超未来空想科学活劇百合小説 フレイムハートの純情
NS
私は彼女を好きになるしかなかった
両親ゆずりの長い黒髪と紅色の瞳は、男女問わず彼女の周りの人間を魅了してきた。
そんな彼女が
/※/
「あの、これ落としましたよ」
「え」
ふらむは登校中、後ろから誰かに話しかけられた。ふりかえると、自分と違う制服を着た水色の髪の女の子が、にこにこしながらハンカチを差し出している。大きな瞳は髪の色よりも深く、でも透明な青。
けっこうかわいい。
背の高さがずいぶんと違う。彼女はとても小さかった。それもそのはず、ふらむは高校三年生で長身のほう、水美は中学二年生なのに小学生と間違われるタイプだった。
そんな女の子が、わりと下のほうからハンカチを差し出している。赤と白のチェック柄。どこかで見覚えがある。
「あ、これ私のハンカチだ」
「そうですよ。いま落としたの、見ましたから」
そうだった。彼女はこれ落としましたよ、と声をかけてきたのだった。
間の抜けたことを言ってしまったことをごまかしたくなり、さっと手を上げてハンカチをつかむ。少しだけ、ハンカチのものでないやわらかな感触。爪が切りそろえられた、綺麗な指だった。
ふらむがハンカチを手にしたのを確認すると、少女はにこにこ顔をにっこり顔にして、手をおろす。
「お渡しできてよかったです。それじゃ、わたしはこれで」
「は」
ふらむの横を少女がするりとぬけて、道を先へと走り出した。
しまった、まだお礼も言えてない。そう気づいて、慌てて声をかけようとしたそのタイミングで、彼女がこちらを向いた。特に理由なく言葉につまった。
水色の少女が笑顔で手を大きく振った。初対面のはずなのに、不思議なくらいに人懐っこい身振り。
思わずふらむも右手を上げようとして、ハンカチを持っていることに気づく。あ、こっちじゃなくて、と左手のほうを上げて小さく振りかえした。
そんなふらむを見てまた彼女は笑い、そのまま前を向いて走り去っていった。腰まである髪が水のように揺れる。
ふらむはそんな彼女見えなくなるまで、その場に立ったままみつめていた。なにか、かわいいしぐさのかたまりのような女の子だった。
そんな彼女に対して自分はどうだろう。相当におかしかったんじゃないだろうか。
どうも、自分がわからなかった。何か、いつもと違ったような、気がする。
「う」
結局お礼を言っていない。彼女の名前もわからない。
でも……そうだ。彼女が着ていた制服はたしか、自分と同じ
だから、つまり……そういうわけで、もしかすると……また会えるかもしれない。
わけがわからない高揚感が湧き上がってきて、思わず喝采をあげたくなったので、ふらむはにぎりしめたままだったハンカチを顔にあててしゃがみこんだ。
傍から見ると相当に変な人だな、と冷静に考える自分は、自分が顔に当てているのは彼女が触れたハンカチだということに気づいたら彼方に消えた。
一度地面に落としていることなんか、まったく問題ではなかった。
/※/
いかがだったであろうか。平凡すぎてびっくりしたのではないか。
いや、むしろびっくりしなかったのではないだろうか。
しかし、暁ふらむ本人にとってはこれはまさに驚天動地、天変地異という四字熟語で表される大事件だった。
その余波はすさまじく、彼女の日常はがらりと変わってしまった。
まず、その日以降、彼女は授業中にぼんやりとした様子で窓の外を見つめるようになってしまう。
常に真面目かつ真摯に授業に向き合っていた彼女がこれはどうしたことか、と、ウワサはあっというまに広まり、クラスメートや担任教諭だけでなく、他クラスの生徒や授業を担当しない教師たちすらも動揺させた。
このあまりにも突然の変化に、真面目に学校に潜むと言われる幽霊や宇宙人の影響が心配された。それほどに彼女は完璧だった、ように見えていたのだ。
そんな騒ぎも知ってか知らずか、ふらむは一週間経っても、窓の外を見つめ続けていた。日が落ちかけている。もうすぐ空は夕暮れの色に染まるだろう。
(……今日もみつからない)
実際のところ彼女は、窓の外にある中等部を見ていたのだった。
