第177話 まちがえちゃった

 以前、A先輩が下船し損ねたお話をしたことがありますが。


 世の船乗りには、逆に本来乗る船を乗り損ねたというお話もあるのです。


 しかも、この場合、陸に置いてけぼりにされたわけではありません……海です。


 そう。

 本来乗るべきだった船に乗らず、違う船に乗ってしまい、そのまま出航した、という事例!


 主人に聞いた話です。


 主人が乗船中。

 ある港を出港する日の朝、食堂で朝ごはんが用意されていませんでした。

 寝坊でもしたのかと、主人が司厨員の方の部屋を見に行きましたが姿がありません。


『トイレで寝てるんじゃないか。大の所、探してみろ』


 この司厨員さんは酔っ払ってよくトイレで眠ってしまう姿が目撃されていました。

 主人は言われたとおり、探しに行きましたがトイレにもいません。

 乗組員全員がこの司厨員さんを探しました。

 だんだん出港の時間は近づいています。

 何よりもこの方のボチャン(落水)の可能性を心配し始めました。


 そんな中、電話がかかってきました。

 大海原を運航中の、ある船から。


『おたくの乗組員がこちらに乗ってるんですけど』



 どうやら次のような理由だと思われます。


 前夜、陸でお酒を飲んで酔っ払って帰ってきた司厨員の方。

 間違って隣に停泊していた船に乗ってしまったようです。

 全然種類の違う、船内の間取りも似ても似つぬ船だったそうですが。

 結構、酔っ払って間違う方はよくいらっしゃるそうです。でも、大抵乗り込む直前のタラップで、あれ、なんか違う、と気付くんですって。この方は気が付かれなかったのですね。

 そして、そのままその船で眠り込んでしまったようです。


 彼が目覚めた時。

 自分を取り囲む周りの全く見知らぬ人々に。


『お前ら誰だよ!?』


 という感じだったにちがいありません。

(いや、お前こそ誰だよ!?)


 結局、その船の渡航先で下船し、本来の船に陸経由で戻ってこられたようですが。


 詳しく聞いてみたいですよね。――



『で、どういう状況だったの?』

『うるせえ、バッキャロー!』


『メシとか、どうしてたの?』

『うるせえ、バッキャロー!』



 ――残念、詳細は聞けませんでした。


 ちなみに気になる会社の対応ですが。

 笑って済まされたそうです。

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