改心の橋

仁志隆生

改心の橋

 むかしむかし、あるところに豊作という男がいました。


 この男は野盗の頭だったが、ある村を襲おうとしたら怖いオバケが出て気を失ってしまったので、たくさんいた手下達は皆逃げて一人になってしまいました。


 一人になってしまった豊作はたいしたこともできずにあちこち転々としていましたが、そうしているうちに蓄えもなくなり、空腹でとうとう行き倒れてしまいました。

 そこはお寺の前でした。


「和尚様、表で人が行き倒れています」

「なんと。すぐ寺の中に運ぶんじゃ」

 和尚さんと小僧は豊作を寺の中に担ぎ込み、食事をさせました。


「どうじゃな、腹一杯になったかの」

「へえ、おかげ様で」

「そうかそうか、まだ体が弱ってるようじゃからゆっくり休んでいくがええ」

 和尚さんはそう優しく言いました。

「……和尚さん、あんた俺の格好見たらわかるだろ、こんな悪党助けて後で襲われるとか思わんかったのか?」

 豊作は不思議に思って尋ねました。

 すると和尚さんは

「いやいや、お前さんが本当の悪党ならそんな事言わずに黙ってそうするじゃろ?」

 そう言いました。

「……そうしようかとも思ったけど、こんなに親切にしてもらったできねえって思ってしまった。以前なら構わずやってたのに」

「それはお前さんの心の奥底あった善の心が表に出てきてるのじゃろ」

「そうなのかな? ところでこれからどうしようか」

 豊作が考え込んでいると

「行くところがないならここで僧侶になる修行をするか?」

「え、いいんですかい?」

「ああ、いいとも」

 こうして豊作はお寺で修行をすることになりました。




 月日が流れ

「もうここでの修行は一通り済んだ、どうじゃな、ひとつ旅に出て外で修行してきては」

 和尚さんはそう言いました。

「はい、わかりました、そうします」

「しっかりやってくるんじゃぞ」

 豊作は旅に出ました。



 旅に出てから先々でいろいろな事を聞きました。

 ある所ではお地蔵様が食い逃げしたとか

 またある所では鬼が仇討ちをしたとか何やら不思議な話もありました。



 そして幾度も季節が変わったある日の事。

 旅を続けていた豊作は険しい山道を通り抜け、ひとつの村にたどり着きました。

 そこは小さな寂れた村でした。

 

 豊作はしばらく村の中を歩いていましたが、なかなか人に会いませんでした。


「ここには人はいないのか?」と思っていたら、一軒の家から村人らしき男が出てきました。

「お坊様、こんな所までよう来られやしたね。何か用でもあっての事ですかい?」

「いや、特に行くあてもない修行の旅でたまたまここに辿り着いたんです」

「そうですかい。しかしこの村まで来るのは大変だったでやんしょ? なんせあの険しいところしか道がないもんだから」


「はい。ですが昔からそうだったんですか?」

「いえ、昔は山の麓に道があったんですけどね、何年か前に大きな地割れができて通れなくなったんでさ。そのせいで他の村との交流もなかなかできず、どんどん寂れていったんでさ」


