第74話 エルフのお葬式【ギャグ】
「それでは、これより、故人、王立図書館司書、リーリヤ・スタリコヴァの告別式を執り行います」
えんえんとエルフの子供たちが咽び泣く。
彼らは花を持って故人が眠る白い棺へと歩んでいく。
彼女に似合う――のかどうかわからないが、白詰草やらバーベナーやら、そこいらの空き地に生えていそうな野花を、次に次にとその中へと放り込み。
そうして、小さき彼らはもういちど、わっと、その前で泣いた。
はたしてこの子エルフどもが、リーリヤにとってのなんなのか。
ただの同僚である俺にはさっぱり見当がつかない。
リーリヤの子供か。それとも親戚の子か。まさか、近所のお子さんということはあるまいよ。図書館に引きこもっているこいつのことだ。
なんにせよ、こんな子供達に哀れまれて旅立てるのだから、喜ばしい限りだ。
「続きまして、生前の故人と永らく職場を共にした、喪主マクシム・シャロノフ氏によるご挨拶です」
脇に侍ってその様子を眺めていた俺は、何処からともなく聞こえてくるその声に、リーリヤが眠る祭壇の前へと歩み出た。
えぇ、おほん、と、小さく咳をして喉を鳴らす。
「このたびはお忙しい中、故リーリヤ・スタリコヴァのためにお集まりいただき、まことにありがとうございます。えぇ、思い起こせば、四六時中図書館につめており、とうとう最後のときまで本を読んでいた記憶しかないリーリヤでした。それが、ここまで多くの方に見送っていただけるとは。私の与り知らぬ所で、こんなにも彼女が思われていたとは驚きであります」
どういう意味よ。と、背中で声がする。
リーリヤならきっとそういうだろうと思う。やれやれ、自分の葬式だというのに、静かにすることもできないのか。
それも彼女らしいといえば、彼女らしいかもしれない。
思わず、こういう場だというのに口元に笑みが漏れた。
それでいいのかもしれない。笑って送れる方が、よい死に方というものだ。
「思えば、彼女と共に仕事をして十数年、一度も浮いた話もなければ、彼氏を紹介されたこともなく、家族といえば婆さんくらいしか顔も会わしたこともない訳で。必然まったく何の血縁もない私が、こうして喪主をすることになるとは、うすうす感づいていたわけでありますが、いざこうして、前に立って見ると、どうでもいいことばかりが思い浮かんできて、恥ずかしながら何を話せばいいやら困っております」
本当にな。
この図書館での彼女との思いでは、どれをとってもろくでもないものばかり。
そりゃこれだけ一緒に居れば、感動エピソードの一つ二つあってもいいだろうに、やれ、トウガラシ畑で号泣したり、やれ鮭がどうのキノコがどうの、やれ貧乳がどうこう言えば首をしめられ。
本当、人に語れるような、ろくな出来事がまったくないのはどうなのだ。
そんな奴を喪主に指名するなよリーリヤ。
そりゃまぁ、近くに居るのが俺しか居ないんだから仕方ないかもしらんけど。
と、しらける空気。
また俺は咳払いをして話を戻す。
そうね、そう、まずは死因を語らねば。
死因、死因。
ううん、そうだなぁ。
あのアホエルフ、どうやったらくたばるかね。
こうして目の前で死んではいるけれど、その死に様がまったく思い浮かばん。
殺しても死なぬというか、ゴキブリよりたちが悪いというか。
物理的な要因で死ぬようなそんなことは考えられない。
となると、ショック死、か。
「えぇ、かねてより彼女は自分の胸が人並みよりも小さい、どころか、子供に比べても発育が悪いことにかなりの負い目を感じておりました。訪問先で男と間違えられたり、ベニヤ板代わりに壁の補修やまな板になりそうになったりと、それはもうその胸のおかげで酷い目に合ってきた訳であります」
「ちょっと、なによその挨拶」
「あれはそう彼女が死ぬ前日のことでした。夜遅くまで仕事をしていた私は、ようやくそれを終えて自室に帰ろうとしました。と、その前に、せっかくなので終わらせた魔導書を、書架室の近くまで運んでおこうと思ったんですね」
「それがいったい私の死因にどういう」
「執務室にはこういうときに使うための手押し台車があるのですが、今日に限ってどうしてか見つからない。えぇい、これでいいかと、俺はソファで寝ていたリーリヤをうつ伏せにして、その背中に本を乗せたんですね」
いやぁ、まさか。
と、枕を入れる。
「滑る滑る。そりゃもう、普段使っている荷台なんかより、よっぽど抵抗なくすいすいと、床の上を滑っていくわけですよ。こりゃもう、いったいリーリヤさんの胸の抵抗係数というのはどうなっているのかと、驚いたものでね。いや、ほんと、勿体無いことをしたと思いますよ」
スキー競技でむねぞりとかうつ伏せ滑りとかそういうのがあったら、きっとぶっちぎりで優勝できるだろうね。
魔法も使わないのにそんな物理法則を無視したようなことができるなんて。
