第176話 再びあのひと

 年末が近づいてきましたね。


 私が以前働いていたフェリーは毎年、正月後にドッグに入るのです。(ご存知でしょうが人間ドッグの語源)


 ドッグ担当から外れた乗組員は全てその間、お休み。その休暇を利用して、海外旅行に行く方が多かったです。


 お久しぶりですが、A先輩の話をしましょう。


 A先輩も、同期の方と下船してそのまま南国へ旅行にいく計画をされたことがあったそうです。

 しかし、うっかりとパスポートを船におき忘れてしまったA先輩。

 空港でようやく気付き、回れ右してドッグ先の船まで取りに行きました。

 なんとかパスポートを我が手に戻し、先に南国に行ってしまった同期の皆さんに追いつこうとあわてて空港(地方の小さい空港)に走ったA先輩。

 しかし、目当ての飛行機は明日の朝までありませんでした。

 宿泊先も決めていなかった先輩。

 どうしたかというと。


 明日の朝までココにいよう、と考えました。(←またか)


 人がどんどん減り、照明も暗くなってきます。

 先輩はどうしたかというと。


 トイレに潜みました。


 よし、明日の朝までここに隠れていよう、と。


 しかし、そうは問屋が卸しません。

 警備員さんが早速、気がつきました。

 開かないトイレのドアを叩きます。具合がお悪いんですか、と。

 先輩は黙っていました。

 警備員さんはドアを叩いて呼びかけ続けます。それでも先輩は黙っていました。

 警備員さんは怪しみ始めました。

 出て来なさい、と。

 それでも先輩は黙っていました。

 ヒートアップし始めました。


「こらぁっ! 出てこい!」


 それでもだまっている先輩。


「出てこぉいっっ!!」


 ドアの下からモップの柄が侵入してきました!

 あわてて便器に乗る先輩。


「出てコォイ!!」


 モップの柄がガチャガチャ、真下で暴れています。めちゃくちゃ怒ってます。


 あらあらあら、どうしよう。

 そう思った先輩でしたが、しばらくは黙ってたそうです。


 しかし、相手の方の剣幕にさすがにやばいと思ったのか、先輩はとうとう大人しく投降しました。――


「泊まるところがないんです」


 白状する先輩に。


「手配するから、そこで泊まってください」(←やさしい)


 相手の方は電話をかけて宿泊先を見つけ、A先輩をタクシーに乗せました。

 着いた先は、もう随分前からやっていなそうな感じの民宿。

 妖怪のようなお婆さんが一人眠そうに出てきて、A先輩を迎えてくれました。


 そして、一晩をそこで過ごした先輩は、翌日空港に行き飛行機に乗り。

 ようやく、南国の同期の皆さんと再会を果たし終えたのでした……。



 この話を思い出すといつも思うのです。

 日本の方って、優しいなあ、って。




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