第9話 攻守の狂想曲

「本当にお前ってせっかちやな、千臣」

 松陵圭太はピアノが独奏を続ける音楽室に、何の躊躇いもなく入り込んできた。金髪ピアスの校則違反常習の彼は千臣の不信感も気にすることはなかった。さらには呆気に取られている萌黄を庇うように立ちふさがった。

 千臣の表情がさらに暗くなる。

「なんでお前が魔王女を庇う」

「だから言ったやろ、神様のお告げや。今、彼女を殺せなんていうお告げは出てない。つまり逆を言うと何があっても彼女を守らなあかんねや。わかるか?」

「わからないな、僧侶一族の考えは。今まで同じ学校に在籍しておいて一つも手を出さなかったようだしな……邪魔をするならお前ごと斬るぞ」

「あー、ほんませっかちやな。っていうか、防御を司る僧侶一族を貫通できると思ってるん?」

 萌黄は千臣と松陵の諍いに口が出せずにいた。口を挟む余地がないのももちろんのこと、今の状況をうまく理解できずにいたのが実際の理由だった。第一、自らを僧侶一族と名乗る松陵の言いたいことがまったく理解できない。萌黄たち魔王側からすれば、僧侶一族も勇者四人衆の一角を担っている一族であり、そんな彼が同じく勇者四人衆の戦士一族である千臣といがみ合うわけがない。

 確かに、僧侶一族は独自の神様を信仰しているとも聞いたことはあったが。

「魔王女ちゃん」

 千臣を侮蔑のまなざしで挑発しているまま、松陵は馴れ馴れしく声をかけてきた。

「な、何よ」

「今から俺が頑固な千臣を止めといてあげる。まあ、時間稼ぎにしかならんやろうけど。その間に魔王女ちゃんはピアノの演奏を止めるんや。さすがに嬢子も弾きながら魔術は使われへんから。わかったか?」

「あなた、あの二人の仲間じゃないの? そうやってあたしを嵌めるつもりなんじゃ……」

「むー、そんなことやる訳ないのに……そう言われたら元も子もないやん。でもぼーっとしてるよりはマシやと思わん?」

「そうだけど……あなた信用できないわ。それにその作戦をあの二人の前で堂々と話してる時点で意味ないだろうし」

「そんなことないって。作戦なんて言っても言わんかっても――」

 感情に任せて松陵は思わず振り返ってしまっていた。間髪入れず紅が彼の頭上に迫る。

 が、松陵が突き出した右手によって鬼の紅剣は貫通を防がれた。冷や汗ばかりかいてしまう萌黄に反して、松陵は余裕を持った笑みで千臣に対峙する。

「だから、なんで話の途中に斬り込んでくるかなあ。そんなんしたって一緒やのに」

「一緒なら手際よく終わらせたほうがいい」

「困るなあ、それやから一匹狼って言われんねんで。扱いにくい人間はこれやから嫌や」

 一言一言棘のある言葉を投げかけるたびに千臣の斬撃が襲い掛かる。そのたびに松陵は右手の先に不可視の防御壁を作り上げ応戦する。

 その場に似つかないワルツが乱れなく流れていく。

 ようやく萌黄は震える足に力を込め歩みだした。嬢子が奏でるグランドピアノまでの距離は歩数にして二十歩もない。歩みを走りに変えればさらに近くなる。

「調子に乗るな」

「調子には乗ってるよ、お前と違って生まれつきな」

 意外にも松陵は千臣をしっかり足止めしている。

 十秒もかからぬうちにピアノに触れられた。さすがに嬢子は顔色がさっと青ざめだして、ピアノの演奏が再び乱れを始める。真っ先に萌黄は嬢子の両手首を鷲づかみにする。鍵盤からその手が外れようとし始める。

「弾くのはやめなさい」

「お、お姉さま、離してください!」

「離せといって離すと思うの?」

「離してくださらないのですか?」

「当たり前じゃない」

 黒鍵が弾き返った。と同時に夢見の幻想曲は強制的にフィナーレを迎えた。

 静まり返った音楽室。

 嬢子の抵抗は激しさを増していた。気を抜けばあっという間にすり抜けられてしまいそうだった。

 だが、音楽室のドアが開いて茶々先生が顔を覗かせたとわかると、嬢子は逃げ出してしまった。鬼の紅剣を握っていた千臣も、うまく松陵に隠されるようにして音楽室を後にした。



   *



「ごめん萌黄」

 家の中に入ると、ようやく紫苑が口ごもりながら言った。今日は校門のところで待ち合わせに遅れた萌黄に文句ひとつ言わず、道中も何も言わずに帰ってきたのだ。

「あんなときに逃げてる場合じゃなかったのに、わかってたんだけど……」

「いいわよ今更」

 通学鞄を床の上に放り投げて萌黄はその場に倒れこんだ。

「あんたは来なくてよかったの。勇者四人衆のうち三つの一族が揃ってしまうなんていう場所に来て、はっきり言って無事なのが奇跡なんだろうし」

 学校に鬼の紅剣を持ってきた千臣篤志。それだけでも骨が折れるのに、魔術を込めたピアノを奏でる腕まで持つ金馬嬢子。そしてなぜか神様のお告げで彼らに歯向かった松陵圭太。

「学校、もう行かないほうがいいかな……」

 紫苑の呟きが胸に刺さる。できるだけ普通の生活をしたかったのに、やはりそんなことは無理だった。

 参観日の出席票だけテーブルの上に残しておいて、萌黄は午後四時に寝室で眠りについた。

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