が出来る」
「幻覚系はそれなりにできる。あと、心を読むのは、得意」
「ほう……?」
「だから、あなたが私にさせたいことわかる」
その言葉を聞いた瞬間、カルヴィンの眉間に皺が寄り、目が細められる。
「……言ってみろ」
アレシアはその低くなった声にひるむことなく、彼の目をじっと見ながら答えた。
「――暗殺」
「…………」
カルヴィンは一見僅かに眉を動かしただけだったが、机の下で組まれた両手に力が込められたことに、アレシアは気付く。
「敵の派閥、自分に刃向かう邪魔者。――あなたの騎士団長としての立場を狙う者の排除」
子どもが言った言葉とは思えないほどの、大人びた口調。
“派閥”、“邪魔者”、“排除”――。
子どもにしてはあまりにも、現実を知りすぎた言葉たちだ。
「まさか、そんな深いところまで読む事ができるとはな……。これは期待以上だ」
カルヴィンが笑みを浮かべる。
「この屋敷でのお前の仕事、決めたぞ」
「…………」
アレシアはこれからカルヴィンが言うその“本当”の意味まで読もうと、彼の目をじっと見つめた。
「お前の仕事はメイド、俺専属の、な」
そこで“口”からの言葉は終わる。
そして――。
『――裏。つまり本当の役目は、暗殺だ。今回の“闇”の騒ぎに乗じて殺せ』
返事は、しなかった。
アレシアはただ、視線を下に向ける。
すると、自分の足が目に入った。
“あの家”に住み始めた頃より大きくなっている足。
その足が履いているのは、一番最初にもらったものと同じデザインのもの。
思い出深く、そしてお気に入りの一足。
――その一足は、その時の彼女に残された、唯一の家族全員との思い出の品だった。
そうして始まった、新たな生活――。
日を追うごとに彼女の心に潜む闇は深さを増し、そしてその手は汚れていった。
今まで積み重ねたもののおかげというべきか、彼女の頭脳的能力、技術的能力は普通の大人より優れたものだった。
それを使って行うのは、人の目を欺く巧みな話術と、顔と、そして――暗殺するための方法。
メイドとしての仕事は、この屋敷において何よりも彼女の身になった。
それは未来の彼女にも役立つことになるのだが、その時の彼女はまだ知らない。
ただ、いつか“家族”を助けるために――そのためだけに、毎日を生きた。
だが、自分が殺した者の表向きの理由は、――【“闇”に殺された】。
自身が助けたいと思う者達に、罪を擦り付けている……想いと矛盾した行動は、純粋な心に“罪”という意識を持たせた。
人を欺き、殺し……その度に、自分の知識と技術を増やしていく。
いつしか彼女の中に残るのは“罪”の意識ばかりとなり、人間らしい感情は徐々に薄れていった。
彼女が暗殺者として夜動く時、その目元は狐の仮面によって隠されていた。
伸びた長い真紅の髪が風に靡き、仮面から覗く緋色の瞳が妖しく光る。
その姿から、彼女はこう呼ばれるようになった――
――――【紅蓮月華の妖狐】と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます