夏目の怖いかもしれない日常

ナツメ

第1話 『土葬墓に落ちた話・石臼』

この話は実話をもとに書かれています。

オチが無い場合も多々ございます。

何も無いとは思いますが、何かあったらごめんなさい。

閲覧はご自身の責任でおねがいします。








 ホラーなものもご紹介いたしましょう。


 私たちの実習では墓を暴きます。もちろん許可を得て、掃除をしますと食い下がって墓の拓を取らせていただくのです。

 他大学との合同での実習の際、土饅頭(土葬の時に棺桶を埋めて余った土を盛った部分)は、絶対に踏むなと言われていました。


 地中の棺桶は年数とともに腐り、上の重みに耐えられなくなって土饅頭が自然とただの地面になって弔い上げ(これ以上は供養しなくても良いよ)という事になる地域だったのですが、その状態になる前でも、上に乗ってしまえば重みに耐えられない棺桶が崩れ、土とともに乗った人が落ちるからです。


 もちろん、墓地にあれば気をつけますが……墓地の横が公園とかになっていると境目がわからず、結果として土饅頭に気付かずに踏んでしまう事故があるのです。



 子供なんかが落ちる事が多いのですが……







 ある日、実習中に昼ご飯を公園で食べていたときの事です。






 夏に近い時期だった事もあり、私たちは木陰を求めて、とある公園の隅にあるブランコの周りに集まっておりました。

 公園の奥には神社があり、午後は神式のお墓の拓を取らせてもらう約束だったのです。

 ブランコには二つ座る部分があり、女子が二人座っておりました。


 私は、ブランコの冊の部分の一番奥の一辺に腰掛け、既に食べ終わった昼食のゴミを手の中でまとめているところでした。

 


 ところで、私たちのチームには他大学のK君という長身の男がおりまして、なかなかに見た目も気も良いヤツでしたので、彼が私の持つゴミに気がつき



「あれ、食い終わったの? じゃあオレ捨ててくるよ」



 とかなんとか言いながら、私の横から立ち上がって、柵を跨ぎ越したのです。

ブランコの内側から外側へ。

 それは単に、まだ昼食を取っている女子たちのわきではなく、外側を回ろうとした彼の優しさだったのでしょう。




 でもこれが間違いでした。




 お気づきでしょうね。

 そう、そこには年月を経て、今にも地面に還りそうな土饅頭があったのです。

 よくよく見れば20センチほどの木板が立っていたので、不注意としか言いようがありません。

 彼は、柵の外側に足をつけ、一歩踏み出し



 落下しました。



 180を越える長身が、何かを滑り落ちるように奇妙な速度で地面に吸い込まれたのです。

 その隣には私が居ます。

 とっさに手を伸ばした先が夏目の首であったとしても、きっと誰も文句は言えない。

 私だって言うつもりは……いや、あるけど。


 私は私の様子を観ていた訳ではないので、あとで聞いた話ですが、

 Kは足から、私はダイビングのときに船から海へ入るように背面から、落下しました。

 その瞬間は正直、一瞬だけ意識も落ちたのだと思います。

 思いっきり首しまってたし。


 目を開けたときには真っ暗で、息苦しさに目の前の物を押し返しました。

 それなのに、一向にはがれない。Kの背中か腹なんですが、離れない。

 大の大人が二人、穴に落ちたのですから、まあ仕方ないのかもしれませんが、それにしたってがっちりホールドすぎる。

 どうも、Kが私の頭部を腹のあたりで抱えているようなのです。



 頭を打たないようにするなんて、Kイケメン!



 とか、そんな理由じゃありません。

 落下の状態をお話しましたよね。Kは足から、私は背後という後頭部から。

 私はほぼほぼ逆さです。上を向いているはずです。

 なのに腹。



 Kの腹の圧迫に苦しみながら、土饅頭踏み抜きやがったなと考えていました。

 そのときに、嫌な予感が過ったのです。

 この匂い。



「K!! 良いから落ち着け。上向いて」



 状況は把握しました。Kは体育座りの要領で、横から滑り落ちてる私の頭を抱えている。



 