もちろんあの日出会った、全体的に青くてかわいい少女を探しているのだ。
ふらむのいる3年D組の教室は高等部の四階にあり、高校側の校庭を挟んで向かい合う中等部棟を見ることができた。中等部の教室は更にその向こう側、中等部の校庭側にあるので、教室を直接のぞくことはできなかったけれど、その反対側の廊下を歩く生徒の姿はよく見えた。
はじめはすぐに見つかるとふらむは思っていたのだ。水色の髪と青の瞳、その特徴さえわかっていればいくらか時間はかかっても見つかるだろうと。
しかし、こうやって改めて意識して探してみると、髪が水色や青系統の生徒は思ったよりも多い。同じクラスの生徒も、数えてみれば40人中7人が青系統の色だ。区別がつきづらい黒系統の天然色ではなく、遺伝子合成された人工色であることから甘く見ていた。
ましてや校庭を挟んだこの距離では、水色も青色も紺色もわかりにくい。
(安易に考えすぎていた……かな)
ため息をひとつついて、立ち上がる。すでに今日の授業は終わり、教室にはほとんど人は残っていない。帰り支度を終えておいたカバンをつかみ、帰宅しようとする。
「ねえ」
「……?」
聞いたことのない声。
ふらむが声をかけたほうを向くと、そこには小さめの女の子が立っていた。
青い子ではない。むしろ、黒い子だ。
濃いめの茶色の髪に、黒い瞳。肌の白さが逆に、その黒さを強調しているように感じる。結構かわいい。まあ、今の世の中かわいくない女の子のほうが珍しいのだけど。
恐らく初対面だ。ずいぶんと背が低いので、中等部の子かもしれない。
「あんたでしょ、暁ふらむって」
「そうだけど」
なぜそれを知っているのだろうと、ふらむは内心首をかしげた。彼女は有名人だったが、本人に自覚はなかったのだ。
黒い少女は、ずいぶんとえらそうに腕組みをして、ふん、と座っているふらむを見下ろしている。
「あんたを探してたヤツがいるのよ」
「え、誰?」
「
「……それって」
ふらむは思わず立ち上がっていた。黒い子は見下ろされる形になって、少し嫌そうな顔をしたが、ふらむは気づかなかった。それどころではない。
「それって、もしかして、青くて小さいかわいい子?」
「ま、たぶんそれよ」
彼女が自分を探していた。自分が彼女を探していたように。いや、違う。
実際のところ、彼女の思考は自覚していない想いで制限されては、いた。中等部に自ら出向いて彼女を探さないのは、もう一度会うのが怖いから。
本気で探してしまえばこのように、あっというまに見つかってしまうのだ。それはわかっていた。
ひどくうろたえた様子で、ふらむは必死で言葉を探す。
「え、ど、なんで、どうして? なんであの子が私を探してるの?」
「知らないわよ、そんなの。自分で来ればいいのにまったく、どうして私が……」
ぶつぶつと文句を言う黒い子。
ふらむはこの事態に、思わず混乱した。この子は今の状況に不満を感じている。もしかすると、あの子の元にすぐに帰ってしまうかもしれない。そして、私のことを悪く伝えるかもしれない。もしかすると、それっきり私は二度と、あの青い子……フカミ・ミナミに会えなくなるかも……。
ふらむの手が伸びた。
黒い子の両肩を、がちりと掴む。
「えっ、ちょっ」
黒い子が慌てた様子で左右の肩を見た。
ずい、とふらむは彼女の顔に、近づく。
「あの子のところに案内して」
「いや、な、なんで肩掴んで」
「案内して」
「はい」
……よかった。ちゃんと案内してもらえそう。
ほっとしたふらむは、黒い子の肩から手を離した。……なぜか、彼女が自分の方を少し怯えた目で見つめている。
「どうかした?」
「い、いえ。すぐにご案内します……」
黒い子が硬い歩調で歩き出し、ふらむも並んで歩き出した。
自分の目にどれほどの殺気が篭もっていたかも知らず、再会したら何を話せばいいか考えていないことに気づいて、ふらむは内心あわあわしはじめていた。
/※/
夕焼けの篭もる教室から、二人の少女が歩き出す。これがおおむねの始まりだった。
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