第110話 長男の出産4

 分娩台の上でしばらくいた私は。

 今度は猛烈に震え出しました。

 寒くて寒くてたまらない!


 皆さんが持っている(私も含めて)出産を終えた方のイメージとしては。

 汗だくで上気してフルマラソンを走り切ったような感じを思い浮かべるかと思いますが。

 私の場合はそんな事はなく、寒気を感じます。汗なんてかきませんよ。

 出血量がいつも多目なのが原因かなあと思いますが。(この時はあと20ccで出血量が多量になるところだった)

 特に長男の時は、いまだかつてないほどの寒気を感じ、歯の根をガチガチいわせるほど全身で震えました。

 寒い、寒い、寒い!


 そんな時に、陣痛室へと移動することになりました。

 助産師さんが

『身体に力が入らないと思うけど、ここまで移動してください』

 と、運んできたストレッチャーの上へヨタヨタと移動。

 何これ、本当に身体に力が入らない。全身の筋肉を使い切ったよう。やっとこさ、って感じです。おばあさんになったみたい。

 部屋に運ばれ、ベッド上にこれまたヨタヨタと移動します。身体の震えはますます激しく止まりません。

 そんな私に。


『お疲れ様でした。はい』


 サービスで助産師さんが差し出してくださったのは。

 周りに水滴がついている、みるからにキンキンに冷えたペットボトルのお茶。


 ……オニ)、かと思いました。


『あ、あの、すみません。お、お湯でいいんで温かいのいただけませんでしょうか……』


 ガタガタ震えながら、お願いしてみました。

 ポットのお湯で結構ですから!


 しばし黙り込む助産師さん。


『……あと、三十分ぐらいで食事が来るんです。そこに温かいお茶がついてますので』


 分かりました! お忙しいんですね! すみません!


 うわーん、と私は布団に包まりました。

 そのままひたすら震え続けました。

 寒い、寒い、寒い!


 このとき、主人がここに居れば、と思いました。

 温かい飲み物を買ってきてもらえるのに!

 荷物の中にあるホッカイロ、いっぱい全身に貼ってもらえるのに!


 他の出産終えた人って、ウチみたいに寒くないんやろうか? 反対に暑くて、冷たいお茶を飲み干す勢いなんやろうか?


 疑問に思いながら、ガチガチ、カタカタ、震え続けました。

 永遠に震え続けるかと思うほどでしたが、ようやく身体が熱を産生し、震えがやっとおさまった頃。

 食事が来ました。

 私は早速、温かいお茶を飲みました。

 ……しばらくして、吐き気がしてまた吐きました。(ゴミ箱に)

 ホルモンの関係でしょうか。

 食べても吐くかもしれないと思い、食事もとる気にはなれず、そのまま横になっていました。

 それからは、子宮の収縮の痛みに襲われました。

 出産を終えた子宮が急激に元に戻ろうとする痛みです。これも結構、痛いんです。

 イタタタ、と思わず声を出してしまい、身体をよじる私。その時、同じ部屋にこれから出産されるであろう陣痛中の妊婦さんが来られましたので(私と違ってまだまだ道のりは遠そうな軽い陣痛の方でした)怖がらせちゃ申し訳ないな、と思い、声を出すのは我慢しました。


 出産後、子宮の収縮を促させるためにこまめにトイレに行くようにと言われましたので、何回かベッドからおりましたが。(尿のたまった膀胱が子宮の収縮を妨げないようにするためと、今はすぐに動いた方が子宮の収縮が進むといわれているそうです)

 いきなりお腹の3キロが無くなりましたので、ヘンな感じです。バランスが取れなくてえっちらおっちら、という風に歩きました。


 それからは大部屋に移動しました。

 母子別室の病院ですので、赤ちゃんが見たい時は新生児室まで見に行きます。

 ここで私的な思いを吐かせていただきますと、母子別室という病院は素晴らしいと思います。

 どうせ退院すれば、子供とは嫌でもべったり四六時中離れられないのです。

 入院している時ぐらいは、ゆっくり休ませていただきましょうよ!

 別室といっても、3時間ごとに授乳に行きますし、沐浴指導等の母親学級もありますからそんなに休めるというわけではないのですが、それでも母子同室と比べればはるかにラクです。


 息子の顔見たさに授乳の時間まで待ちきれなくて、新生児室まで階段をひょっこらひょっこら、とおりました。

 8人ぐらいの赤ちゃんがいましたが、私の息子は際立っていました。


 産まれたばかりの赤ちゃんというのは、普通母親と同じでぐったりしているものです。

 それなのに、私の息子は動きまくり。

 なにやらびくっと反応しては両手をあげ、ひと泣き。これをひたすらくりかえしています。

 他の赤ちゃんは人形のように眠っているのに。

 おかしいのではないかと看護師さんに聞いてみましたが。

『超スピード出産だったので、赤ちゃんも興奮しているんですよ』

 とのお答え。

 そうですか。やっぱり私、早かったようです。

 母子手帳には分娩所要時間5時間半、と書かれてしまいましたが。

 これは先生に『いつ、陣痛に気が付きましたか?』と聞かれた際、私はおしるしに気づいた時間を答えてしまったせいでして。(後で答え間違いだと気づいた)

 陣痛に気が付いた時間から考えると、おそらく分娩所要時間は3~4時間。初産にしては早いですね。(初産は平均10~12時間かかるそうです)

 次の日も、授乳室で助産師さんたちから『めちゃめちゃ早かったわね』『赤ちゃんが出たくて出たくて仕方なかったのね』『腰にホッカイロ貼っていたのね。だから、分娩が進んだのね』(秋になってから私は常に仙骨の上にカイロを貼っていました。陣痛のときも)等々、言われましたが。


 早ければいい、というのでもないそうです。

 一気に身体が開くというのも、身体に相当負担がかかるそうでして。

『スピード出産の妊婦さんには頭の血管が切れたりする方もおられますので、頭痛がしたらすぐにおっしゃってくださいね』

 なんて言葉もいただき。


 コワッ! 明日の朝、私死んでいたらどうしよう……などとびくびくしておりました。

 それから二日後の入院中に珍しく頭痛を起こしまして(私にとって頭痛を経験したのはそれまでの人生で二回しかなかった)ひやひやしましたが、これは慣れない授乳姿勢からくる首コリの頭痛でございました。


 なんにせよ。

 羊水漏れてるかもしれない、なんてあのとき嘘ついて病院に来たけど、私、来てよかった! と思いました。

 朝まで待っていたら、確実に自宅で出産していたでしょう。


 さて、私の息子ですが。

 別の意味でも際立っていました。

 ものすごく、かわいかったのです。(親の目抜きで。本当に。客観的にだれが見ても)


 新生児室の前にいる、自分の妹、孫を見に来た、赤ちゃんのお姉ちゃんとおばあちゃんが。


『この子が一番、かわいい』(お姉ちゃん)

『本当ね。すごいかわいい。女の子みたいね』(おばあちゃん)


 自分の妹、孫そっちのけで私の息子を絶賛しているのを隣で聞いて。


 それ、私の子なんです! 私が生んだ赤ちゃんなんですよう!

 と、言いたいのをうずうずしながら必死でこらえました。


 授乳室でもほかのママさんたちから。


『きゃあ! かわいい!』

『すごくかわいいお顔なんですけど』


 とほめそやされ。


 私、天使産んじゃったよ!

 と有頂天でおりました。


 そうなんです。破格に可愛かったんですよ。確実にCMに出られるレベルです。



 ……しかし、そんな息子も成長するにしたがって今ではすっかり平均値。


 ……そんなものですよね、世の中は。ハア。



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