ゲロ吐くほど嫌だけど僕は君を殴る
珈琲豆挽男
天使のゲロを舐めたい。
教室でゲロ吐いた→ゲロゲロ→カエル→キモい→キモくてゲロ吐きそう→ゲロマン→なんかエロい→マンゲロ→もっとエロい→
マンゲ。
っていう流れで中学校時代、男なのにマンゲというあだ名をつけられた僕だけど、正直ゲロ関係なくなっちゃったからいっそのことラッキーじゃんって思ってたら、やっぱり案の定狙い通り、僕がゲロ吐いた噂はその甘酸っぱい匂いと共に消え去ってくれて、結局中学の三年間いじめられることもなく、ただただマンゲって呼ばれながら過ごすことができた。
やったぜ。
そんなマンゲな僕こと
平等高校に向かって歩き始めた僕は、ほんの少しの肌寒さは新品でピカピカの学ランで完全ガードして、ポケットから取り出したイヤホンを耳につけ、あとはおばあちゃんから入学祝いにもらったお金で買ったiPodで爆音で音楽を流し始めれば完璧な一日のスタート。「のーみゅーじっくのーらいふ」なんて頭の悪いサブカル気取りの高校生が得意気に口にするのを見るのも耳にするのも嫌いで吐瀉物が吐瀉りそうなんだけど、やっぱり音楽は最高の暇つぶしだし、BGMとして僕のゲロやかな人生を彩る一つの必要な要素である事は認めざるを得ないっつーの。
病める時も健やかなる時もゲロ吐くの我慢する時も我慢できずにゲロぶちまける時も、BGMがあるだけで全然印象が違う。わかりやすく言うと、「ゲロ吐いちゃった……」ってなるのと「イエー!ゲロ吐いたぜフッフー!」ってなるくらい違う。わかる?わかんないか。どーでもいいよ。ともかく僕は今日、音楽のおかげでちょっと気分がいいってこと。
こういう日は良いことあるよ。マジで。そうだな、例えば超可愛い女の子が隣りの席だとか、自分以外の学校の男子が軒並み顔面偏差値アンダー40のブサイクばっかりで自己評価68の僕が一人勝ちでもう逆に居心地悪いッスわー、みたいな状況になったり。はさすがにないけど、そのくらい良いことがありそうな気がするんだよね。
そんな気分のいい僕は、家から平等高校まで大通りにそって一本道のこれから三年間お世話になる予定の通学路を、リピートで鳴り止まないロックンロールのリズムに合わせて、ラーメン屋あるじゃん、とかコンビニポプラだけかよー、とか思いながらノコノコって擬音がとてもよく似合う感じに気を抜いてノコノコ歩いてた。
そこでふと、道の途中に公園があることに気がついて、なんとなく公園の中をチラ見したら、あんまり可愛くない、というかいっそブスなんだけど、なんとなく性欲だけは強そうなマンボウみたいな顔した女が、一方華奢な体つきで、「誰かに守ってもらわなきゃ30秒もこの地上で呼吸できませんだれか私の酸素ボンベになってください」オーラ全開の髪の長い天使のお腹にそれはそれは見事な膝蹴りを入れる瞬間から、その後天使が崩れ落ち、地面に膝と手を着くのを目撃してしまった。
えっ何やってんの?ケンカ?って思ったけど思っただけで思ったままを口にできず、中途半端な正義感を振りかざすこともできない僕は、そのままマンボウが一回地面をグリグリ踏みなじったあとの真新しいローファーを天使の背中とか頭に置いて、同じように踏みなじる様子を、そんで天使の体がそれに合わせてグラグラ揺れるのを、なんとなく目を離せず、ただこれはケンカじゃなくてイジメなんだなって察して、自分自身に「ここでこうやって見てる人がいるってことにあのマンボウ女が気付いて止めるかもしれないから見ているんだぜ!」って言い聞かせながら見ていたんだけど、そんな自分が情けなくて一瞬で鬱。
あーもうBGMにもノレない最悪。
結局、マンボウは飽きたのか満足したのかわかんないけど、最後うずくまる天使のお腹を横からつま先で蹴り上げて、もう興味を無くしたみたいにまっすぐこっちに歩いてきて、僕に一瞥もくれず、欠片も気にかけず、公園から立ち去った。つまり、分かっちゃいたけど僕の視線は意味無し価値無しの無だったってことで、もっかい鬱。
もうずっと鬱。
でも天使が咳しながらうずくまったままで、これはもうさすがに行かなきゃって、無だった自分を有にするべく僕が天使の元に歩みよろうとした時。
「おゔ」
っていう低音を天使が漏らすと共に、びちゃびちゃと口からそれはそれはきれいなゲロを吐いた。
そのゲロは、もう普通にゲロで、僕は春風に乗って運ばれてきたあの酸っぱい匂いをかぎながら、地球上にあんなにこんなにきれいなゲロが存在したんだって感動してしまって、なんでか分からないけど、
あのゲロを舐めたい
そう思った。
けどまあ実際に舐めることなんてできないわけで、とりあえず僕は男として、というか人として。そう一人の人としてその天使に手を差し伸べてみることにしたんだけど、そこに下心が無かったかと問われれば果てしなく嘘だし、正直天使ちゃんとお近づきになりたいってことしか頭になくて、そんな煩悩まみれな僕はゲロの匂いで初めて存在に気がつきましたオーラを出しつつ、イヤホンをポッケにしまって、立ち上がったゲロまみれの天使に、今日イチのいい声で「大丈夫?」って声をかけた。
天使は肩で息をしながらそんな今日イチの僕に、
「余計なことしないで下さい」
って敵意むき出しの視線を向けながら小さな声で言った。
その時僕は天使のブレザーの胸ポケットに「平」の字をそれっぽくデザインした平等高校の校章がついていることに気付いて、ああ、女子の制服ってこういうデザインなんだーって考えることで現実と彼女の視線から目を背ける精一杯の自己防衛でもって、ちゃちなプライドを守ったつもりになったけど、正直守るべきプライドなんかねーだろマンゲ野郎って思って鬱。
結局天使はマンボウと同じように公園から出ていって、残された意気地も所在も無い僕は、足元の吐瀉物の上に桜の花びらが落ちてくるのを見て、なんか泣きたくなった。
やっぱ今日、最悪。
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