「とりあえず、吐くな!」



 そう叫んだ私は非常でしょうか。


 弔い上げに近い状態では、遺体は白骨化している事がほとんどです。屍蠟化していることも稀にありますが、日本では本当に稀だそうで。

 私たちが落ちてしまったところも白骨のご遺体があった場所でした。

 カビ臭いような、独特な匂い。これは私たちに取っては馴染みのある物です。

 それに加えた生き物の、特有の匂い。

 なんとか友人らに引き上げてもらったもの、Kはだいぶダメージを受けているようでした。



「折れちゃった。折っちゃった」



 そういって頭を抱えています。


 私は穴をもう一度覗いてみました。

 Kが持っていたゴミを、ベルトを友人に持っていてもらって拾い上げ、その際に地面を少しだけ触らせてもらいました。

 そこには何も無い。でも、きっとKには感触があったのでしょう。

 自分の下で何かが折れてしまったという感触が。


 わざとでなくとも、許される話ではありません。

 私たちは神社の方に事情を話し、埋葬のし直しをさせていただく事になりました。

 ご遺族の方は「良くある事だ」とおっしゃって下さいましたが、それでも許されるミスではありません。

 あと数年で弔い上げということで、少し早めて骨壺におさめるのをお手伝いさせていただきました。

 そこはそれでなんとか収まりました。


 ですが、Kはだいぶ気落ちしておりました。

 ちなみにココからがちょっとホラーです。


 注意。


 気落ちしたKを励ましつつ、当初の予定であった墓拓を取っておりました。

 でもKはどこか上の空。まあ、仕方がありません。

 予定も少し押してまして、私たちは焦って作業をしておりました。

 Kは使い物になんないし。

 そんなKなのですが、この日は本当についてなかった



 神式の墓はあまり馴染みが無いかもしれませんね。


 まるで社の様に、四角い箱とその上に屋根が乗る石造りの構造で、箱の中には幣(紙を折って作る、神主さんが降るヤツ)の小さいのが入れられています。

 その屋根の内側に名前等が彫ってある事が多いので、男どもは屋根を持ち上げ、 女子が拓を取るという分業がなされておりました。

 そんなKが屋根部分を持ち上げたときです。

 もろくなっていたのでしょう、屋根部分の石がまっ二つに割れ、持ち上げていたKはその場に尻餅をつくはめになりました。

 その場所が良くなかった。


 私は別の場所で作業をしていたので、直接はみていないのですが、割れた石とKが押し倒したのは、なんだか小さな石の固まりが二つ。

 おそらくはそれも墓石だったのでしょうが、あまりにも小さかったので拓を取る事はせずにいたものでした。


 作業が終わったあとに、屋根石の件と石の件をご報告しました。

 石はもろくなっていたのがわかって、むしろ良かったと言っていただいたのですが、どうも話が噛み合わない。




「あそこは、古い神職の墓だから、小さい墓は無いはずなんだけど」



 そんな事をおっしゃいます。


 だいぶしゅんとしていたKですが、自分が押し倒してしまい、直した石です。無い訳が無いと主張しておりました。

 折しも時間は昼と夜の境目。

 私たちはライトを持って墓地へと向かったのです。神主さんをお連れして。


「ココです」


 Kがそういって指差した先には、確かに手のひらほどの石が三つありました。


 三つあったのです。


(二つって言ってなかったっけ?)


