第19話 夏休み前のイベント

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 最近、気温が急に上がってせみが鳴き出した。地中での鬱憤うっぷんを晴らすかの様な大合唱だ。

 蝉は一週間しか生きられないというが、実は違う。天敵に襲われなければ、三週間から一ヶ月も生きるらしい。

 もっと言えば蝉は暑さが苦手で、春や秋に地上に出てきた蝉は三ヶ月も生きるみたいだ。なんでわざわざ暑い時に出てくるんだか……。

 蝉に限らず夏は虫が活発化する。リア充も活発化する。つまり虫イコールリア充という等式が成り立つ。

 昼休みの今も教室の廊下側の後方で、上位カーストが無秩序むちつじょな大合唱をしていた。

 話題はどうやら球技大会らしい。


「いやー今回はうちのクラス、強いっしょ」

「うちにはサッカー部のエース、苧環おだまきがいるからな」


 という会話が俺の耳に届く。

 苧環というのは、うちのクラスのトップカーストの男子だ。女子に人気があるらしく他校でもファンがいるとか。

 夏休みまで残り二週間を切り、球技大会は来週にある。夏休み前の最後のイベントってことで今から盛り上がっているらしい。まぁ俺には関係の無いことだ。

 俺は陽射しの強い外に目をやる。教室の中も外も耳障りな声が響いていた。



 「それじゃ、球技大会の運営役員を決めるぞー。」


 うちのクラスの担任、小山おやまが帰りのHRホームルームでそう言った。

 名前に反して大柄で、四十を過ぎた男で声がでかい。そのくせネチネチした性格で、この先生を嫌っている生徒は多い。もちろん俺も嫌いだ。


「役員やりたい奴はいないかー?」


 先生がそう言うと、普段うるさい奴らも机とにらめっこする。


「これじゃ決まらんな……そうだ、紫花しばな天雄てんゆう、お前らがやれ」


 なんでリア充ってこういう時は静かになるんだろ……。


「紫花、天雄はこの前遅刻した時に雑用をやらせるって言ったろ?」


 この教師は三週間も前のことを引っ張り出してきたよ……。しかもこの仕事、雑用ってレベルじゃないだろ。


「はい、じゃあ下校していいぞ。二人はこの後、大会議室に行くように」


 そう言って、先生が出ていくと生徒も帰りのムードになった。

 ……あの教師め。こういう行事に普段目立たない奴を出したら悲劇しか生まれないんだ……。


「陽介ー、どうしよー……」


 茜は俺に助けを求めてきた。


「行くしかないんじゃないか? 行かないと、また面倒なことになるし」


 俺の声も沈んだものになる。


「陽介と一緒なのが、せめてもの救いか……」

「そうだな、茜は俺のことを顎で使えるからな」

「そ、そんなことしないよ。ちょっと手伝ってもらうだけだもん」

「俺を使うのは変わらないのか……」


 そんな会話をしながら俺たちは一階の大会議室に行こうと教室を出た。



 大会議室は喧騒けんそうに包まれていた。

 役員はすべて二年生だ。一年生には任せられないし、三年生は最後の球技大会を楽しむためという理由らしい。

 二年は一組から六組まであり、各クラスから二名が役員となる。プラス生徒会のメンバーだから、ざっと二十人ほどがこの部屋に集まっていた。

 会議室は入り口の方にホワイトボードがあり、長机はホワイトボード側が開いたコの字型に並べられていた。

 各々が談笑する中、俺はかどの空いている席に座った。茜は俺の右隣に座る。

 部屋の中を軽く見渡すと、ここに集まっている人のほとんどが上位カーストに属する奴らだとわかった。

 中でもひときわ目立つグループはおおいに盛り上がっている。そのグループの中心には苧環おだまきがいた。……何であいつがここにいんの?


「苧環くんも役員なん?」

「いや、俺はサッカー部ってことで呼ばれたんだ。何かアドバイスして欲しいんだと」

「へーアドバイスか、大変だねー」


 あいつ、サッカー部だったのか……。

 苧環の髪は暗い茶色、目鼻立ちは整っていて、こいつをイケメンって呼ばないなら何て呼ぶんだろう? ってくらいの容姿だ。

 苧環は長机に一人だけ座って、会話をしている。そこには如実にょじつにカーストの差が表れている。本人たちは無自覚なのかもしれないが……。


「あー、苧環くんだー」


 そう言って会話の輪に入ったのは、これまた派手な女子。


「苧環くんも役員なの?!」


 お前らその話題好きだな……。タイムリープしてるのかと一瞬疑っちまったよ。

 そう思いながら横を見ると、茜は営業スマイルを浮かべて他のクラスの女子と会話していた。

 友達が多いと大変だね。


「よーし、始めるぞー」


 野太い声と共に入って来たのは体育教師だ。どうやらこの先生が担当らしい。

 形式的な号令を終えて、役員会議が始まった。



「今回は生徒会が主導で行おこないますので、よろしくお願いします。私が生徒会長の桔梗ききょう麗香れいかです」


 凛とした声が会議室に響く。腰まで届く黒髪で前髪はパッツン、意思の強さを表すような目が特徴的だ。

 自他共に厳しいことで有名だが、その容姿から熱狂的な人気があるらしい。


「早速ですが、会議に入ります。手元の資料を見てください」


 事前に配られた資料に目を通す。当日までのスケジュールなどがまとめられていた。


「ここにもあるように、男子はサッカー、女子はバスケットボールです。役員のみなさんには会場の準備、競技の審判をしてもらいますが、まずは班に別れてほしいので各自考えてください。五分ほど経ったら聞きます」


 資料を見ながら考える。

 会場準備班。ゴールの設置やグラウンドの整備など肉体労働が主みたいだ。疲れるからダメ。

 審判班。名前の通り審判をするそうだ。俺はルールに詳しくないし、結構動くと思うからこれもダメ。

 救護班。怪我人の応急処置、熱中症対策など。これも本番が忙しそうだから却下。

 撮影班。仕事が当日だけなのは魅力的だが、上手く撮れる自信がないから断念。

 最後は雑用班。これは各班と生徒会のサポートらしい。これならサボっててもバレにくいだろ。これにするか……。


「陽介は何にした?」


 茜が俺の耳元ささやで囁く。耳に息がかかってゾクッとした。


「俺は雑用だ」

「陽介にぴったりだね」

「どういう意味だ」

「じゃ、あたしも雑用班にしよ」

「人の話を聞け……」


 他の人もぼちぼち決まったのか、少しずつうるさくなっていく。


「では決まったようなので、希望する班に手を挙げてください」


 そこからは生徒会長が手際よく進めていく。

 候補者が多いところは後回しにし、脱落した人を空いているところへ入れる。

 慣れているのか、それとも才能か、どちらにせよすぐに班分けは終わった。

 俺と茜はキッチリ雑用班に入っていた。俺と同じ考えの奴が多いのか、みんなしてモチベーションが低い。

 班長を決めるのも、誰やる? 誰やる? って感じで、一組の男子が班長になった。


「それから、苧環君は生徒会と一緒に動いてもらいます」

「うーい」


 軽いやつだなー……。水素より軽いんじゃない?


「では時間も無いので……」


 生徒会長の言葉が笑い声にさえぎられた。会議が始まる前にも騒いでいた連中だ。


「そこ、私語は慎んでください」


 生徒会長が鋭い声音で言うと、場が鎮まった。

 当の本人たちは、不服そうに生徒会長をにらんでいる。

 はぁ……前途多難っぽいな……。

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