ラノベ研究会の謎子
凡木 凡
第1話
謎子は怒ったような困ったようなそんな顔をして、すぐに僕なんか気にしないという素振りで再び手元の文庫本に目を落とした。心なしか頬が赤らんでいるように見える。
ノックもなしに突然入室したのを怒っているのだろうか。
秋葉原執筆機械のメンツの中でノックして入るようなデリカシーのある奴は1人もいない筈だが。僕は彼女と斜向いの席に座ると、気まずさを紛らわせる為に興味もない文学雑誌をパラパラとめくり始めた。
秋葉原執筆機械とは、文字通り秋葉原を拠点に活動するサークルである。活動内容は主に小説の執筆なのだが、プロ目指してまじめに執筆に取り組む奴もいれば部室に来てもアニメの話だけして帰ってしまう様な奴もいる。
そんな感じのゆるいサークルなのだ。
そんなサークルにも文芸サークルを称する上で重要な活動として夏冬のコミケ参加があり、これは一応部員全員が参加ということになっている。僕が今日この部室に顔を出したのも冬コミ向けの制作物のサークル内評議に参加するためだ。
「ご主人様ぁ、早く起きないと下腹部にすごいことしちゃいますよぉ!」
忘れないように予め集合時刻の30分前にセットしていたアラームが室内に鳴り響く。
謎子がびくっと体を震わせ、ずれた眼鏡を直すとこちらを睨んだ。
僕がアラームを止めると、謎子は何も言わずにまた本を読み始める。部室に静寂が戻った。
「あの、あのさ……」
気まずい空気を我慢できなくなった僕は、ついに謎子に話しかけた。謎子は僕の方を向くも、返事はない。
「さっきのメザボはさ……あ、メザボってのはアニメの女の子が喋って起こしてくれる目覚ましボイスのことなんだけど」
謎子は興味なさそうな顔をしている。
「あ、いやメザボの話はいいんだ。謎子、あんまりアニメとか詳しくなさそうだし」
「……謎子?」
彼女がついに口を開いた。
「謎子って何?」
「あ、ごめん。謎子って、俺らの中でのお前のあだ名でさ。ほら、お前いつも黙って本読んでばかりだろ。存在自体が謎だから」
「だから謎子?」
「うん」
「……最低」
謎子はそう言うと、読みかけの本を乱暴に鞄に放り込むと、部室から早足で出て行ってしまった。ピシャンと閉まったドアがすぐ開き、入れ違いでヒョロ沢が入ってくる。
「おい、何かあったのか?」
何か、というのは主語こそなけれど謎子の事を指しているに違いない。
「うん、あのさ」
「いいよ、聞きたくない。巻き込まないでくれ」
「なんだよ。まあ、いいや」
僕はそう言うと、自分の鞄からアニメ雑誌を取り出してヒョロ沢の前に出した。
「なあ、今期のアニメ、この子ぶっちぎりじゃね!?」
「俺アニメあんま知らないし」
「いやそうじゃねえよ、お前の純粋な」
「いいからお前アニメの話ばっかしてないでたまには原稿やれよ」
ラノベ研究会の謎子 凡木 凡 @namiki-bon
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