第35日 終末暦6531年 4月4日(月)

 終末暦6531年 4月4日(月)  くもり メロンアイス


 今日は一日中、かなり分厚い雲に覆われていた。サイハテの町にふたをしてしまったような、灰色の雲だった。

 雨が降りそうで心配だったけれど、それ以上にトキノが心配でとにかく私は怪盗の手がかりと彼を探しに出かけたのである。


 思えば、地元とは言え、風見堂のテリトリを一人で歩き回るのはほぼ初めてだった。”ほぼ初めて”と言ったのは、厳密に言えば、サイハテの町に初めて迷い込んだ日……つまり、トキノに会うまでに一人でさまよっていたときが最初だからだ。あと、仕事関係で影を記すのに駆けまわったりはしているし。でも、こうしてじっくり町の様子を見るというのは初めてだったのだ。

 いくら見回しても、やはりいつもとテリトリの様子が違うように感じた。何がどう違うのか、ここでは上手く説明できない。 近所のブロック塀か、公園の赤いブランコか、ナガハナドリの鳴き声か、横断歩道のシマシマか、民家の屋根の汚れ具合か、今にも枯れそうな植木か、それとも。

 道を歩いていると、時々影に出くわした。仕事ではないけれど、放ってもおけないので、影を記しながら私はトキノを探し続けた。テリトリ中を歩き続けた。


 ようやく一息ついたのは、ちょうどお昼頃だった。ちょうどサエジマさんの駄菓子屋に差し掛かったのだ。腰を曲げた体勢のままでサエジマさんはこちらを見ると、左手をゆらゆらと挙げて挨拶をした。右腕はなかった。

「こんにちは、サエジマさん。右腕、どうかされたんですか?」

「トキノんとこの子かい。腕はね、この前、生命線に忘れて来ちゃって。駅に問い合わせたんだけど、見つかんなくて。代わりに心臓を一つもらったんだ」

 サエジマさんは右肩を指さした。妙な形に脈打っていて、たぶんそこに心臓があるんだろう。

「あんたと違って、あたしゃ忘れっぽいからね。こういうことはよくあるんだ。次は忘れていることすら忘れるかも分からんね」

 何か食っていくかい、と言われ、断る間もなく駄菓子屋の中へと促された。引き戸を開けるとチリンチリンと鈴の音が鳴った。店内に入って左右には棚があって、色んなお菓子が無造作に並べられている。棚の間を突き当りまで行くと、レジがあって、サエジマさんがいつも座っている座布団がある。薄い赤色で、ぺったんと平らになっている座布団だ。レジの横にはアイスのクーラーがあったが、メロンアイスしか入っていなかった。埃っぽいような木のような独特の香りがしていた。鼻の奥がツンとした。

 あれこれ見回している間にサエジマさんが温かいお茶を入れてくれた。味はとても薄くて、ただのお湯のようだった。サエジマさんも私もお湯を啜りつつ、ジャガイモを分厚く切って油で揚げたポテポテフライを食べた。

「あんたが、こんなとこを歩いているなんて珍しいじゃないか。確か、家はテリトリの東端の方だろう。こんな北方まで何のようだい?」

「実は……」

 私はサエジマさんに怪盗のこととトキノのことを話した。しかし、あいにく、サエジマさんは長く話すと最初の話は忘れてしまっていたので、繰り返し同じ説明をすることになった。4回目で、サエジマさんは話の全容をどうにかこうにか理解してくれた。ポテポテフライも4袋開いた。

「……あの、それで、トキノを探しているんですけど、サエジマさんは何かご存じありませんか?」

「知らないね」

 返事は早かった。

「知っていたかもしれないが、忘れちまったよ」

「けほっ……そうですか」

 ポテポテフライが油っこくて少しむせてしまった。

「ああ、けど、今朝、アマネが来て、イカリングを買っていったんだ。そのときに、そのことで怒っていた気がする。ウサギがどうの、盗まれたのどうのって。店を切り刻みかねない勢いだったから、これは忘れようがない」

「けほっけほっ……じゃ、怪盗に関してはアマネさんが何か」

「知っているかも分からんね」

 お茶を飲んで私は一呼吸置いた。どくどくと脈打つ右肩の心臓の音を聞きながらもう一度お茶を飲む。アマネさんも心臓が好きで、自分の心臓を3つ持っていたはずだ。

「分かりました。じゃ、アマネさんにも聞いてみます」

「お待ち」

 帰り際にサエジマさんは言った。

「確かでもない情報を鵜呑みにするのかい?私のような忘れん坊の言うことを、信じるのかい?」

「当たり前じゃないですか」

 私はすぐに返事をした。

「同じサイハテの、同じテリトリの仲間ですから」


 何故か大量のメロンアイスを持たされ、それが私の今日の夕飯になった。

 部屋に帰っても、そこにトキノが帰って来た痕跡はなかった。私は今日も『終わらない話』を抱いて眠る。


 追記:ポテポテフライもメロンアイスも好きだが、一番好きなのは美味棒のキーマカレー味だ。

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