 という私の疑問に、他の皆も行きついていたのでしょう。



「あれ?三つだっけ?」



 なんていう声も聞こえます。

 すると神主さんが、ちょっと考えるそぶりをして


「私は知りません。見た事も無い」


 とおっしゃるのです。もちろんいたずらをした訳ではありません。

 そもそも一度やらかしてますし、そんな事はできるわけがありません。

 私たちは首を傾げながらも礼を言って宿へ帰りました。


 その夜のことです。



 Kの友人からメールが来たというのです。

 見せてもらうと




「Kがむっちゃ吐いてるんだけど、何か変な物くった?」



 という内容でした。

 私たちは顔を見合わせましたが、思い当たる物はありません。

 同じような食事をして同じような行動をしていたはず。

 すぐに次のメールが来ました



「夏目って人は平気?」



 私は、風呂上がりの頭を振って、平気だと答えました。

 全然平気です。夕食だっていつもより余分に食べたくらい。


 確かにKと私だけは、穴に落ちました。

 でも、私には何の不調もありません。

 仕方なく、私は同じ班の友人Tと連れ立ってKの宿へと行きました。

 真夜中に近い時間で、実習先は山に近い場所という事もありとても静かです。

 宿では確かにKが苦しんでおりました。

 病院へ行くほどではないと言い張るのですが、吐く物が無いだけで吐き気は収まらない様子です。

 しきりに腰の辺りを押さえるので、ひんむいてみたら



「なにこれ?」



 彼の友人がそういうのも無理はありません、まるで粗いほうきで掃かれた地面のような傷跡と、こぶし大の痣が二個。

 私とTは顔を見合わせました。ですが



「穴に落ちたときに腰を打った」


 その痣だと押し切る事にしました。

 Kは何となくわかっていたとは思います。


「明日、もう一度神社に行くよ」


 そういうとKも頷いていました。


 帰り道、Tは何度も後ろを振り返ります。

 理由を聞くと


「なんか、音がする」


というのです。私には全く聞こえません。



「なんか、音がするんだって」

「音なんかしない」

「するよ。なんか石臼みたいな」

「しない」



 そんなやり取りをしながら宿へ戻ってきたのですが、宿では一つ年長の男が、玄関先で待っておりました。

 中へ入ろうとすると、手のひらで制されます。


「話は聞いた。先生が一度、外で経でも上げてこいと言ってる」


 そういうのです。



 引いてはいけません。



 私の通っていた大学は、仏教系。

 待ってくれていた先輩は仏教科4年の、頭の丸め方もすばらしいお坊さんです。



「経なんて知らないだろうから、オレが派遣された」


 ええ、もちろん経なんてあげられませんとも。

 例え学生手帳に般若心経が書かれていても、私たちには縁遠い。


「良いから、さっさと来る。酒飲んじゃって眠いんだから」


 そう言われるがままに、裏庭へ行き、古めかしい二層式洗濯機の隣で経を読まれました。


「やっぱり聞こえる」


 Tは経の最中にそういいます。

 私には何も、いえ、経を上げるイケボイス以外には何も聞こえません。

 むしろ近所の肩に、これは恐怖ではとか考えておりました。


「やっぱり聞こえる。石臼、みたいな」


 むくつけきTはそういってすり寄ってきます。

 暑苦しくてむさ苦しい。大層迷惑な行為です。


「聞こえないのかよ!」

「だからそういってんでしょ!」


 聞こえない物は聞こえない。


「……夏目には聞こえないよ」


 そういった先輩の声が一番恐ろしい響きを持っておりました。

 先輩はそういってじっと左側、道のある方を見るのです。

 私も思わずそちらを見ました。


「Tは見るなよ」


 私は良いんか……と、なんだか複雑な気分ではありましたが、Tはそれを守ってじっと地面を見つめています。

 道には、何も変わった事等ありません。軽トラが一台停まっているのがかろうじて見えるだけ。


「何か見えるんですか?」


 そう聞いたものの、先輩は何も答えてはくれず、経を読み直しました。

 部屋に入り、Tをなんとかなだめて布団へ押し込むと


「明日、神社に行ってみようと思うんですが」

と、先輩に聞いてみました。



「……お前一人で行けよ?」


「は?」

 どういう意味なのでしょう。


「夏目一人でいって……石、見てこいよ」

「はい?」


 何がなんだかわかりません。でも、翌朝「夏目君は午前中用事を済ませてから、班に合流ね」と先生からも言われます。

 私は釈然としない気分で神社に向かいました。


 社務所のドアを叩く前に、私は一人で件の墓地へと行ってみる事にしました。

 小さな階段を上がったさき、いくつかの神式の墓。一つは屋根が折れてしまっていますが、なんとか整えて乗せてあります。



「……? ……あれ?」


 石が何処にも無いのです。

 正確には二つか三つあった石が、無いのです。

 一つだけ昨日見たのよりもだいぶと小さなものがあるような気がするのですが、もはや注視するほどのサイズでもない。

 ただの石。意味を持たせる事も難しいサイズです。


 首を傾げながら社務所へ行きました。


 きのうのお詫びとして、日本酒をおさめさせていただき、墓地の事を話しました。


「……昨日の夕方も、そんな物は無かったよ。君たちがあるあると言っていたから、困ったんだけど……まあ、昼間の件もあったから動揺しているのかと」



 そう、おっしゃるのです。


 Kの件をお話すべきかどうか迷いましたが、結局何も話さずに帰りました。

 KもTも翌日はけろりとしていて、特にKは詫びに行った私に盛大に昼飯をおごってくれましたが、本人もいつも以上に食べていた気がします。

 その後は何もありません。


 いつだったか、先輩に会ったとき


「あのときさ、オレもゴリゴリって感じの音聞いてたよ。それに……Tの手のところにさ、なんかぶら下がってる気がしたんだよね。オレはあんまり法力とかそういうのわからん坊主だけど……まあ、なにごとも無くてよかったな」


と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る