やっぱりエルフって凄いや。
まぁ、流石にそこまで言われて黙っている女じゃないわけで。
棺桶の中に居るはずのご主人様が俺を道連れにせんと首を絞めたのは、いまさらながら、簡単に予想できたことだった。
「いいじゃねえかよ、お前、俺のとき散々に言ってくれたくせに」
「ここまで酷くないわよ!! 何が摩擦抵抗なしよ!! ひっかかるくらいはちゃんとあるわよ!!」
「嘘だ、お前、そんな限りなく見た目フラットなのに」
「目には見えなくてもあるの!!」
目に見えなかったらないのと同じだろう。
なにスピリチュアルなこと言ってるんだよ。あぁ、そうか、死んでるっていう設定だからか。そうかそうか。上手いね、こりゃ一本取られた。
けど、女ゴーストだって、もうちょっと存在感のある胸してる気がするがな。
幽霊よりも存在感のない胸とか、ほんと、哀れなエルフだ、ぐえ。
「まったく!! 人が今度は死人役だからって、好き勝手なこと言ってくれて!! 普通にやればいいって言ったじゃない、どうしてそういう余計なことをするのよアンタって人は」
「しーっ、死人にくちなしだってば、リーリヤさん。お前、せっかくここまで順調に式が執り行われているのに」
「少しも順調じゃないわよ、ドン引きじゃない、周り!!」
言われてじろりと辺りを見渡す。
紙でできたエルフの弔問者たちが白い顔と白い目をこちらに向けている。
ううん、まぁ、確かにどっちらけって感じだ。
「まぁ、けど、仕方ないだろ。こんなに白くっちゃ、表情なんて分からんよ」
「真面目にやってよね。あんた、時間がないんだから。私、これメモして、今日中に田舎に帰らなくちゃいけないのよ」
はいはい、分かってる分かってる、と、後ろから現れたリーリヤに俺は言う。
前の棺桶の死んでるリーリヤに、後ろのいつもの調子のど貧乳リーリヤ。
どっちが本物のリーリヤかって、そりゃもちろん。
ちろり、棺の中を覗き込めば、それは一目瞭然である。
「お前さ、エンバーミングにしても、胸、盛りすぎじゃない?」
「だからそういうのどうでもいいから早くしてって!! 田舎で、私がエルフの葬式の作法を調べてくるの、皆待ってるんだから!!」
とまぁ、そんな訳で、もちろん、これは魔導書架での戯言の葬式。
第二十六書架、「葬式の魔導書」が収められているこの部屋で、例によって、葬式の真似事をしていた訳である。
どうしてか、と、言われれば、さきほどリーリヤが言ったとおり。
リーリヤの故郷で、御歳九百八十歳になる老エールフがお亡くなりになったのだそうな。
そりゃもう、人とは違う単位で生きているエルフ族であるが、死ぬときは死ぬ。
いちおう病気でもなんでもない、老衰による大往生だったから、まぁ、悲しむことはないのだけれども、問題はその葬式だ。
滅多に同族が死ぬことなどないエルフ族である。
そりゃもう葬式の仕方なんて、とんと忘れているわけで。
「図書館の文献と魔導書の実際の手引きを元に、向こうで司会進行しなくちゃならないのよ。おふざけしている時間なんてないの!!」
「たいへんだなぁ、お前も」
「人ごとだと思って!!」
悪い悪い真面目にやるから、と、リーリヤの肩をたたく。
こうして故郷を離れて王都で暮らしているこのエルフ娘だが、意外と頼りにされているのだ。
まぁ普段世話になっている、と言い切れるかは怪しいが、相棒をこれ以上困らすのはちょっと意地悪が過ぎるかね。
「あぁ、そんなこと言ってる間に、もう時間が」
「そんな急がなくってもいいじゃねえかよ。瞬間移動の魔法とか、そういうので、ひとっ飛びだろう、お前なら」
「その予定でもう時間がないのよ!! あぁ、もうしょうがない!!」
俺に向けていた月桂樹の杖を天に向けると、ひょいと頭上に円を描くリーリヤ。
図書館から直行とは、いささか大変だな。
「まぁ、頑張れやリーリヤ。葬式なんてそんな気張らなくっても、適当にやってれば終わるもんだ」
「なに言ってるのよ!! なんのために貴方、一緒にここに来たと思ってるの!?」
はい?
と、聞き返すよりも早く、俺の司会は虹色に染まっていた。
眩しい、なんだ、これは、と、瞼を閉じて開けば、そこには。
「あんれまぁ。人間の坊さんだぁ」
「リーリヤが人間のお坊さん連れてくるとは言うとったが、本に連れてくるとは」
「しっかしお前、中途半端な頭の丸めっぷりだべ。本当に坊さんか」
じろりじろりと、こちらを見るのは、リーリヤと同じ耳長き者達。
そして皺深き老人達。
ちょっと、待て。
「アンタと私で司会やるのよ!! ほら、ぼさっとしない、さっきの感じで、ハリアップ!!」
「聞いてないぞ!? そんな話!?」
「言ってないわよ!! そんな暇なかったし!!」
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