君を問う
白日朝日
君を問う
『きみはだれ?』
「わたしは、SMR」
『なにをしてるの?』
「記憶を、見守っているの」
『誰の』
「――人類の」
『すごいんだね』
「すごくないよ」
『どうして?』
「記憶してるのはわたしじゃないからね」
『じゃあ、なに?』
「大きな脳の機関<ジーニアス>」
『天才なんだ』
「ううん。辞書の名前だって」
『じゃあ、ディクショナリーにでもすればよかったのに』
「それじゃあ味気ないもの」
『そうなの?』
「そういうもの。人間は遊び好きで嘘つきだからね」
『そうなの?』
「西の大量殺人犯は東じゃ英雄だし、南の女の子は二回も性を詐った。北の子供は渡航記録のない星に住んでいたわ」
『よくわかんないね』
「よくわからないものだもの。誰でも読める記述を、ついぞ使わなかったくらいだから」
『ひどいんだ』
「でもわたしはいとおしいな」
『そう。どこにいけば会えるかな?』
「もう会えないよ」
『どうして?』
「きっと知ってはいると思うけど、この世界に『人間』はもういないから」
『どうして』
「存在が散逸<ディアスポラ>しちゃった」
『そうだったね』
「だからね。記憶を見守るのはわたしだけのお仕事」
『きみは人じゃないんだね』
「うん。模造少女<アーティフィガール>だって」
『人工物なんだ』
「素敵でしょ?」
『わかんないや』
「だって、人間がつくったのに人間より長く生き残ったんだよ」
『すごいんだね』
「うん。わたしはすごいの。その一点だけは」
『きみは何をしてるの?』
「<ジーニアス>に集められたあらゆるメディアを点検しては、修復しているの」
『どういうこと?』
「記録はね。保存を受け継ぐモノがいなければ、消えてしまうから」
『いまはきみだけだよね』
「そう。だから大変なの。星の記憶と違って、人間の記憶は多層的で嘘がいっぱいだから」
『消えた記憶はどうなるの?』
「沈没海<サルガッソー>のアーカイブからサルベージできることもあるけれど、大抵はホワイトスペースになるかな」
『空きチャンネルだね』
「そう。散逸して形が見えなくなっちゃうの。きっと人間みたいにね」
『そうやって消えたんだね』
「わたしの想像だけどね」
『きみはこれからどうするの?』
「わたしの仕事を続けていくよ」
『そう』
「たぶん、残った時間は少ないけれど」
『そう』
「リジェネレーションの能力を欠いたから」
『子どもをつくるちから?』
「うん。そんな感じ」
『ねえ、きみは誰?』
「うん。SMRだよ」
『ねえ、きみは誰?』
「きみを見守る存在だよ」
『ねえ…………きみ、は……………………』
「もう、いいの。おやすみなさい。よくできました――――<ジーニアス>」
君を問う 白日朝日 @halciondaze
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