第108話 長男の出産2

 住んでいるマンションのはす向かいがちょうどタクシーの営業所でして。

 陣痛が来たら、そこへ直接行けば早いだろ、と決めていた主人と私。

 営業所にはタクシーが何台か待機していますし。そのまますぐに乗せてってくれるんだろうと。

 でも、営業所の人に、『今、連絡しますから来るまでここで待っててください』と言われました。

 なんや、そうか。営業所にいる運転手さんらは休憩中の人やったんやな!

 それならすぐ電話したほうがよかったな、と主人と話しながら営業所のベンチで座って待ちました。

 夜明け間近。11月です。息が少し白い。

 また陣痛が来ました。だんだん強くなってます。イタタタ、と思わずおなかを押さえて顔をしかめるぐらい。

 外からタクシーが来て、止まりました。痛みが遠のいてから、車に乗り込む私。

 病院まで15分くらいの距離でしょうか。

 車内中、タクシーの時計を見て陣痛の具合を測ってみましたが。

 ……5分間隔になっていました。

『もう、5分間隔やねんけど』

『え、それって早いの?』

 分娩室に行っていいころやなかったかなあ。あれ、それは経産婦さんの場合やったかな?

 病院につき、門の前で鍵を開けてもらうのを待つ間。

 陣痛が来ました。もう、しゃがみ込まなければならないほど。イタタタ。

 この時、もう陣痛の間隔は3分ぐらいになっていたと思います。

 門を開けてもらい、中に入り。

 この時、吐き気がしてわたしは廊下にうずくまり、吐いてしまいました。

(結構、吐く方がおられるようです。私の姉も友人も初産のとき、吐いたとか。ホルモンの関係だそうです)

 ここで。吐く私を支えながら、助産師さんが後ろにいた主人におっしゃいました。


『じゃあ、ご主人は明日の朝、面会時間のときに来てください。産まれたら、電話でお伝えします。では、奥さんに何か一言』


 え、ここでバイバイなの?

 と主人は思ったそうです。

 主人も私も、立ち会いはできないけれど、廊下で待つぐらいはできるんじゃないかと思っておりました。(昼間の面会時間内ならそれができたのだろうと思いますが。夜間ですし)

 主人、強制帰宅命令! モンスターハズバンド対策、徹底してます!


『じゃあ、頑張って』

『うん』

 あっさりと別れる主人と、私。


『トイレ行きます?』

『はい』

『トイレ行ったら、剃毛と内診しましょう』


 トイレでまた陣痛がきました。いててて。

 陣痛がおさまるやいなや、あわててトイレを飛び出す私。助産師さんも、次の陣痛来るまで急いで内診台のりましょう、と私を促して支えてくださいます。

 内診をしてくださった先生。超、眠そう。

 昼夜問わず呼び出されて、産科医の先生って、年中睡眠不足なんでしょうね。申し訳ないです。

『お通じ先程あったんですね。……浣腸はなしで』

 助産師さんに指示し、おそらく再び睡眠をとりに行く先生。本当に大変なお仕事です!

 助産師さんに剃毛してもらって(一回ぐらい陣痛が来た)再び陣痛の合間に急いで移動する私と助産師さん。

 連れていかれた先は……陣痛室でした。

 あれ? もう分娩室に行く勢いやと思っててんけどな。これからが長いん?

 そういうものなのか、と思いながら渡されたガウンに着替えます。

『これからおなかに赤ちゃんが元気かどうか見る機械をつけますね』

 と、おなかの上に機械(ノンストレステスト)を置かれベルトで固定されました。

『30分くらい、様子見ますね』

 30分?!

 まだ、そんなレベル?! そんなにまだ産まれるまで時間かかるんですか?

 疑いを持ちながら、いや、そんなもんかも。と考え直す私。

 ベルトをずらさないようにできるだけおとなしくしていようと思いましたが。

 ……経験者さんならお分かりになると思いますが、陣痛間隔2~3分なんてじっとできるレベルじゃないです。無理!

 ますます強くなる陣痛に思わず体勢を変化させずにはいられない!

 すぐにずれた機械の位置を正しに、助産師さんが飛んできました。

『じっとしていられない?』

 はい。努力したいですが、無理です!


