優しい温もり
――太陽が沈み、外が暗闇に包まれる。
この辺りには街灯はなく、ただ黒い闇が広がり、唯一月の光だけがその闇を解かし外を照らしていた。
電気が消され静かになった部屋の中では、子供たちが眠っている。
窓から僅かに漏れる月の光に照らされた時計を見る――今は11時をまわり、時計の針はもうすぐで12時を指そうとしていた。
アレシアは自分の隣の、リヒトが眠るほうに目を向ける。
リヒトはアレシアに背を向け、やはり既にもう寝ているのか、規則正しく呼吸をする音が聞こえた。
寝息を窺い、アレシアは布団から抜け出し、月の光を頼りに部屋を出る。
そしてアレシアはディーリアス夫妻のいる部屋へと向かった。
……アレシアがいなくなった部屋の中。
リヒトが閉じていた目を開け、静かに起き上がる。
もぬけの殻となった隣の布団を見つめた――――。
――階段を下り、ディーリアス夫妻の部屋の前に来たアレシアは、どこか躊躇いながらドアをノックする。
「はい」
部屋の中から返事が返ってきた。
アレシアは一度深呼吸をする。
ドアが開けられ、フィリスが顔を出した。
「あら、アレシア。どうしたの?」
「珍しいな。眠れないのか?」
二人は驚きながらも、外から帰ってきたときのアレシアの様子がいつもと違ったのもあり、やはり何かあったのかと心配そうにアレシアに声をかけた。
アレシアは服を握りしめ、俯いていた顔をあげる。
本当のことを話そうと口を開くが、心配そうに見つめるディーリアス夫妻の顔を見ると、言おうとしていた言葉は引っ込んでいった。
再び俯き、唇を噛む。
「とりあえず中に入りなさい」
アドルフがそう言うと、フィリスもアレシアの背に手をやり部屋の中に招き入れた。
アドルフとフィリスはベッドに腰かけたが、アレシアはその前に立ったまま、座ろうとはしない。
二人の優しさに、尚更言えなくなりそうだったからだ。
「何か話したいこと、あるんじゃない? やっぱり昼のこと……?」
「……何があったんだ。一人で抱え込もうとするな。……家族だろ?」
二人の言葉に、アレシアの中にいろんな感情が渦巻く。
この優しさを失ってしまうんじゃないか――。
でも言わなければ――。
言わなければ、これからも隠していかなければならなくなる――。
それはそれで嫌で――。
アレシアは服を握る手にさらに力を込め、目をぎゅっとつむり、そして口を開く――。
「――私、……皆に、嘘、ついてたの」
「嘘? ……どんな嘘なの?」
アレシアは小さく呟くように言った。
フィリスもアレシアが話しやすいように、彼女の言った言葉を繰り返し言い、そして問う。
「――私、……名前、アレシアじゃないの。本当は……アシュレイ、っていうの」
「アシュレイ……?」
アドルフがその名を繰り返し口にした。
「……火ノ国の王、アーデント女王の娘。……この国の、王女なの」
その瞬間、部屋の中が凍り付いたかのように静かになった。
アレシアはその沈黙にどっと恐怖が押し寄せ、それに急き立てられるように本当のことを全て話し出す。
「――っ私、お城ではずっと部屋にいて、いろいろ勉強しなくちゃいけなくてっ……外に出してもらえなくて……私、外に出てみたくてっ……お城を抜け出したの。私、お母様のこと“自分のお母さん”なんて、思えなくて、思った事なくて……。お城だってっ、“自分の家”だって、思った事ないっ……」
アレシアの目に、涙が溢れた。
「でも、ここは……ここにいるみんなは、温かくて……私、ここにいたいって思って……」
溢れ出た涙が、頬を伝い、次々と落ちていく。
「私、失いたくなかったっ……この場所が好きで……みんなが好きで……」
流れ落ちた涙が服にシミを作っていき、まるでアレシアの後悔と罪悪感を表しているようだった。
「……私、お父さんはいないから……それに兄弟や姉妹だっていなくて、いつだって一人で――」
瞬間――――。
「――もう、いいわ」
そんな言葉と共に、アレシアの体は優しい温もりに包まれる。
「あなたは何も、嘘なんてついてない。父親も兄弟姉妹もいない……母親だって、そう思うことができないならいないも同然だわ」
「いつだって一人ぼっちのような思いをしているなら、お前はここにいる資格は十分にある」
アレシアは恐怖に閉じていた目を開いた。
そして、自分が、アドルフとフィリスの腕の中にいることを知る。
「あなたの本当の名前はアシュレイでも、今ここにいるあなたは私たちの子供――アレシアよ」
「そのことに変わりはない」
そう言うと、二人は同時にこう言った。
「「話してくれて、ありがとう」」
失うと思っていたその温もりは、変わらず、アレシアを包み込んでいる。
そのことに、アレシアの目にはさっきまでとは違う涙が溢れた。
「ごめんなさい……。――ありがとう」
アレシアはそう小さな声で言う。
その声は震えていたが、彼女の表情は柔らかいものになっていた――――。
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