 それを聞いた豊作は、そこが見たいと言って村人に案内してもらいました。


 そこには見事なまでに大きな地割れがありました。

「これじゃあ鳥のように飛ばない限り通れんわな」

「へえ。吊り橋をかけようかとも思って向こう側に矢を放っても、風が強くてどうやっても届かないんでさ」

「なら隧道を掘るというのは?」

「この山の岩は固いんでどれだけ頑張っても無理でさあ」


 うーん、何かいい手はないかの。

 豊作がそう考えてると


「あの、坊様。違ってたらすまねえが、あんたひょっとして野盗の頭の豊作じゃ?」

「!? なぜ……あ、お前さんもしかして」

「子分のタカでさあ、お頭」

 どうやらこの村人のタカは豊作の元子分だったようです。


「わしはもう野盗の頭じゃないよ、修行中の坊主だ」

「そうですかい、もう足洗ったんですか、あっしも足洗いやした。すいやせん、あの時逃げ出して」

「いや、それはもういい、ところでどうしてここに?」

「あの時お頭、いや坊様のところから逃げ出した後、そこらを転々としてたんでさ。そして地割れができる前にこの村に来て、そこで病にかかって倒れたんでさ」

「そしてこの村の人達に助けてもらったというわけか」

「そうでさ。まあ、最初は治ったら金目の物盗んでとんずらしようと思ったんですけど、この村の娘っ子が一生懸命看病してくれたもんで」

「で、その娘さんに惚れてしまったから足を洗ったと?」

「へえ、そんなこんなで今はその娘と夫婦になってこの村に住んでやす」


 とまあタカと再会した豊作は、しばらくの間思い出話に花を咲かせていましたが

「ああ、長々と話し込んでしまったな。さて、どうするか」

「どうしやすかね」

「うーん、鳥が向こうまで紐を咥えてってくれたらいいんだがの」

「そりゃ無理でしょ、オバケとかならできるかもしれないですけど」

 タカがそんな事を言った時


「そうだ! オバケだ!」

「は?」

 タカは豊作が何を言ってるかわからず首を傾げました。


「ああ、わしらが脅かされたオバケの事だよ」

 豊作は以前あの村で自分達が脅かされたオバケの事を言いました。

「え? もしかしてあれに頼む気ですかい?」

「うむ、旅の途中で聞いたんだが、あのオバケは人の心を映し出す力を持ったオバケだったようだ」

「そうだったんですかい。じゃあ、あの時のあっしらは悪党だったから、恐ろしいものに見えたのか。しかしあのオバケ、話を聞いてくれますかね?」

「あのオバケは話が通じないわけではないそうだからな。きちんと話せば頼みを聞いてくれるかもしれん」


 そう言って豊作はあの村へ旅立つことにしました。

「じゃあ、お気をつけて」

「ああ、待っててくれ」


 はたしてオバケは頼みを聞いてくれるだろうか。

 それと今の自分にはオバケがどう見えるのか。

 豊作はそう思いながらオバケの住む村へ向かいました。




 そして数日かかって村に着いた豊作は、村人にオバケがどこにいるか尋ねました。

「ああ、オバケなら今はお寺で子供達と遊んでますよ」

 そう言われてお寺に向かいました。


 お寺に入ると

「ああもし、どちらの方かな?」

 ここの和尚さんが声をかけてきました。

「はい。修行中のものですが、こちらにいるオバケにお願いがあって来ました」

「ほう、どんなお願いですかの?」


 豊作は事情を話しました。


「そうでしたか、じゃあ連れてくるので頼んでみなされ」

 そう言ってから和尚さんはオバケを連れて来ました。


 オバケは愛嬌のある顔でふわふわと浮いていました。

「どうかお願いします、力を貸してください」

 そう言って頭を下げて事情を話しました。


 話し終えたあとおそるおそるオバケの顔を見ると、オバケはニコニコと微笑んでいました。

「……これが今のわしの心の中なのか?」

 そう思っていると


「そうだよ」

「うお、喋った!?」

 豊作はこのオバケは喋れないと思っていました。


「オイラ喋れるよ。普段はあんま話さないだけ」

「なんと。そうじゃったのか」

 どうやら和尚さんもオバケが喋れる事は知らなかったようです。

「まーそれより話はわかったよ。じゃあ早速行こう」

 そう言って豊作の手を掴むと、二人共ふっとその場から消えてしまいました。




 気がついたらあの村にいました。

「坊様、よくお戻りに。オバケさんもよく来てくれやした」

 タカが出迎えてくれました。

 どうやらタカにもオバケは愛嬌のあるいい顔に見えてるようです。

 タカは「よかった……」と思いました。


 そしてあの地割れのところに行き

「じゃあ始めるね」

 オバケがそう言って長い紐を持つと、あっという間に向こう側に飛んでいき

杭を打って紐を固定しました。


 それを何本かやった後

「あとは自分達でできるよね」

「はい、ここまでやっていただいたら大丈夫でさ」

「それじゃあオイラ帰るね」

 オバケがそう言って帰ろうとすると

「あの、何のお礼もせずに帰ってもらうのは。せめて晩御飯でもどうでやす?」

 タカはオバケを引き止めました。

「そう? じゃあ食べる」

「じゃあどうぞ、うちの女房の作る飯はいけますぜ」

 こうして晩御飯をご馳走になり満腹大満足のオバケは

「じゃあ、またね」

 そう言って帰っていきました。


「行ってしまったか」

「ええ、坊様」

「……わしは今はあんなニコニコ顔の心を持てているんだな」

「あっしもあんないい顔の心になってるんでやすね」

「さあ、明日から一生懸命橋を作ろうか」

「ええ、そうしやしょう」


 こうして二人はオバケがかけてくれた紐を元に吊り橋を作り始めました。

 村人達も二人を手伝い、また他の元子分達もすでにどこかで改心していて、話を聞いて二人の元に駆けつけて来て一緒に働きました。


 そうして橋が完成しました。

 不思議なことにこの橋、どんなに重い物が乗っても揺れずに紐がちぎれる様子もありません。

 そのおかげで余所からの品物も持ってきやすくなり、村に活気が戻りました。


 

 それから……


 タカは子供のいなかった村長に後を継いで欲しいと頼まれて新しい村長となりました。

 他の元子分たちもそれぞれ別の場所で真面目に暮らしているそうです。


 豊作はというと、村人達に請われてこの村に留まることにし、寺を建ててそこの住職となりました。

 住職となった豊作は自分の体験談を皆に伝えていきました。




 そして橋はいつからか「改心の橋」と呼ばれるようになりました。



おしまい

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改心の橋 仁志隆生 @ryuseienbu

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