第52話 竜と追想【シリアス/ゲスト:ボールス】
「マクシムさん!! 頼む、俺にドラゴンスレイヤーを貸してくれ!!」
俺に会いたい奴が来ているのだがと、馴染みのギルドの受付嬢に聞かされて、街の酒場までほいほやってきた訳だが。
まぁ、なんというか、案の定な相談である。
俺は席に着くやすかさず給仕が持って来たミードを手にすると、目の前の男の話を右耳から左耳へと通した。
ぐいと、まずはその琥珀色の酒を飲み干す。
「いいね。こりゃ本場の味だ、どこで仕入れて来たんだか」
「話を逸らさないでくれマクシムさん!! 俺にはどうしてもあんたのドラゴンスレイヤーが必要なんだ!!」
「まぁそういうなよ。何をそんなに焦ってるのかしらないが、そんな調子じゃまとまる話もまとまらん。ここはひとつ酒でも飲んで落ち着こうや」
もう一杯、と、俺は傍を通った給仕に声をかけた。
命知らずの大馬鹿野郎とゴミ集めに熱心な蒐集家ならここで腹を立てて怒り出す。
使命を帯びた責任感の強い勇者だったら土下座をし、故郷を失った復讐者であれば涙か剣を出してくる。
ドラゴンスレイヤーを欲する人間の反応は、いやというほど見て分かっている。
さて、こいつはどうかな、と、眺めていると、その端に涙が浮かび上がった。
どうやら故郷を失くした口らしい。
「悪いことは言わん、そいつは忘れちまいなよ。腐り竜が理由でなくても、故郷を失った奴はいくらだっている。戦争、疫病、災害。別に珍しいことじゃない」
「竜に家族を、殺されてもか?」
「恋人を殺される奴だっているさ。腐っても相手は竜だ、ドラゴンスレイヤーと言っても万能の武器じゃない。拾った命を無駄に捨てるのは死者への冒涜だぜ」
「親しき人の死に眼を背けることのほうが冒涜でしょう」
「復讐も背けているのと変わらんよ。アンタは今、憎しみに酔ってるだけだ」
ミードがまた運ばれてくる。
こんどはその上澄みだけを舐めて俺は男から視線を逸らした。
復讐なんてするだけ無駄だ、と、無駄だったと、全てが終われば気がつくのだ。
憎しみはすべての感覚を麻痺させる。
そんな状態で成したことなどになんの意味もありはしない。
残るのは憎しみによって広げられた心の穴だけだ。
その穴を埋めるのにはまた永い年月がかかる。復讐よりも永い年月が。
だったら、そんなもの、空ける前に忘れてしまうべきなのだ。
「がっかりしたよ、マクシムさん。アンタの話を聞いて、アンタなら、きっと協力してくれるってそう思ったのに」
「おあいにくさま、誰にも強力しない、ドラゴンスレイヤーを渡さないから、最後のドラゴンスレイヤーなんだよ。そこのところ勘違いしてくれるな」
「極北の腐り竜。アンタが屠ったんじゃなかったのかよ」
「どうだったかね。忘れちまったさ」
俺の前に座っていた男は、飛び跳ねるようにして椅子から立ち上がると、俺に向かって背を向けた。
アンタみたいな腑抜けに縋った俺がバカだった。
的確に自己分析をしてみせた男。その腕を、待ちなよ、と、俺は捕まえた。
「お勘定。おごってもらえるっていうんで、俺はここまで来たんだぜ」
ちっ、と、舌打ちして、男は銀貨を二枚テーブルにたたきつけた。
まいど。腕を離せば、肩を怒らせて男は酒場の入り口から夜陰へと消えた。
さて、と。
「銀貨二枚もあれば一晩はのめるな。なぁ、ボールスよ」
「おまえな。あんな顔して頼みに来ている若人相手に、よく心にもないことを」
「あぁん、俺はばりばり本心で言ってるぜ。復讐なんてして何になるんだよ、まだ鳥の丸焼きのほうがよっぽどマシだ。鳥の骨だってしゃぶれば味がするだけいくらかってもんよ」
隣の席、それとなく飲んでいたのはボールスだ。
どうしても聞き分けのない相手の時には、彼に手伝ってもらおうと思っていた。
なにぶん、ドラゴンスレイヤーは、人に対してはたいそう無意味だ。腕っ節では、俺よりマシな冒険者はまたぞろいる。
