第3話 『廃病院で一夜を明かした話』

とりあえずスマホの電池が続く限りで(笑)


廃病院、始めましょうか。


怪談、というとなにを思い浮かべるでしょうか。

いや、これを研究しようとするとき、どこの門を叩くでしょうか。


民俗学も有りでしょう、考古学も有りでしょう。

ですが、今回は心理学部でのお話です。


確か20歳くらいの時だったと思います。

私はボランティアでノートテイキングとやらの活動をしていました。

耳の不自由な学生の隣で授業を受け、先生のセリフをひたすら書きまくって隣の学生に伝えると言う活動です。


優しさの表れというよりは、一講義500円というこずかい稼ぎをしながら単位も取れちゃう、ラッキーみたいな不純な動機でした。


が、それでも隣で授業を受けるのです。


その学生とは次第に仲良くなりました。

スラリとした美人さんで、ロングヘアの似合う彼女は、とても明るい女性で、夏目より2つ年上の4年生でした。

卒業後に留学するという彼女の専門は心理学。

行動心理学というのが正確なようですが、正直私にはさっぱりわかりません。


ですが、彼女が夏休みの最後に心理学実験をするというのが、とても魅力的に聞こえていたのはたしかです。


夏目もくるか?


というお誘いに乗ったのは、同じ学科のTとO。

先輩の方も3人ほど人手を揃えてきており、その中にはのちにお経を上げてくれるIさんもおりました。(第1話参照)

何をどう研究しているのかはわかりませんでしたが、卒論のためなのだと言われ、首肯したのです。


電車を乗り継ぎ向かったのは、住宅街の広がるとある場所でした。

私はてっきり山奥の廃屋のようなところに行くと思っていたので、少々拍子抜けです。

それでも建物を前にしたときは、どことなく緊張したおぼえがあります。


実験はとても簡単なものです。


あらかじめ病院にまつわる怪談を作り、対象者に話しておく。

対象者は仕掛け人たる協力者とともに病院へ向かう。

ルート通りに歩いてもらい、何が見えたかをアンケート方式で答えてもらう


というものです。



途中にはあるはずのないお面やら、色のついたカーテンやらが設置され(あくまでもさりげなく)、それが少しでも意識に入ると「幽霊」として認識してしまうとか何とかという話でした。


これを書くのに調べてみたら、エラーマネジメントとか、リスク認知バイアスとかが近いような気はしますが、よくわかりません。すみません。


廃病院は親戚づてで、本当に廃業した病院を1日だけお借りすることができたのだそう。


私たちは各自カメラを持たされ、担当箇所にカメラを設置し、その近くで待機することになったのです。


私が受け持ったのは二階の奥。ルート的には真ん中あたり、三階へ続く階段の近くにある、とある病室でした。

ここで待機して何か問題があったら出動する。


お化け屋敷の係員みたいなものです。


もちろん強力なライトも持って、トランシーバーも渡されました。


昼間のうちにセッティングも終わり、早めの夕食を食べたら実験開始です。


二組を見送ったときに、9時を少し回っていたでしょうか。


少し時間がありそうだったので、私はこの隙にトイレに行くことにしました。

トイレは一階の入口脇に一箇所だけ使用を許可していただいた場所があり、ペットボトルに汲んだ水を持って入ります。


私が用を足して出てきたときです。


「あ、三階に行っちゃうとまずいな」


という誰かの声が聞こえたのです。

時間が空いていると思ったのは勘違いで、きっともう一組あったんだと思い、私は急いで階段を上がりました。近道でポジションまで戻り、廊下を見ますが誰もいません。


不思議に思っていると、トランシーバーで

「その一組止めて」という指示が入ります。

「どの一組ですか」と返すと、一つ前のポイントにいた人から


「女の子二人組」


という答えが返ってきます。

一つ前のポイントを通過したらしい女子二人。


このまま行くと前の組と鉢合わせしてしまうので、ここでちょっと待ってもらうというのも、マニュアルにある行動でした。

マニュアルにはありました。

でも


「いないんですけど」

「え? だって通過したよ?」


トランシーバーからは困惑した声が返ってきます。


どこかで怖がってうずくまっているのかと、私は廊下を逆ルートで戻りながら、あちこちを覗きました。

昼のうちにあれこれいじっていますし、これが心理学実験であることを知っている私には、夜の病院というのも不気味さ以外の恐怖はなかったのだと思います。


できる限りのチェックをしながら一つ前のポイントにたどり着くと、そこには不思議そうに首をかしげる係員がいるだけです。

次のポイントにいるはずのOに聞いても誰も来ていないというし、そのすぐ先にいるIさんも同じようなことを言います。

二人に合流してもらって参加者と一緒にルートを逆走しながら戻ってきてもらいました。

総勢6名が、私の担当の前ポイントに当たる、第二チェックポイントに集まります。

結局ぞろぞろと数を増やし、全員でスタート地点に戻りました。


ちなみにチェックポイントは、一階に二箇所、二階に一箇所、三階に二箇所だったと思います。

どこへ行ってしまったんだろうと思っていると、

二人の女子がやってきました。


「9時半スタート予定のY山です。遅れちゃってすみません」


私たちは一斉に先輩を見ました。

先輩もびっくりしています。


慌ててポイントに戻って再開です。

楽しげに震えながら通過する女子二人組を見送り、誰かの妹だか弟だかのカップルを見送り、大学生のグループを二組見送って終了です。


そろそろ日付が変わろうかという時間でしたが、機材を回収して、私たちは入口近くの一室に集まって、アンケートを見ながらダラダラと感想を言い合っていました。


ちなみに機材は何か事故があったときのために撮っていたビデオで、これ自体が何かの資料になるわけではありません。

それでも若い興味で、そのビデオを見ながら夜長を過ごしていたわけです。

「あ、これ……さっきの女の子たちじゃん」

そう言ったのが誰だったかは思えていません。

しかし私たちは、皆その二人の映像を見ました。

小さな画面を遠くから見たので定かではありませんが、女の子二人組がカメラの前を通過したようでした。

カメラはポイントの中間に置かれていたのですが、第二ポイント前のビデオに彼女たちが写っています。

私がいた第三ポイント前のカメラは感度が悪くて、人影の通過くらいしか捉えられなかったので、早々にデータを消してしまっていました。

そして、ふと気がついたのです。


カメラの時刻が9時半であることに。


私は少々混乱していました。


実際に二人が来たのは9時半を回っていたはずです。

そういえば、二人組がどうとかっていうゴタゴタもありました。


9時半前にポイントを通過する女子二人。

私たちがスタート地点に戻ってきたときに来た二人。


ゴタゴタに関しては、気のせいだったと結論付けていた私たちは唖然とするほかありません。


9時半前の二人組はいたのでしょうか。

そして私たちは二人組に気づかずにすれ違ったりしていたのでしょうか。


「時間的には夏目一人がすれ違ってる可能性が高いな」


一人スタート地点に担当だったTがニヤニヤと笑っていたのだけは鮮明に覚えています。

ええ、実習でプルプル震えていた彼です。


あの二人組、本当にいたのかな。


相変わらずオチもなく。

失礼しました(-_-;)


そういえば、なんの縁なのか、私はその後そこの近くで暮らしたことがあるのです。

病院は解体され、10棟くらいのおしゃれな建売住宅が建てられました。

今ではとても明るい一角になっています。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る