CHASE
みのわりか
第1話
今日もネオン街の夜が始まる。
太陽が眠りにつくのを見計らったかのように、駅前の路地に赤いちょうちんの花道が出来ていく。ちょうちんの表面には、流麗な筆書きの江戸文字、というのがお決まりだが、この街の店が出すちょうちんのなかには、取ってつけたように小さな横文字が書かれたものもある。昔はこの街に米兵があふれていた時期があったらしい。今でこそ自衛隊の駐屯地になった場所だが、以前はそこに米軍の飛行演習場があったという。
昼間はシャッターが下りている『横文字ちょうちん』の店の前を通りかかると、『軍事施設反対!占領はもう終わったはず!』という色あせたビラが申し訳程度に吊り下がっているのを知っているだけに、ジュンはいつもこう思う。
―ムリしちゃってぇ・・・。
「おっそいじゃん、図書館でお勉強か?」
『CHASE』の重い扉を開けると、カウンターの奥で、マサキが壁の時計を指差した。
「まっさか・・・あれ、マスターは?」
「オーディション。」
聞かれるのを待っていたかのような素早さで短く答えると、マサキはジュンの前にグラスを置いた。
「何か飲む?マスターのおかげで俺さぁ、ここんとこ来る度に店番なんだよね。あぁ、かったるい。」
とは言うものの、マサキの顔は笑っている。
『CHASE』は、店側と客側との境界が曖昧な場所である。そもそもは大学生だった当時のマスターが、友人4人と「ほんの遊び心で」始めた溜まり場のようなものだったらしい。5人はストリートだか、ヒップホップだかのダンスサークルで、プロを目指していたのだが、友人たちは次々と就職してしまい、結局マスターだけが最後まで「踊り続けている」のだそうだ。
「夢見るバカなんだよ、俺はさぁ。」
今までにも何度かマスターのオーディションの話を聞いたことがあったが、それ以上の話に発展しないところをみると、たぶん結果はあまりよくはないのだろう。酔うとひたすら陽気になってダンスの話ばかりするマスターだが、最近はその陽気な酒の合間に、気が抜けたようにこんなセリフを口にするようになった。
「いいじゃない、俺もヒマだし、早く来て店番しようかなぁ・・・時給いくらくれてんの?」
カルーアミルク、とグラスを差し出して、ジュンはマサキと目を合わせる。
「・・・ジュンちゃん、それ本気で聞いてる?」
「冗談に決まってんだろ、あのマスターがまともに給料くれるわけがない。」 そこで二人は同時に笑った。
ジュンが初めて『CHASE』に来たのは去年のことだ。大学で友達になった良太が、
「面白い店あるぜ」と教えてくれた。
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