別れ

「私が行く」


外にいる騎士団を見ながらそう言ったアレシアにリヒトは言う。


「お前、何考えてんだ……。お前が行ったとして、この状況が変わるわけ――」


「変わるかもしれないよ。だって、私、王女だもん。……知ってるでしょ?」


リヒトは目を見開き、驚きの表情を見せた。

そんな彼を見て、アレシアは微笑む。


その微笑みは、どこか悲しげだった――。


「アレシ――」


「さっ、早く! ここは奥の方だからまだだけど、もう見つかっちゃってる人たちもいる。私を探しに来てるのもあると思うから、それで時間を稼げると思うの。その間に逃げて」


アレシアは立ち上がりながらリヒトにそう言う。


リヒトはそんな彼女を見上げ、そして俯いた。



アレシアの話し方には有無を言わせないものがあり、その目にも揺るがないものがあった。

リヒトは何も言えなくなる。

アレシアの言っている方法が最善なのはわかっていた。

だがそれを良しとしない自分がいて――。


「大丈夫、きっと、……みんな、無事に逃げられるよ」


アレシアの言葉に、リヒトは胸が締め付けられるように痛んだ。


彼女の言う“みんな”の中に、彼女自身が入っていないことを、察したから――。


リヒトは悔しさに手を握り締め、唇を噛み締めることしかできなかった……。






アレシアとリヒトはやっと起き始めたみんなを起こし、そして事情を説明する。

子ども達には引っ越すとだけ告げた。


「アレシアお姉ちゃんは一緒に来ないの……?」


子ども達が顔を歪め、泣きながら、アレシアに問いかける。

彼らだって小さくとも“闇”。

離れるということはもう会えなくなると、知っているのだろう。

彼らはこの場所にたどり着くまで、何人も大切な人を失い、そして同じ“闇”の者達が死んでいくのを見てきている。


そんな子ども達に、アレシアは優しい声音で言った。


「私は一緒に行けないけど、死んじゃうわけじゃないから、大丈夫だよ。……また、どこかで会えるよ」


アレシアのその最後の言葉は、彼女自身の願いも込められている。

涙が溢れそうになるのを必死に堪え、アレシアは先に外に出るべくドアを開けた。


「――だからな」


「え?」


リヒトが何かを呟き、アレシアは振り返る。


「絶対だからな! 絶対、また、会おうぜ。……約束だ」


アレシアは驚きに目を見開くものの、嬉しさが込み上げてきて、自然と笑顔で答えていた。


「うん、約束――」





そうしてアレシアとリヒトたちは分かれて行動する。


アレシアはリヒトたちに魔法をかけるべく、自分とは反対方向に逃げたリヒトたちに両手を向けた。

彼女が使おうとしているのは、“フランメ妖精エルフェ加護シュッツ”という幻覚魔法。それはこの街を隠していた魔法と同系列のものだ。

アレシアはもしもの時のために、魔道書に載っていた火の幻覚魔法を日々練習していた。

その中でもこの“フランメ妖精エルフェ加護シュッツ”という魔法は、魔法をかけたものを透明にし、そうすることで周りの風景と一体化させ隠すもの。


最後の足掻きというように、僅かな願いを託し、アレシアはその魔法をかける。



逃げるリヒトたちの姿が、魔法によって消えていく。



「どうか、逃げ切って――」



アレシアはそう呟いて、背を向けた。


歩き出すアレシア。

彼女が立ち止まっていた地面には、思い出を残すかのように、小さなシミができている。


アレシアは濡れた頬を拭い、そして自らにかけていた姿を変える魔法を解いた。


風が吹き、彼女の鮮やかな真紅の髪が靡く。


緋色の瞳は、とても凛々しく輝いていた――。




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