彼は好物のウォッカ瓶を握り締めると、男が居なくなった席へと移動した。
「憎しみに酔っているか。確かに、酔って居なければ、あの竜は倒せなかったな」
「そうよな。体も、人生も、何もかもうっちゃって、そんな狂気でもってあの竜を殺して、残ったのがこんなボロ雑巾みたいな奴だぜ。どうして手を打って、よしやれ、お前は男だ、愛しき人の仇をとれ、なんて言えるかってんだ」
「たしかにそうだな」
「だろう」
「だが、仇をとったことは、誇ってもいいだろう」
「今になって気づいたのよ誇りじゃ飯は食えんとね」
「しかし、あの地に住む人々は、お前に今でも感謝しているだろう。彼女の家族も」
かもしらんね。
あの一件以来というもの、俺は忌まわしい盟約により、ここ王都の図書館に詰めっぱなしで行ったことがないからな。どういわれているかなど知った物ではない。
そもそも、そんな感謝が欲しくって、俺はあんなことをした訳でもない。
何故そうしたいのかも分からぬうちにしてしまったことなのだ。
酔っていたのだ。憎しみに。
そうしなければならなかったのだ。
「まだこうして、人に助けを請うくらいに、理性が残ってるうちは引き返せるさ」
「理性が残っていなかったら?」
「問答無用。相手をぶっ殺してでもドラゴンスレイヤーを手に入れる」
「経験者は語る、か」
「人を殺人鬼みたいに言ってくれるなよ。これでも気にしてるんだぜ」
「リーリヤさんを騙したことをか」
「まぁな」
そうでもなけりゃ、あのお転婆に付き合ってなんぞいられない。
あの復讐のために、俺は彼女に、取り返しのつかないことをしたのだ。
それを償えるならば、たとえ首輪に繋がれようと、狗の様に体よく使われようと、それで構わない。
俺が王立図書館に勤めている理由はそれだけだ。
「普段の様子じゃ、とても償っているようには見えないがな」
「五月蝿えよ。俺はこまごましたことをするのは苦手なんだ」
「まぁ、リーリヤさんと一緒に居ることが、少しでも罪滅ぼしになると思うのなら、そうするといいさ。おまえにはそれができる時間があるのだから」
そうだな。
俺が隣にいることでリーリヤの孤独が少しでも薄まるのなら。
俺が作った彼女の孤独が少しでも埋まるなら。
ミードに浮かぶのは、その黄金色と同じ髪をした女エルフの面影。
たまらず、俺は残っていたミードを飲み干した。
おかわりと給仕を呼んだ。
「まぁ、湿っぽい話はここまでにしてだ。これを見ろよ、ボールス」
俺は懐から、とっときの物を取り出した。
それは図書館で見つけた魔導書の一つ。リーリヤが、こんなものいったいどういう用途で使うのよ、と、言っていたくだらない魔導書。
触れたものの出身地を浮かび上がらせる魔導書。
パーティなどの席で、これを使うと若い奴らは大うけするらしい。
「机の下に忍ばせて、さっきの奴にそれとなく触れさせておいたのさ」
「おまえ」
「なになに、ふぅん、南部の農耕地帯の出身ねぇ。ふぅん、あの辺りに竜がでるってなると、王国としても痛い話になるわな」
何が言いたいのか、長年一緒に組んできた男なら分かってくれる。
案の定、やれやれと、ボールスは溜息と共に頭を搔いた。
「王立図書館は国軍にも顔が利くんだろう。根回しは頼むぞ」
「その辺りはぬかりなく。俺だって楽に越したことはないんだ」
「あと、何かあったときには家族に恩給が出るように」
「ピョートルの奴には頼んでおくよ」
「それと、あの男には貸さなかったが、俺にはどうなんだ」
もちろん。
「ナイフでいいなら貸してやるよ。最後のドラゴンスレイヤーに、こんなもんは本来必要ないからな」
「こんなもん扱いとは」
「しかし、俺に取っちゃ大切なもんよ」
たとえ不要でも。たとえ折れていても、な。
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