第2章 魔王の秘密
第14話 三年後の世界
「紫苑行くぞ、魔王城の近くに行け」
紫苑が叩き起こされたのは、まだ外も明るんでいない午前三時のことだった。鬼灯はきっと寝ていなかったのだろう、でなければこんな時間に目が覚めるわけないのだ。何を言われているのかなかなか判読できない頭を無理に起こして、紫苑はふらつきながら布団の上に座った。
萌黄も棗も起きてはいないようだった。
「今から行くの……? 母さんと萌黄に何も言わずに行くってこと?」
「そうだ。見送りの言葉など胸につっかえるだけだからな」
声を消すような鬼灯の言葉こそ、紫苑の胸を突いていた。昨日萌黄を怒らせてしまって以来、言葉も交わしていなかったのだ。謝りたいと思っているのに、言えずに昨日を過ごしてしまっている。
安らかに眠る彼女の寝顔がとても憎たらしかった。
「――わかった、行くよ。でも魔王城の近くって、具体的にどこに行けばいい?」
「中央大通りの……記念公園で構わん。お前も想像できる場所だろうし、この時間公園には誰もいないはずだ」
記念公園は紫苑も幼いころから通っていた、子供向け遊具つきの広場で、何が記念なのか結局誰も知らない公園として有名だった。三年経って多少の変化はあるだろうが、その場所が消えさえしていなければ問題なく空間移動できるだろう。
鬼灯の腕を掴んで、紫苑は瞳を閉じた。そして
*
科学の世界・現界における魔界の想像図と、実際の魔界とはおそらく大きな違いが存在するだろう。紫苑たちが住んでいた魔界は、一見現界とは大した差はない。大きな差といえば、魔界には魔術が存在すること、最先端科学が存在しないこと、数年前まで絶対王政が敷かれていたことぐらいである。
だから、記念公園だからといって珍しいものは一つもない。
「で、これからどうするつもり?」
鬼灯の腕を放すなり、紫苑はため息混じりに鬼灯の顔を見上げた。
「一旦魔王城に帰るぞ」
当たり前と言いたげに鬼灯は紫苑を放って公園出口へ歩き出してしまった。放っておいてはまずい。反射的に紫苑はその背を追いかけた。
「我が物顔で歩いちゃ駄目だって、しかも堂々と公園のど真ん中を突っ切って――」
「何を焦る必要がある、紫苑。魔界は私の世界なのだぞ」
「それ三年前までね。今はいつ殺されるかわからないんだ。ちょっとは慎重とか緊張とか考えて――」
「シンチョウだのキンチョウだの……私には『チョウ』は必要ない。それにいつ殺されるかなんて心配する必要もない。私は史上最強の魔王なのだぞ、凡人がいくら束になってきたところで、私には蚊が大群で襲ってくるようにしか思えん」
「それは酷い目に遭うだろうけどなあ。あと父さんは今、魔術を使えな――」
「紫苑、何でもかんでも魔術を頼るな。普通蚊を退治するために魔術を使うか? 労力を無駄にすることぐらいお前でもわかるだろ。必要なのは殺虫スプレーだ」
「いや、確かにそうだけど。でもそれ、相手が人間だったら――」
「気にするな、ともかく魔王城に帰るぞ。今の時間帯だったら顔を見られずにやり過ごせるだろ。それに今となっては魔王城もただの廃墟だろうから誰も居らんはずだ」
すべての主張を一刀両断され、結局紫苑は身勝手な鬼灯についていくしかなかった。
中央大通りに出ても、鬼灯の言うとおり人の気配はほとんどなかった。あると言っても新聞配達をしている魔術仕掛けのフクロウが羽ばたく音ぐらいだ。
これなら大丈夫かな。
安心していた紫苑の目の前に何かが覆いかぶさって、視界が真っ暗になった。
「うわっ!」
「何をやっているんだ紫苑。新聞一つで慌てるな」
呆れた様子で鬼灯は紫苑の上に乗っかっていた新聞紙をめくり上げた。どうやらフクロウの落とし物らしい。とはいえ一瞬状況が読めなかった紫苑は全身冷や汗だらけである。だというのに、鬼灯は摘み上げた新聞の方に興味があったらしい。
「今朝の新聞か」
鬼灯が目を通しているから、紫苑も一応顔を覗かせて新聞を読む。現在の魔界の様子などまったく知らないのだから、ちょうどいい機会でもあった。
しばし、沈黙。
刹那、新聞は紙吹雪のごとくビリビリに破られてしまった。
「ふざけるな、あの反逆者が二期連続大統領に就任だと……!?」
「大声出さないでってば」
「納得いかん、金馬の奴め調子に乗るのも今のうちだ。今に私がこの世界を取り戻してくれる。行くぞ紫苑!」
「だから大声はやめてよ……って聞いてないな」
忠告など一切通用しない。鬼灯は魔王城を臨む中央大通りを駆け抜けていってしまった。さっさと
例の大臣が二期連続大統領に就任したということは、三年前と置かれた状況は大して変わっていないということだ。
それなのに、堂々と魔王城に帰ることなんてできるのだろうか。
無理に決まってるよ、父さんの馬鹿。
一番いい方法は一度鬼灯ごと現界に連れ帰ることだ。現界での状況も酷いが、ここで命を捨てるよりもきっと希望もあるはずだ。
紫苑は一歩を踏み出した。と、同時だった。
「見つけましたよ、紫苑さま!」
空の上から少女が降ってきて、紫苑の上に
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