無職だが、お姉さんを拾った
ぶんぶん丸
第1話
コンビニへ買い出しに行こうと久しぶりに外へ出ると、ゴミ捨て場に『おねえさん』が倒れていた。
秋の夜、買い置きのビールが切れていたことに気づき、俺は3日ぶりに家を出た。
コンビニまで徒歩15分、上着を着て玄関を出る。
アパートの階段を下りると鉄で出来たスカスカの階段をヒューっと風が吹き抜けた。
10月とは思えない冷たい夜風に俺は首をすくめブルリと身を震わせる。
天気予報によれば今夜は冷えるらしい。
ふと進行方向、自宅であるアパートの斜め前のゴミ捨て場を見る。
黒いゴミ袋の隙間から、投げ出された脚が見えた。黒いパンストと黒いヒール。
人間かと思い、俺は心臓が止まりかける。
だがよく見るとそれは人間ではなく『おねえさん』の脚だった。
人間の死体ではないことにほっと胸をなで下ろすが、それが人間であれ、『おねえさん』であれ、死体であることに変わりはなく(まだ死体とは決まっていないが)3日ぶりの外出でそんなものに遭遇した自分の不運を嘆いた。なぜこんなタイミングなのか。
周りを見渡すが俺以外、人はいない。防犯灯に点々と照らされた無人の路地が左右に伸びているだけだった。
警察に通報か、それとも保健所か、その前に生きているのか死んでいるのか。
俺は恐る恐るゴミ捨て場に近づいていく。といってもゴミ捨て場はアパートの直ぐ真ん前だ。
あっという間に真正面にたどり着く。
覚悟を決める時間もなかった。
改めてゴミ捨て場の前に立ち俺はほっと胸をなで下ろした。
黒くパンパンに詰まったゴミ袋をベッドか枕の代わりにしてその『おねえさん』は眠っていた。
良かった、死んでいなかったようだ。
つんとアルコールの匂いが鼻を突く。匂いの元はこの『おねえさん』と左手に握りしめた『姉萌』と達筆な字で書かれた一升瓶で間違いない。
顔と耳まで赤くして時折「う~」と弱々しい寝言ともうめき声ともつかない声を漏らしている。完全に泥酔していた。生存確認が出来てほっとした。
改めてゴミの山で眠る『おねえさん』を観察して見ることにする。
肩まで伸びた外はねの茶髪、顔は流石『おねえさん』、美形だがどこか可愛らしさがある(人間で言うと20代半ばだろうか?)。
服装はしわの目立つ紺のスーツ、白いシャツは第3ボタンまで開いていてもう少し近づけば豊かな胸元が見えそうだ。
左手で一升瓶を握りしめ、右手は黒い小ぶりのカバンを握っていた。
投げ出された脚は大きく開かれてスカートの裾が腰まで上がり、黒いパンスト越しに白い下着を確認できた。チラり、ではなくモロであった。
服装からするとOLタイプの『おねえさん』のようだ。
思わず手を合わせて拝みたくなるほど、堂々と広げられたおみ足を拝見しながら、どうしたものかと考える。
『おねえさん』という時点で事件性は低い、あまり『おねえさん』に詳しくない俺でも、『おねえさん』が人間の力でどうにか出来るほど弱くない、むしろ手を出そうとした人間が『おねえさん』に制裁される、という自然の摂理くらいは知っている。
「あねは愛でてもいじめるな」ということわざは小学生でも知っているほどだ。おそらく酩酊状態でここまで来て、ゴミ捨て場で力尽きたのだろう。
そこまで考えて、俺はあることにあることに気づいた。この『おねえさん』は、一人なのだろうか?『同居人』はいないのだろうか?いるならば保護してもらうのが一番だが……。
取りあえず起こしてみようと肩をゆすったり頬をつついたりしたが「う~」と呻くだけで目が覚める様子はない。肩に触れたときに手のひらに熱を感じた。
体温は高い。直ぐに治療、手当てが必要という訳でもなさそうだ(もっとも、人間と同じ治療方法かも分からないが)。
俺は「失礼しますー」と小さく言い、スーツの左右のポケットに手を入れ身分証があるか確認したが何もなかった。胸ポケットは……残念ながらシャツの下からの膨らみ以外何もない事が分かるくらいパンパンに張った胸部に、ポケットは潰れて張り付いている。
敢えて手を突っ込み確認することも出来たが、それで制裁される可能性を考え目視確認で済ました。
『野良おねえさん』でなければ、ポケットに『社員証』を入れているか、指にはリングをしているらしいが、どちらも見られない。野良なのだろうか?
本人に確認するにも、この状態では……。
ただでさえ無職であるのに、これ以上のトラブルは正直避けたい、だがこのまま放ってコンビニへ買い物に行けるほど、俺の神経は太く硬くもなかった。
(図太ければ、今もサラリーマンをしていたかもな……)
どうしたものか……。
俺は顔を上げ右へ左へ視線を動かす。
路地にはひとっ子一人なく、街灯の明かりが点々と続くだけであった。
(仕方ないか……)
俺は心の中でそう呟いた、もう一度、起こしてみよう。
しゃがんで、気持ちよさそうに眠る『おねえさん』の肩を掴もうとした瞬間、ヒューっと10月とは思えない冷たい夜風が俺たちを撫でていった。
風のあまりの冷たさに俺は首を竦め『おねえさん』を見る。
(…………)
「はぁ」と俺はため息を一つ、そして『おねえさん』に近づく。
酒の匂いと、かすかに『おねえさん』の甘い香りが漂ってきた。
天気予報によれば、今夜は冷えるらしい。
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