第13話 稲妻家の決断
稲妻家のリビングに戦慄が走った。
「魔界に帰る……? そんなことしたらあたしたち殺されるわ。永久追放されてるんだもの」
「確かにそうだ萌黄、だがこのままでは決して埒があかんのもわかるな」
「でも父さん、魔界に帰って何があるって言うんだよ。あんなところに逃げ帰るぐらいならこっちの世界にいたほうがよっぽど安全だと思う」
紫苑が言うなり、鬼灯の表情が暗転した。何とも言えない空気が部屋を充満させる。
「――紫苑」
「父さん?」
「お前もついてこい」
萌黄も紫苑も、耳を疑った。言ったことがお互い理解できなかった。
「あたしと母さんは?」
「待っていてくれ、何も全員で行く必要はない」
切羽詰っているらしく、鬼灯が大雑把な口調で割愛して答えるから、萌黄はぐっと静められた。だが想定外の言葉を聞いた紫苑は納得できずに鬼灯の真正面に立ちふさがった。
「何で、俺が……?」
「魔界への移動が原則封じられている今では、お前の
「伝えるって、今さら何を……」
「この魔王家には――代々の魔王しか知らん秘密があるということだ。普通成人したら話すものだが、お前は大人びているからな、構わんだろう」
「それが今、何が関係してるんだよ……」
「関係あるから話しているんだ。明日にはここを発つぞ」
間に何も挟ませず一方的に言い切ると、再び鬼灯は寝室に
「萌黄、砂糖と塩間違えてない?」
自家製ドレッシングの調合を担当していた萌黄は棗の声でふと気がついた。慌てて流し台に捨てて、また一から作り直しだ。そんな萌黄を見かねて、棗は包丁で刻む手を止めた。
「あなたが心配することはないの。二人の代わりに落ち着かなくちゃ」
「そんなこと言われたって」
「大丈夫よ。魔界に戻って、エリザベスから魔力を返してもらえばきっと父さんの魔力も元に戻るから」
「エリザベスって、誰?」
「史上最強の魔力を誇った父さんはね、魔王に就任したときにその強すぎる魔力の一部を預けてるのよ。それが返ってこれば、魔術が使えなくなった父さんも最低少しは使えるでしょう」
「だから母さん、エリザベスって……」
棗はそのまま包丁を動かし始めた。その横顔は心なしか寂しそうに微笑んでいた。
「彼女は、魔界に残っているあなたたちの家族よ」
*
夕食ののち、紫苑に誘われて萌黄はベランダに出た。ベランダに出るということは何らかの相談があるということは今までの生活でわかりきっている。紫苑は昔から両親よりも萌黄に相談することのほうが多かった。
「俺、やっぱりまだ恐いんだ」
目を合わせようとしない紫苑はいつになく小さく見えた。
「だってわかるだろ……あっちにはあのときのクーデターの首謀者が皆揃ってるんだ。また、捕まって拘束されて喉元にナイフを突きつけられて、あちこちを斬られて……目の前で城にいた皆が次々殺されていくんだ」
「紫苑」
「父さんは何もわかってないんだ、父さんはあのときずっと姿を隠していたから、こんなことがあったなんてこと知らないんだ。だから簡単に魔界に帰るなんて言えるんだよ!」
「……紫苑」
「わかってくれるよね、萌黄なら、この気持ち。でもきっと父さんは俺が何て言おうが魔界に行くつもりだ。そして俺は魔界に連れて行かれる……そこで父さんは魔王家の秘密を教えるって言ってた。だけど、魔王家なんてもう滅んだようなものだろ? 魔界でも権力は失ったし、
「黙りなさい、紫苑!」
素直に言葉を失う紫苑に、萌黄は正面切って啖呵を切った。
「あんたは何もわかってない。意味がないなんて言わないでよ!」
泣き出しそうだった。萌黄はがむしゃらになってベランダからリビングに戻った。それでも、どこにも逃げ場なんてなくて、洗面台で顔を洗ってごまかすしか自分を保てそうになかった。
意味がないって、そんなこと、言っちゃったらあたしたちおしまいじゃない。
翌朝は相変わらずスタートリガーのエンディングテーマで目覚めた。しかしテレビの前には誰もいない。スタートリガーの戦いぶりを報告する姿はない。慣れぬスーツを着て怠けている姿もない。見回してみても、弁当を詰め込んでいる棗の後姿しかない。
行ってしまったんだ。
テレビの電源を切って、萌黄は立ち上がり重いため息を吐いた。
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