 ここで。私が感じた陣痛の痛さを例えますと。

 未知レベルの人生最大のとんでもない下痢になった感じです。

 いままで経験した下痢からは考えられないほどの最大級のさしこむあのいきみたい感じ。

 そして。

 重要なのは、ここで決していきんではいけないということです。

(赤ちゃんが苦しくなっちゃうから。助産師さんからいきみOKサインが出るまでは絶対にいきんじゃいけない)

 いきんじゃえば楽なんですよ。わかりますよね?

 経産婦さんによって意見がちがうかもしれないですが。

 私はこのが出産で一番苦しいポイントだと思います。

 皆さん、いきんで出てくるところが一番苦しいのだと思われがちですが。

 そうじゃないんです。あそこは出産で一番楽なところです。一番大変なのは実はこの、いきみのがしだと私は思うのです!


 男性の皆さん、こう想像してみてください。

 あなたは食中毒並のとんでもない下痢になりました。

 トイレがなかなか見つかりません。

 それだけで、冷や汗たらたら、蒼白になるのは想像つきますよね?

 そこで普通の下痢なら、漏れないように肛門やおなかに少し力を入れると思いますが。

 そうすると少しラクになるの、経験済みですよね?

 ところが、陣痛の場合はこれもしてはいけないのです。身体のどこにも力を入れるなと。

 身体全体の力を抜き、いきみたい欲求を必死で無視し、さしこむような体の悲鳴がとおりすぎるのをただただ耐えるだけ!

 地獄の苦行です。

 全身ブルブル、顔は真っ青、気を失いそうなくらいです。


 この、いきみのがし。ラマーズ法のヒ、ヒ、フーをするところです。

 しかしそんなのを知らない私は必死に体勢を変え(四つん這いになったり、丸まったり)ただ通り過ぎるのを待つだけ。

 いきみたいよう、いきみたいよう!


 私は、声は出したいと思いませんでした。声の限りに叫ばれる妊婦さんもおられますが。(調べると声を出さないほうが体力温存のためにはいいそうです)


 実は以前健診でこの病院に来た時、上の階の入院棟から陣痛中の妊婦さんの声だと思われる声が響いていたことがありました。

 それがものすんごい声でして。


 フウオオオオオオオオ……。

 ウオエエエエエエエエ……。


 地獄の底からひびいてくるような断末魔のうめき声+猛獣の咆哮。(女性の声とは思えない。デーモン閣下のよう)

 待合室で待っているママさんたちと顔を見合わせ、押し黙って聞いていました。

 ああは、なるまいと。心に誓いました。


 でも、声を出さない代わりに、耐えられず私はベッド横のロッカーを思わずバンバン、と平手で叩いちゃいました。

『ロッカーを叩かないで! 声、出してくれていいですからね!』

 すかさず、陣痛室の前を通った助産師さんに注意されました。

 ごめんなさい!

 ロッカーをやめて、ベッド前の壁を音無しでたたく私。


 これが陣痛か。こんなにつらいんか。こりゃあ、痛いわ。

 みんなこんな思いして産んでるんやな。お母さんてすごいわ。

 陣痛の合間に古今東西のお母さんを尊敬しました。


 また陣痛が来ました。

 私は、肛門を押さえると陣痛が少しラクになるとどこかで書いてあったことを思い出し、四つん這いになり指で強く押さえました。

 いきんだらあかん! がまん、がまん!

 なるほど、少しラクでした。

 陣痛が去り、ふう、と脱力。もう、陣痛は一分間隔になっていたと思うのですが。

 30分もこんなん待ってられへんで! ほんまにこれ、陣痛室のレベル?!

 機械はすでにずれずれになっています。

 陣痛が来ました。

 一生懸命に肛門を強く押さえる私。

 今回は、便意を感じました。

 も、もういい加減、分娩室に行ってもいいんちゃう?

 陣痛の際、便意を感じたらすぐに助産師さんを呼びましょう、と母親学級で教わったことを思い出し。

 私はナースコールを押しました。

『すみません。便意を感じるんですけど』

 助産師さんが来ました。

『ちょっと、中の様子、見ますね』

 内診をする助産師さん。

 ……顔色が変わったようでした。

 そのとき、風船が割れるような感覚を体の奥で感じ、破水しました。

『今から、分娩室に行きましょう』

 そうでしょう! やっぱり!

 陣痛室に入ってから15分も経っていなかったと思いますが。

『陣痛、おさまったら大急ぎで分娩室まで行きましょう。いいですね!』

 陣痛がおさまるやいなや、ベッドから飛び降り、気持ち的にはダッシュで大急ぎで私と助産師さんは分娩室へと走ったのでした。



 つづく




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